第46話 夢から醒めて 前編


同じ夢を続けて見る。


____そんな経験をしたことは、ある?


それが、何か深い意味のありそうな夢ならともかく……特に意味もなさそうな、そんな夢を。


同じ映画のフィルムを回すように、何度も何度も。

まるで、再放送のように____



私の場合____私、玲衣の場合は、それがあるのだ。



「あ……また……」


私はベッドの上で身を起こした。


布団の中から脚を出し、それを自分の腕で抱える。


____また、あの夢を見てしまった。


見るたびにどことなく心が暖かくなって____でも、とても切ない夢。

だけど、意味なんてこれっぽっちもない、そんな夢。


その夢の中では、私は小さな女の子だった。


本当に年端も行かない、幼い子供。


彼女は、どうやらどこかの施設に暮らしているらしい。

周りには同じような境遇の子供たちと、職員。


そんな中で、彼女は無邪気に遊んでいる。


鬼ごっこ、お絵描き、かくれんぼ____


一緒に彼女と遊んでいるのは、いつも3人の少年だった。


そのうち二人はよく容姿が似ている。

……おそらく兄弟なのだろう。


そのうち、年長の方の男の子は前髪が長かったっけ。


____私は、自室の天井を眺めながら……夢を辿っていく。


ああ、そうだ。


そこは孤児院だった。

彼女達は孤児で____それで、同じ部屋で暮らしていたんだっけ。


本当に意味のない、夢。


覚めたら結局意味のない、脳が見せる映像。


だけども、夢の終わり方だけは鮮明に覚えていた。


彼女は、もう一人の少年に声をかけようとして____そこで、夢は終わる。


床まで着きそうなほど大きなを着た少年。

右眼だけが、をした少年。


彼のことを、私はよく知っていた。


____だけれども、彼女と玲衣じゃあ、その少年への想いの形が違う。

そのことくらい、夢の中でも容易に理解できた。



本当に意味のない、夢。


だけど、とても悲しくて、凄く暖かくて____大切な、夢。





「____


私は、夢の中で少年に投げかけようとした言葉を____唇に置いた。




* * *



「ご来店、ありがとうございましたぁ〜」


……はぁ、やっと帰った帰った。


営業スマイルを顔いっぱいに浮かべてクレーム対応をしていた私は、“お客様”にお辞儀をしてみせた。


思わず時計をチラリと見ると、もう上がりの時間はとっくに過ぎていた。


私はお冷やを運んでいるシオンくんに声をかけた。


「シオンくん、シオンくん!

そろそろ私、上がらせてもらうね」


「わかりました、北条先輩。

お疲れ様です……後はぼくに任せてください」


左手でお盆を持ちながら、彼は器用に手を振る。


「……また後でっすね」


すれ違い様、彼の呟きがそっと耳に入った。


「っ!?」


思わぬ言い回しに慌てて振り返った私に、彼は少し笑って行ってしまう。

その背中が、テーブルと人々の向こうに消えてしまう。


後に残ったのは、私の五月蝿い心音だけだ。


____なんてことしてくれるんだ……心臓に悪いでしょ……!?


今の言い回し……なんとなく、ドキッとした。

なんだか特別のような、そんな言い方。


無論、シオンくんにとっては何気ない言葉のあやだったのだろう。


____だけど、それは私の鼓動を上がらせるには十分だった。


「はぁ……本当、馬鹿みたい」


私だけ……私だけ、こんな思いをしてるだなんて、馬鹿みたい。


私は小さな溜息を吐きながら、バックヤードに入った。


髪を解いて、制服のボタンを外す。


____本当、馬鹿みたい。


シオンくんにとって意味のない一挙一動に、私は踊ってる。


いや、それ自体は素晴らしいことなのだろう。


……でも、未だに“生きたい”と思いきれない私じゃあ……そんな想いを抱える権利すらないのだけれど、ね。



「お先に失礼します」


私服のパーカーに着替えた私は、バックドアから“Cherry”を出た。






____♪____♫♩____


カフェからの帰り道、海岸を歩いていた私の耳に……小さなハミングが聞こえてきた。


……誰か、歌ってるのかな。


流行りの歌ではないらしい。

知らない曲だし、拍子もゆっくりだ。


……だけど。


だけれども、どこか懐かしい感じがする歌だ。


それが子守唄の部類だと気づくまでに、そこまで時間は掛からなかった。


声のする方を、私は視線で追う。


____砂浜でゆっくりと歩みを進める、一人の少女。


その長い髪は、強い潮風にたなびいている。

夕日に照らされて、彼女の輪郭はどこかぼやけていた。


どこか人外じみた雰囲気すら醸し出される、そんな少女。


……彼女だ。


私は、ふと思った。


この歌は、誰のものでもない____彼女のものだ。

彼女そのものだ。



私は別段音楽に詳しいわけでもない。

そうだけれど……そんな私にすらこんな感情を抱かせるほど、彼女の歌は美しかった。


「すごい……」


思わず声が口をついた時だった。


私の声に反応したのか、彼女が振り返る。


その長い髪が揺れて____



「う、詩さん……??」



彼女が……玲衣さんが目を瞬いた。


その表情は驚きに満ちている。

____いや、きっと私の表情もそうなのだろうけど。


私の姿に気づいた彼女は、オロオロしながら私の元に駆け寄ってきた。


「あ、あの…」


歩きづらい砂浜を駆けてきて、私の顔を覗き込む。


「も、もももももしかして……聞こえてました……?」


その頬は、少し恥ずかしそうに赤みを帯びている。


____鼻歌でも歌っているうちに、気がついたら大声になっていたのかな?


私はそう考えながら、素直に頷く。


「はい____でも、すごく綺麗な歌声でしたよ」


“綺麗な歌声”。


そのワードに、彼女の顔が真っ赤になった。


「は、恥ずかしい……」


彼女は自分の手で顔を覆って、首を振る。


素直な感想を伝えたつもりだったんだけどなぁ。

彼女の反応に、思わず笑みがこぼれてしまう。


___私にとって、神奈月さんは年上だ。


年齢的にも、夢喰い狩りとしても先輩にあたる。

だけど、小動物じみたその行動を、可愛いと思ってしまう自分がいるのも確かだった。


「笑わないでくださいよ、もう…!」


そう思っていた側で、彼女がぷくーっと頬を膨らませた。


「ごめんなさい、つい……。

ところで、こんなところに何しに来たんですか?

まさか、魚か何かを獲ろうと___」


「詩さん、私のこと何だと思っています!?」


「____冗談ですから」


……本当に一挙一動が小動物みたいだな。


つい頭を撫でたくなるけど……流石に我慢我慢。


「といっても……ここに来た理由だなんて、大したことないんです」


彼女は気を取り直したように言った。


「ただ、夢に出てきたから____それだけなんです」


「夢?」


夢って……夜に見る、あの?


「……詩さんは、同じ夢を見たりとか……しませんか?

例えば、自分じゃない誰かの…なんでもない、日常とか」


「同じ夢かぁ……多分、ないですかね」


同じ夢を見ると言うのはたまに聞く話ではあるけれど……私の場合、あまり夢は見ない方だ。


「……私、見ちゃうんです。

誰かの日常みたいな、そんな夢を。

きっと意味なんてないんでしょうね。少なくとも、私には感じ取れません___でも」


夢のことを話す彼女は、少し恥ずかしそうで……でも、凄く愛おしそうだった。


「でも……その中に、桜庭町のあちこちが出てくるので___少しでも、ヒントがないか見て回ってるんです」


まあ、別に何もないのがオチなんですけどね。


あはは、と玲衣さんは苦笑する。


彼女の話を聞きながら、私は自分のバッグの中身を横目で見た。


___底の方に、モデルガン。


仁科さんの言う通り、念には念を入れて、常に持参している。


もうすぐ日の入りの時間だし、辺りも暗くなってきたけれども___


「神奈月さん、私もおともしますよ」


___もし夢喰いが出てきても、今の私なら、きっと対処できる。


「えっ、で……でも…」


「面白そうですし、ご一緒したいです」


まあ、神奈月さんを一人にしたくないというのも大きいのだけれど。


とはいえ、自分がついて行ったら邪魔なのかもしれないな____


頭によぎったその懸念は、しかしながら、彼女の快活な笑顔にかき消された。


「そ……それなら…!

私、神社の方に行きたいです!

____海沿いの神社なんですけど、夢でもそこに行ったことがあって___」


「神社ですか…」


確か鬼神を祀る神社だっけ?


今でこそ荒廃しているが、前の神主だった時には、子供の遊び場にもなっていたはずだ。


「いいですね、何かあるかもしれませんし」


「……!

なら、一緒に行きましょう!」


彼女は、楽しそうに私の手を握った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る