第45話 そこにぼくが居なくても 後編
耳の奥がキーンとなるほどに大きな音を立てて、花火が夜に開く。
僕____風磨は、空から目を離せなかった。
次々と咲いては消えて、また昇って____落ちて。
色とりどりの花を咲かす花火。
____あれ、花火って……こんなに綺麗だったっけ?
そんな風に思えるのは、隣に玲衣さんがいるからだろうか。
十年前。
澪を失ったあの日……あの時からは、誰かと花火を見ることだなんて、しなかったから。
だから、誰かと花火を見て____綺麗だって思うこと、忘れてたんだ。
「綺麗____」
隣にいる玲衣さんが、深く息を吐いた。
思わず彼女に目を向けると、彼女は花火を見ながら僕に言う。
「ねえ、風磨さん。
どうしてこんなに花火って綺麗で____見てると、切なくなるんでしょうね」
「さあ……もしかしたら、一緒だから……かもしれないですね。
花火も、花も____僕らの命も」
根拠なんてないけれど、僕はなんとなくそう答えた。
玲衣さんは、花火から目を逸らさない。
まるで、それを自分の目に焼き付けるように。
「花火だけじゃなくて、みんな……美しいからこそ儚く散る、ということなんでしょうかね____ううん、きっと…逆ですね」
「逆?」
「……はい」
彼女は無邪気な笑顔で振り向いた。
その瞬間、一段と大きな花火が____空に咲く。
「華は散るから美しいんですよ」
僕は目を見開いた。
辺りで巻き起こる、花火への歓声。
その音で、もうすぐ祭りが終わると言うことを知らされる。
「玲衣さん____」
僕は彼女の名前を呼ぶ。
「…?」
首を小さく傾げた彼女に、僕は笑って見せた。
「____そうですね」
いつか終わるものだと分かってはいるけれども____それでも……この時間が、玲衣さんと一緒の時間が……ずっと続けば良いのに。
本当は、そう言いたかった。
だけれど、叶わないものだと分かっているから。
終わらないものは、ないのだから。
だから、僕の小さな恋心は____彼女に伝えられずにしまっておこう。
最後で最大の花火が、空に咲いた。
* * *
「あぁ〜……終わっちまったな」
残念そうに呟いたのは、ぼくの隣のユーキだった。
「……終わっちゃったっすねぇ」
ぼくも彼に返す。
花火の時間はあっという間に過ぎ去って____あとには、君の悪い静寂だけが残った。
ユーキが、ぼくを___シオンを振り返る。
「シオン、大丈夫か?」
「んー、大丈夫っすよぉ。
普通に綺麗だったし」
「……本当は?」
ぼくの簡単な嘘は、いとも容易く彼に見破られてしまう。
「本当は____ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ寂しかったっすよ。
だけど____」
きっと、ユーキは知らない。
ぼくが本当に寂しくなるのは、花火の間じゃないことを。
無論、花火を見た時も……すでに手の届かなくなってしまった幸せを思い出すようで……辛い。
だけれども……それ以上に悲しくなるのは、その後だ。
花火の終わった後の____静寂。
花火の光の後には、深く心を抉る闇が待っている。
苦しさが、痛さが、悲しさが。
それが辛くて辛くて、ぼくは花火を見ることを避けていた。
____でもね、ユーキ。
今は、ぼくの側に君がいる。
ぼくのことを解ろうと必死になってくれる、相棒がいる。
「ユーキがいるから……ぼくは、大丈夫なんすよ」
ぼくの言葉に、彼は目を見開いて____すっと、視線を逸らした。
「そっか」
感情のこもっていない言葉とは裏腹に……彼の横顔に笑顔とほんの少しの涙が溢れるのが伺える。
涙を無理やり拭った彼は、ぼくを振り返った。
「シオン!」
「ん?」
「来年も……いや、その次の年も……また、一緒に花火見ような!」
彼の言葉に、ぼくは思わず笑った。
「___そうっすね」
器用そうに見えて、実はすごく不器用なところ。
真っ直ぐなところ。
でも、繊細なところ。
……そのどれもが、竹花優希だ。
それはこれまで変わってこなかったし____これからも、変わることはないだろう。
それで良いし、それが良い。
ぼくは、唇だけで呟いた。
____ごめんね、ユーキ。
ぼくのことを一番よく知っていて、一番想ってくれている彼にだからこそ____言えない。
一緒に花火を見ることなんて、もうできないことを。
彼にだからこそ、まだ嘘をついていたい。
現実を突きつけたくない。
だって、彼には来年も……その次も……ずっと、笑顔で花火を見てほしいから。
____そこに、ぼくが居なくても。
46話に続く。
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