第47話 人形の糸 後編

鋭い痛みと共に、赫い血が視界をよぎる。


それでも、止めるわけには行かない。

銃身で剣を受け止め、なだめていく。


___夢術がダメなのなら。


私はこの間風磨さんが白昼夢を“自分の意思”で使用したということを思い出した。


彼は自分自身の内面と向き合って、そして___白昼夢本能を自分のものにしたのだと。


___私は風磨さんみたいにはなれない。


そんな凄い事、できっこない。


…だけど、試してみるくらいなら…少し、真似てみるくらいなら。


白昼夢を自分のものには出来なくても、力の方向を誘導するくらいならできるかも知れない。

私はふっと息を吐いた。


それから一歩敵に近づく。


白昼夢を誘導すべき方向は分かっていた。


それは、少女から“洗脳された”という記憶を消し去る事。


少女が剣を振りかぶる。


その剣が私の首に届く寸前、私は持っていた銃を放り捨てた。


…大丈夫、この人は敵じゃない。


私は自分に言い聞かせる。


…倒すべきは、“洗脳”なのであって、この人じゃない。


少女の剣先が、私の首の皮を押し斬る。


白昼夢:憶____




* * *



「触れないで」


小さな声がした。


それはきっと、北条詩の声。

なんとなく、私にはそれが分かっていた。


怯えた少女が、膝の間に顔をうずめている。


そんな私に私が向き合う____可笑しな状況だった。


「触れないで、お願い」


彼女が震える声で言う。


「私、もう傷つけたくない……。

誰も、私を見ないで……聞かないで……どうか、救わないで……」


それは、臆病な声だった。


……でも、私の声だった。


だから、私は答える。


「見ないよ」


自分に自分が言うだなんて、変だな。


それでも、彼女白昼夢は……私だった。


「見ないし、触れないし、救わない」


まだ私には___向き合えない。


私は救う側にはなれない。


なれっこないけれど___


「でも、ありがとう」


臆病な私を、ずっと彼女白昼夢は私を守ってきてくれてたんだ。


飛び降りることを記することから逃れられるように。

壊れないように。


それが間違っていたとはいえ……私が嫌っているとはいえ。


彼女白昼夢は、私を助けようとしてくれた。


私の声に、彼女白昼夢が顔を上げる。

怯えた表情は、少しだけの安堵を含んでいるようにも見えた。


涙で濡れたその瞳は赫い。


「……意外と悪くないね、その色」


私は彼女の瞳に笑いかける。


意外と悪くはない。


その瞳の赫を、私は嫌うことができなかった。


「ありがとう、白昼夢____」



向き合えなくても、救えなくても。


それでも、守ってくれてありがとう。



* * *



人形を射抜いた私___神奈月玲衣は、その場に崩れ落ちた。


「……っはぁ……」


身体いっぱいに空気が広がる感覚。


やっと明瞭になった視界に、顔に大きなヒビの入った人形が映った。


さっきまで生きているように動いていたのが嘘のように___今はごろりと地面に転がっている。


私はよろよろと身を起こした。


「やった………んですね…」


じわじわと、勝てたという実感が湧く。


____私一人で、やれた。


一人でも、戦えた。


ふっと口元が緩んだ___その時。


人形の顔のヒビから、黒いものが溢れ出してきた。


「____!?」


その“黒いもの”は一瞬の間に膨れ上がり、一端が私の喉を掴んだ。


抵抗する間も無く、体が宙に持ち上げられる。

足が地面から離れたのは、その直後だった。


私の喉から、変な音が鳴る。


膨れ上がった“黒いもの”は、やがて人の形を作った。


雨で流されていくように、を覆う黒が流れ消えていく。

その後に残ったのは、一体の夢喰いだった。


血のような目に、白い指、曲がった鉤爪。


それを私の喉に突き立てるように、夢喰いは私の喉を締めていた。


「っ……あ……」


人形を操っていたのは、この夢喰いだったのか。


夢喰いの瞳は、顔を歪めた私を映す。


取り落とされた弓矢は、手が届かない場所に転がっていた。


「たすけ……て……」


先程の戦いで、既に酸素不足に陥っている。


幕が降りるような、意識の暗転。


苦しいはずなのに、どこか安らかな感情があるのも___確かだった。


……もう、駄目なのかもしれない。


私には___どうしようもない。


脳裏に緩やかに浮かんだのは、見廻隊のみんなの姿だった。


____走馬灯って、こんな感じなんですね。


瞼の裏で、みんなが私を呼んでくれて。


手を引っ張ってくれて。


泣いて、怒って、笑って___

戦って、傷つけて____でも、互いの傷を埋め合って。


見廻隊のみんなは、脆い。


安易に触れたら壊れてしまうほどに弱い“何か”を抱えてる。

それは私だって同じなのだけれど。


それでも、一緒だから進んでこれたのに。


ふと、風磨くんの笑顔が浮かんだ。


___こんな時に思い出すほど、きっと彼は。

彼は、私のだったんだ。


風磨くんがいたから、私は私になれた。


認められない私を___少しだけでも、許すことができた。


___最後に一度でいいから。


もう一度、笑ってほしかったな_______


「___ちゃん」


誰かが、風磨くんを呼ぶ。


もうそれが現実か夢なのか____よく分からないけれども。


彼は、その誰かに笑いかけて_______手を取った。





落ちていく意識。


だけど、そのが、私の手を引き上げた。




天地すら分からなくなって、溶け合って___



そして、私は“”になった。




48話に続く。

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