第46話 夢から醒めて 後編
一方、その数時間前。
「___
ヨザキが発したのは、いつにもなく不機嫌そうな声。
____そう、ここは救済の暁___謁見の間。
椅子に深く腰掛けたヨザキの前には、3体の夢喰いが膝をついていた。
そのうち、少しガラの悪そうな夢喰いは俯いている。
彼の眼は、畳以外の何も捉えていなかった。
「____
ヨザキが呼んだのは、その彼の名。
「俺はお前にジャックの動向の確認を任せたはずだったが?
これはどういうことだ、説明しろ」
その頭が、さらに低くなる。
「申し訳ございません……ヨザキ様……。
き…きつく言っておいたはずなのですが…」
「言い訳は聞いていない」
彼の言葉は、ヨザキにピシャリと遮られた。
ヨザキは冷たい赫い目で睨む。
「ジャックは
それを失った損失は大きい______お前、その責任はとることになると思っておけよ」
「まあまあ、ヨザキ様」
「そう怒らなくても良いじゃありませんか。
ジャックに向かって怒るならまだしも……
その言葉に、静かにヨザキがため息をつく。
「黙れ、スイ」
「はぁい」
少女の夢喰い___スイと呼ばれた彼女は___対して悪気がなさそうに口を閉ざした。
「……とにかく」
ヨザキのため息は、もう一度吐き出される。
「とにかく、次は人形遣いに行かせることで良いな。
___これで“あいつ”を取り戻せれば……
それで良いな?」
「___は、い」
“人形遣い”の夢喰いは、
勿論、その実力も素晴らしいのだが____
「……くそっ」
誰にも聞こえないように、
___部下に自分の将来を任せるだなんて……そんな屈辱、耐えられるわけがない。
侮辱だ。それは侮辱行為なのだ。
ヨザキは一方的に言い切ると、さっさと謁見の間を出て行ってしまってる。
彼がいなくなったことを確認した
「人形遣いさんのことですし____きっと大丈夫ですよねぇ。
ね、
スイが声をかけたのは、先ほどから一言も発していない夢喰いだ。
「………
「なぜこのタイミングで批判するんですか……。
読んでください、空気」
「っ___もういい!」
「お前らとは話になんねえよ。
ったく、余計なことばっかりしやがって___」
彼はずかずかと謁見の間から出て行く。
「___俺は、ヨザキ様に認められねえといけねえのに」
ボソリ、とその言葉を残して。
「……」
「あ〜あ、行っちゃった………
あんなことを言っちゃうからぁ」
後に残されたスイが、さして残念でなさそうに言う。
「……私は、思ったことを言っただけ」
そう呟くように言うと、
「もうここには用はない。
……そろそろ、新しい“器”も探さないと……だし」
「あらぁ、雰囲気を楽しまない方なんですね」
スイも立ち上がると、颯爽と謁見の間から出て行こうとした。
「……スイ」
彼女の背中に向けて、
「…無理はしないで」
「何がですか?」
キョトン、とスイは振り返った。
その唇が、動く。
「スイの弟のこと____」
「___ああ、そのことですか。
“器”にしか合わせられない人に心配されるほど、深刻じゃありませんよ。
後々対処致しますので」
にこりと笑って、スイは歩き出す。
振り返らず___ほんの少しの温もりさえ、振り払うように。
* * *
「どうですか、何か思い出すこととか___」
「うーむむむむむむ……」
玲衣さんは自分のこめかみをぐりぐりと押しながら唸る。
私たちは、玲衣さんの言った神社にやって来た。
荒廃こそしてるが、古き良き……という言葉が合う小さな神社。
……とはいえ、玲衣さんの言う“ヒント”の手応えは薄いのだが。
「も、もう少し奥の方に行ってみます。
そっちで遊んでたかもしれませんから___」
彼女はへにゃりと笑うと、社の奥の方に歩みを進めて行く。
「あ、玲衣さん。
ちょっと待ってくださ__________」
社の向こうに消えた彼女を追おうとして________
___ガサッ
タイミングを見計らったように、背後の草むらから音がした。
「っ!」
振り返ったのと、眼前に刃先が迫るのが同時だった。
私はギリギリで地面に倒れ込む。
地面に伏せながら、カバンの中に手を入れた。
取り出したのは、モデルガン。
私は迷いなくその銃口を襲撃者に向ける。
___人だ。
私は銃口を逸らさず、身を起こした。
襲撃者の目は、漆黒だった。
穴のようで、色のない____黒。
黒いローブの下から、両手に持った長い剣がのぞいている。
夢喰いじゃないのなら___
夢術:
夢喰いじゃないのなら、気絶させよう。
殺さないように、急所は避けて。
例え敵であろうとも……まだ救えるのなら、救いたい。
……なぜか?
そんなの____私が救われたからに決まっているじゃないか。
私は、夢術で銃の出力を調節した。
そして、彼女の手元めがけて引き金を引いた。
銃口が火を吹き、プラスチックの弾丸が少女の手を撃つ。
だが、腕がかすかに震えたきり……反応は、ない。
「悪いけど、降参してもらう」
私は彼女に向かって言葉を投げかけた。
返答の代わりに、彼女が跳躍する。
「……え」
……それは、異常な動きだった。
何かに後ろに引っ張られるような、跳躍。
そして彼女はだるそうにその剣をかざした。
私が飛び退いた直後、地面に彼女の剣がつきささる。
そして、彼女は地面に着地した。
いや、着地というより___落ちると言った方が適切なのかもしれない。
唐突に重力を思い出したかのように、糸が切れたかのように。
彼女は、落ちた。
その彼女は、まただるそうに緩慢な動きで立ち上がる。
____怖い。
私は無意識のうちに思っていた。
彼女は人間だ。
それは彼女の目の色が証明している。
息をしているようにも見える。
けれど。
私の本能が、警鐘を鳴らしていた。
……これは、人間じゃない。
人はこんなに無生物的な動きはしない。
こんなに不自然じゃない。
こんなにちぐはぐじゃない。
彼女は一瞬で私と距離を詰めた。
その瞳孔が開き切った目が、怯えた表情の私を映す。
それでも銃身で剣を受け流せたのは、戦闘に慣れてきたからだろうか。
ぐらりと彼女の体が揺らいだ一瞬に、その足元を薙ぎ払う。
拍子抜けするほど簡単に、彼女は倒れた。
私はその隙に駆け出す。
____とにかく神奈月さんに合流しなきゃ。
こんなもの、人じゃない。
生物ですらない。
まともに戦える相手じゃない。
……逃げなきゃ。
神奈月さんを連れて、逃げなくちゃいけない。
そうじゃなきゃ____殺される。
しかし、彼女の元にたどり着く前に、体に鋭い痛みが走った。
「っ!」
視界の一部が赫く染まる。
____血、だ。
それは、敵の剣が私の右半身を襲った証拠だった。
47話に続く。
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