第49話 左手の夢術 後編


「え……?」


僕は目を見開く。

楓というのは、詩ちゃんと晶くんの幼馴染の名前のはずだ。


それに……誰だ、丹生にふって?


「……くそ面倒くせぇ」


夢喰いは唇を歪めた。


「そもそも意味わかんねェだろ。

何で“おぼえる"を受けたフリしてるんだよ、お前は……。

そんなことしてるからコッチの処理が面倒なんだよ」


____詩ちゃんの白昼夢を、受けた……フリ?


晶くんの双眸は、真っ直ぐ夢喰いを睨む。


「……そんなの夢喰い如きに分かることじゃない」


「晶くん!」


僕は晶くんを諌める。


駄目だよ……挑発したら、駄目。


それに……何を言っているかはよくわからないが、これは……触れてはいけないこと。

そんな気がした。


「ごめんなさい、風磨さん」


晶くんは弱々しく笑った。


「……黙っててごめんなさい。

だけど_____詩は…詩が白昼夢で変えてしまったのは……」


小さくしゃくり上げるようにした呼吸の先、その言葉はあまりに残酷だった。


「……変えてしまったのは、だったんです」


____左手の夢術は遺伝性。


二人は兄妹じゃない。


夢術がそれを____嫌と言うほど明らかに示していた。






* * *



「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい」


夢の中で、私____北条詩は、あの日の中に立っていた。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


狂いそうなほどに首を垂れ続ける彼女は____白昼夢。


あの日_____楓くんが死んだ日に、私は立っていた。


目の前で、何度も何度も死んでいく……楓くん。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


ああ……あの日。


あの日は……そうだった。


確か引っ越しすることになって、それを止めたくて____私たちは、逃げたんだ。


ちっぽけな逃避行。

そんな子供騙し____たかがしれている。


……だけど、小さな私たちにとっては、冒険だったんだっけ。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


五月蝿い。


夢の中を食い破るように、夢喰いが顔を出す。


「丁度手土産に良いじゃねェか」


ああ、なんて残酷なセリフだろうか。


手土産程度だ____私たちの命だった。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい____」


夢の中なのに、耳鳴りが酷い。


聞きたくない、見たくない。

これ以上知ったら____私は壊れてしまう。


それでも夢は続いていく。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい____」


あの日、死んだのって____誰だっけ?


逃げ惑う手を引いてくれたのって____誰だっけ?


「こっちだ!」


逃げきれないと知った時____誰がそう言って、夢喰いを引き付けたんだっけ?


夢喰いにとって、逃げる私たち全員を殺すのは容易いことだった。

それでも、そんな誘いに乗ったのは____私たちを嘲っていたから。


子供の遊びに付き合ってやるように、“あの子”を殺したから。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい____

私のせいで…私のせいで……!!」


白昼夢が、泣き叫ぶ。


夢の中で、あの子は死ぬ。


何度も何度も、その小さな体から赫い飛沫を上げて。


「私のせいで死んだの、は____」


丹生楓?


……いいや、違う。


そんなものは、私の幻想だ。

身内が死んだことすら、認められなかった私の____自己満足。


あの日死んだのは、そう。


「北条、楓____」


私は、赫い液体に浸されるように倒れた彼の名を呼ぶ。


夢の中の彼と、目があった。


……正解。


そうとでも言いたげに、彼は笑った。




「嫌、だ……嘘だよ…嘘嘘嘘嘘、嘘だって言って……誰か……」


部屋の天井が、目に映る。


その白さと、傷の痛みが____夢から覚めたことを教えてくれた。


何で忘れていたのだろう?


「お兄ちゃんは……楓くん、だった…こと…」


“丹生”晶は、私のお兄ちゃんじゃないこと。


……彼こそが、私の幼馴染だったことを。


「どう、して…」


その答えは、分かっていた。


分かっていたけれど…認めたくなかった。


布団の上に、丸く染みが落ちる。


…私が初めて飛び降りた時。


私が白昼夢を初めて使った時。


……あの時だ。


あの時、私は自分の記憶を都合の良いように書き換えたんだ。


「……っ…!」


お兄ちゃんが死んだなんて耐えられない。


そんな理不尽な理由だ。


私のせいで死んだなんて、耐えられない。


そんな身勝手な理由だ。


そんな理由で……私は、丹生晶に……「お兄ちゃん」と言い続けてきたの?


もう、居ても立っても居られなかった。


何処かに…何処かに消えてしまいたい。


私は拳を握った。


……そうだ。


「あははは……はは…」


前から私は______


…」


____そう願っていたんだった。


「あははは……もう、いいや」


私は、桜庭見廻隊の皆んなに光の中に連れて行ってもらえた。


……だけど結局。


私に、光なんて無理だったんだね。


震える手で部屋のドアノブを回す。


ああ、痛い。

身体が____身体中が。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい____」


初めから、こうすべきだった。


そうしたら、全部なかったことにできる。




今から、終わりに行こう。




第50話に続く。

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