第45話 そこにぼくが居なくても 前編

第45話 


「……っ」


シオンの目が、ゆっくりと見開かれた。


その瞳に映る感情は、俺には読み取れない。


だけれども、彼は泣き出す寸前のように顔を歪めて笑う。


「うん……そう、っすね____!」


俺は自分の腕を掴みながら言う。


「さっさとやって……屋台に行くぞ」


体勢を立て直した夢喰いからまた飛んでくる、斧。


俺はそれを鎖で弾いた。


それから連続で鎖を放ち、俺達と夢喰いの間に複雑に張り巡らせる。


「……そうっすねぇ、時間操作とは言えども……止めてるわけではないっすね。

ギリギリ目で追えるっすから」


それでもなお襲いくる斬撃を弾いて、シオンが俺に言う。


____あの速さで、よく目で追えるな。


ツッコミは心の中にしまっておくことにしながら、俺は鎖をたなびかせた。


「時間を止めないまま操作してるとすれば……うん」


シオンが一人頷く。


____時間を止めていないのならば、刹那だけでも俺らに対処する時間はある。


だが、その反撃の間に向こうに夢術を使われたらおしまいだ。

____要するに、俺らがするべきは“夢術崩し”。


「ユーキ、理系だったっすよね?」


シオンが悪戯っぽく俺に笑いかける。

どことなく、煽りを感じるのは俺だけだろうか。


「……んだよ、馬鹿にしてんのか?」


眉を顰めた俺に、彼はいやいやぁと手を振った。


「まさか、そんなことないっすよぉ。

……でも、理系なら____“時間”を止めたらどうなるか____分かるっすよね?」


「は?」


シオンがこんな遠回しに言っている理由は分からなくもない。


向こうが時間操作をしている以上、俺たちの会話がどこまで聴かれているのか分からないのだ。


あとは、俺がシオンの発言を解読するしかない。


____そう、時間。


時間がもし完全に止まったらどうなる?

無論、俺たちの動きは止まる。


____いや?


違うな。

が止まるのか。


「……ったく、もう少し分かりやすい言い方しろよ」


俺はシオンに苦言を呈した。

だが、当の本人は悪びれもせず笑う。


「まあまあ、ユーキはお馬鹿さんじゃないって分かってるっすからねぇ」


「言いたいことは分かったけどさ」


俺は、前を向いた。


時間を止めたら止まる“全て”____それは、空気や刃……ひいては、切られる対象も含まれる。

時間の速さは、動きの速さに直結する。

それは、たとえ夢喰いが主観的な時間を操作しても____同じ。


俺は跳躍した。


パッと俺と夢喰いの間に入ったシオンが、槍を地面に突き立て____土埃を起こす。


「一気に決めるっすよ」


辺りに巻き上がった土埃が、視界を覆い隠す。


___それでも、夢喰いの夢術を抑えるには十分だ。


あとは、俺がやるだけ。


____夢術:演




* * *


巻き上がる土埃。


夢喰いは、そっと眉を顰めた。


____面倒臭いな。


土埃が辺りに充満してると、視界が悪くなる。


夢術で時間を遅くしても____視界の悪さだけは上手くカバーできないのだ。


____だけど。


だけども、夢喰い狩り達が何を小賢しく作戦を立てようと………夢喰い狩りの勝ち目はない。


向こうが反撃してくる間に時間を遅くして仕舞えば、こちらの攻撃を浴びせられる。


____これで、スイ様に良い報告ができる。


“スイ様”というのは、救済の暁の上位夢喰いの名前だ。

数年前に入信したにもかかわらず____今や第五隊を率いるほどの実力者。


にやりと笑った夢喰いは、夢術を使用した。


____夢術:とき


自分以外の時間の速さを、落とす。


途端に周りの動きがスローモーションになった。


土埃の先に、金髪の夢喰い狩りの頸。


夢喰いは迷いなくその斧を____


「やらせると思ったかよ」


背中から、声がした。


____え?


夢喰いの目が見開かれる。


背中には、小さな蝶が一匹だけ。

____いや、蝶じゃない。


ふっと蝶が光ったかと思うと、それは少年の姿を形作った。


「こちとら、 最高の策士シオンがいんだよ!」


____どうして、動いている?

時間は操っているはずだ。


今、世界でこの時間の速さで動けているのはこの夢喰いだけ____そのはずだったのに。


優希のクナイが、夢喰いの核に突き立てられる。


パリン、と核が割れる音と共に____夢喰いは、夜に消え去った。



* * *



「終わったぞ」


俺はパンパン、と土埃を払った。


「こんなもんで良かったんだよな?」


「うん、100点満点っす!

流石っすよ、ユーキ〜」


囮という役を引き受けていたにも関わらず、シオンは間の抜けた声を上げる。


危機感がないというか、飄々としているというか。


俺は鎖を拾い上げながら、シオンの方に歩み寄る。


「……にしても、よく見抜いたな。

夢喰いが時間を操作してる空間に____ある程度、余裕があること」


時間の速さは、動きの速さ。


自分の周りにある程度空間を持って時間操作をしなければ……自分の周りの空気も動きが遅くなる。

空気の動きの遅さが邪魔して、満足に動くことができないのだ。


だからこそ、俺はその空間に蝶となって潜り込んだ。

夢喰いと同じ速さの時間が流れる___その、僅かな空間に。


シオンが、頭を掻いて笑う。


「えへへぇ〜、まあぼくは天才っすから?」


「自分で言うかよ」


俺も釣られて吹き出し、そのまま辺りに笑いが満ちた。


戦闘の後の、ほんの少しの柔らかな時間。


笑いすぎたシオンの目の端に涙が浮かんだ頃____彼が、小さく呟く。


「あ____う、ユ______」


その言葉は、爆発するような音と、夜空を飲み込む光にかき消される。


「……なんて言った?」


聞き取れなかった俺が聞き返すと、シオンは小さく苦笑した。


答える代わりに、別のことが口にされる。


「ほら、始まったっすよ」


彼はそっと指で上を指し示した。


俺は空を見上げる。



____そこでは、色とりどりの花が空に咲き誇っていた。

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