第46話 夢から醒めて 後編




一方、その数時間前。


「___津久野時也ジャックが死んだのは、お前たちも知っている事だろう」


ヨザキが発したのは、いつにもなく不機嫌そうな声。


____そう、ここは救済の暁___謁見の間。


椅子に深く腰掛けたヨザキの前には、3体の夢喰いが膝をついていた。


そのうち、少しガラの悪そうな夢喰いは俯いている。

彼の眼は、畳以外の何も捉えていなかった。


「____らい


ヨザキが呼んだのは、その彼の名。


「俺はお前にジャックの動向の確認を任せたはずだったが?

これはどういうことだ、説明しろ」


らいと呼ばれた夢喰いは、ごくりと唾を飲んだ。

その頭が、さらに低くなる。


「申し訳ございません……ヨザキ様……。

き…きつく言っておいたはずなのですが…」


「言い訳は聞いていない」


彼の言葉は、ヨザキにピシャリと遮られた。


ヨザキは冷たい赫い目で睨む。


「ジャックは 救済の暁ここの幹部だ。

それを失った損失は大きい______お前、その責任はとることになると思っておけよ」


「まあまあ、ヨザキ様」


らいの隣に座っていた少女の夢喰いが、くすりと笑った。


「そう怒らなくても良いじゃありませんか。

ジャックに向かって怒るならまだしも……らいさんに怒っても仕方ないですよ」


その言葉に、静かにヨザキがため息をつく。


「黙れ、スイ」


「はぁい」


少女の夢喰い___スイと呼ばれた彼女は___対して悪気がなさそうに口を閉ざした。


「……とにかく」


ヨザキのため息は、もう一度吐き出される。


「とにかく、次は人形遣いに行かせることで良いな。

___これで“あいつ”を取り戻せれば……らいの処分はやめにしよう。

それで良いな?」


「___は、い」


らいの目が伏せられる。


“人形遣い”の夢喰いは、らいの最も大切にしている部下だ。


勿論、その実力も素晴らしいのだが____


「……くそっ」


誰にも聞こえないように、らいは悪態をついた。


___部下に自分の将来を任せるだなんて……そんな屈辱、耐えられるわけがない。


侮辱だ。それは侮辱行為なのだ。


ヨザキは一方的に言い切ると、さっさと謁見の間を出て行ってしまってる。


彼がいなくなったことを確認したらいは、自分の拳を畳に叩きつけた。


「人形遣いさんのことですし____きっと大丈夫ですよねぇ。

ね、憑神つくがみさん?」


スイが声をかけたのは、先ほどから一言も発していない夢喰いだ。


憑神つくがみはローブの下から頷く。


「………らいはプライドが高すぎる」


「なぜこのタイミングで批判するんですか……。

読んでください、空気」


憑神つくがみの反応に満足いかなかったのか、スイは口を尖らせた。


「っ___もういい!」


らいが乱暴に立ち上がる。


「お前らとは話になんねえよ。

ったく、余計なことばっかりしやがって___」


彼はずかずかと謁見の間から出て行く。


「___俺は、ヨザキ様に認められねえといけねえのに」


ボソリ、とその言葉を残して。


「……」


「あ〜あ、行っちゃった………憑神つくがみさんが悪いんですよ?

あんなことを言っちゃうからぁ」


後に残されたスイが、さして残念でなさそうに言う。


「……私は、思ったことを言っただけ」


そう呟くように言うと、憑神つくがみは立ち上がる。


「もうここには用はない。

……そろそろ、新しい“器”も探さないと……だし」


「あらぁ、雰囲気を楽しまない方なんですね」


スイも立ち上がると、颯爽と謁見の間から出て行こうとした。


「……スイ」


彼女の背中に向けて、憑神つくがみが声をかける。


「…無理はしないで」


「何がですか?」


キョトン、とスイは振り返った。


憑神つくがみの黒いローブの下から覗くのは、赫い___でも、心配そうな目だった。


その唇が、動く。


「スイの弟のこと____」


「___ああ、そのことですか。

“器”にしか合わせられない人に心配されるほど、深刻じゃありませんよ。

後々対処致しますので」


にこりと笑って、スイは歩き出す。


振り返らず___ほんの少しの温もりさえ、振り払うように。



* * *


「どうですか、何か思い出すこととか___」


「うーむむむむむむ……」


玲衣さんは自分のこめかみをぐりぐりと押しながら唸る。


私たちは、玲衣さんの言った神社にやって来た。

荒廃こそしてるが、古き良き……という言葉が合う小さな神社。


……とはいえ、玲衣さんの言う“ヒント”の手応えは薄いのだが。


「も、もう少し奥の方に行ってみます。

そっちで遊んでたかもしれませんから___」


彼女はへにゃりと笑うと、社の奥の方に歩みを進めて行く。


「あ、玲衣さん。

ちょっと待ってくださ__________」


社の向こうに消えた彼女を追おうとして________


___ガサッ


タイミングを見計らったように、背後の草むらから音がした。


「っ!」


振り返ったのと、眼前に刃先が迫るのが同時だった。


私はギリギリで地面に倒れ込む。


地面に伏せながら、カバンの中に手を入れた。

取り出したのは、モデルガン。


私は迷いなくその銃口を襲撃者に向ける。


___人だ。


私は銃口を逸らさず、身を起こした。


襲撃者の目は、漆黒だった。

穴のようで、色のない____黒。


黒いローブの下から、両手に持った長い剣がのぞいている。


夢喰いじゃないのなら___


夢術:おと



夢喰いじゃないのなら、気絶させよう。

殺さないように、急所は避けて。


例え敵であろうとも……まだ救えるのなら、救いたい。


……なぜか?

そんなの____私が救われたからに決まっているじゃないか。


私は、夢術で銃の出力を調節した。


そして、彼女の手元めがけて引き金を引いた。


銃口が火を吹き、プラスチックの弾丸が少女の手を撃つ。

だが、腕がかすかに震えたきり……反応は、ない。


「悪いけど、降参してもらう」


私は彼女に向かって言葉を投げかけた。


返答の代わりに、彼女が跳躍する。


「……え」


……それは、異常な動きだった。


何かに後ろに引っ張られるような、跳躍。

そして彼女はだるそうにその剣をかざした。


私が飛び退いた直後、地面に彼女の剣がつきささる。

そして、彼女は地面に着地した。


いや、着地というより___落ちると言った方が適切なのかもしれない。


唐突に重力を思い出したかのように、糸が切れたかのように。

彼女は、


その彼女は、まただるそうに緩慢な動きで立ち上がる。


____怖い。


私は無意識のうちに思っていた。


彼女は人間だ。

それは彼女の目の色が証明している。


息をしているようにも見える。


けれど。


私の本能が、警鐘を鳴らしていた。


……は、人間じゃない。


人はこんなに無生物的な動きはしない。

こんなに不自然じゃない。

こんなにちぐはぐじゃない。


彼女は一瞬で私と距離を詰めた。


その瞳孔が開き切った目が、怯えた表情の私を映す。


それでも銃身で剣を受け流せたのは、戦闘に慣れてきたからだろうか。


ぐらりと彼女の体が揺らいだ一瞬に、その足元を薙ぎ払う。


拍子抜けするほど簡単に、彼女は倒れた。


私はその隙に駆け出す。


____とにかく神奈月さんに合流しなきゃ。


こんなもの、人じゃない。

生物ですらない。


まともに戦える相手じゃない。


……逃げなきゃ。

神奈月さんを連れて、逃げなくちゃいけない。


そうじゃなきゃ____殺される。


しかし、彼女の元にたどり着く前に、体に鋭い痛みが走った。


「っ!」


視界の一部が赫く染まる。


____血、だ。


それは、敵の剣が私の右半身を襲った証拠だった。



47話に続く。

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