第44話 お前の相棒 後編

「にしても賑やかっすねぇ…」


シオンは、歩きながら辺りを見渡した。


先ほどより、少し祭り会場に近い場所までやって来たせいか、祭囃子が微かにする。


遠くには、祭りの赤提灯も。


「年に一度の夏祭りだもんな」


「そうっすねぇ____うん?」


視線を彷徨わせていたシオンが、ある一点で視線を留めた。


「__なんすか、あれ」


俺は、彼の視線の先を追う。

それは空中。


薄暗い空の中に、小さな紙切れが浮かんでいた。


「紙……?」


強い風も吹いていないというのに……不自然に、それは空を泳ぎ続けている。


やがて、それは俺たちの頭上にて泳ぎを止めた。


「止まったっすねぇ」


間の抜けた声が、彼から発せられた____その時。


微かな、背後で草を踏む音。


「シオンっ!」


俺は、立ち竦んでいるシオンに掴みかかった。

そのまま地面に二人して倒れ込む。


「ふぇっ」


奇声をあげたシオンが一瞬前までいた場所____その地面から巻き上がる、土煙。


俺は左手でシオンを掴みながら、もう片方の手で鎖を構える。


舞い上がった土埃の向こうに……夢喰い。


そいつの手には、大きな斧が握られていた。


「外した……スイ様の御命令、早く遂行しないと」


夢喰いが呟く。


「はぁ?

誰だよ“スイ様”って____それに、対象とやらになった覚えもねぇんだけど」


俺はシオンの襟を離しながら答えた。


____多分、こいつは救済の暁だろう。


“御命令”という言葉からして、こいつに上司がいることは間違えがない。

基本的に群れを成さない夢喰い。


上下関係があるというならば、それは“救済の暁”の信者である可能性は非常に高い。


地面に転がっていたシオンが立ち上がる。

彼は頭を掻きながらそっと槍を構えた。


「いっててて……乱暴っすよ、ユーキが。

さっきの紙は、何かの合図だったんすね」


夢喰いは、答えない。


それに対し、シオンは首を傾げて口角を上げた。


「無視は肯定ってとるっすよ?

……ユーキもっすけど」


「今そこじゃねえだろ!?」


俺はシオンに怒鳴り返す。


その時、夢喰いが斧を回すのが目の端に映った。

俺たちの会話に埒が開かないと思ったらしい。


その刃先は、確実にシオンを狙っている。


俺はパッとシオンの前に飛び出て、鎖を構えた。

そしてそれを放って________


「っ……ぅっ…!?」


目の前に飛び散るのは、自分の血。


衝撃で吹っ飛ばされた俺の体は、木の幹にぶち当たった。


「…っゴホ……ゴホ……っ」


思わず地面に手をついて咳き込む。

わずかだが、血が吐き出された。


「ユーキ____っ!?」


夢喰いは一気にシオンとの距離も詰めて、斧を振りかぶる。

シオンが咄嗟に構えた槍に弾かれなければ、その刃は確実にシオンを襲っていただろう。


「マジかよ……」


俺は思わず呟く。


____夢喰い動きが速いとか、俺の動きが遅いとか……そういうレベルの話じゃねえ。


動体視力に自信のある俺ですら、動きが追えない。

それ程、夢喰いの速度は異常だった。


俺は痛む脇腹を抑えて立ち上がる。


シオンと対峙した夢喰いの背後から走り寄り、鎖を放った。


____だが、その刹那。


夢喰いが、


「……は?」


鎖を放ったはずの、俺の右腕。


そこから、大量の血が溢れ出ていた。

赫、赫、赫____


切断されていないのが奇跡とも言えるくらい、深い傷。


夢喰いが、一瞬のうちに俺の右側に移動していたのだ。

そう気づいた時、自分の心音が大きく一つ鳴った。


咄嗟に放たれたシオンの槍を避けた夢喰いが、また姿を消す。


シオンが俺を抱き寄せた。


「ユーキ!

大丈夫っすか!?」


「…へ……いき、だ」


俺は顔を歪めながら答える。


まずい、血が。


血が止まらない。


本当にこの傷、大丈夫なのか?


俺は夢術で“演”じているお陰で、“ この身体竹花優希”でダメージを受けても“本体竹花心呂”にあまり影響が出ない。


……それでもこんな深い傷じゃ、平気かどうだか。


シオンが俺の右腕の傷口を抑えながら、夢喰いの斧を弾く。


「……こいつの夢術、多分……時間か速さを調節してるっすね」


「いや、この感じだと時間じゃねえか?

あまりに……判断が早すぎる」


彼の呟きに、俺は答える。


「____厄介っすね」


彼が俺の腕をそっと離して、舌打ちした。


そして、槍を夢喰いに構える。


____それを睨みつけた双眸には、温度がなかった。


「……全くだよな」


俺は彼の独り言に、答える。


そして____鎖鎌を左手に持ちかえ、彼と背中合わせに立った。


____夢術:えんじる


俺は、無理矢理夢術にて傷を塞ぐ。

これで出血くらいは抑えられるはずだ。

……いや、そうであってくれ。


シオンが俺の行動に目を見開いた。


「ユーキは休まなきゃだめっすよ!?

傷口が開____」


「お前さ、ずっと履き違えてるよな」


俺は彼の言葉を遮る。


____本当は分かっていた。


履き違えているのは俺の方だってこと。


相棒だって、言葉にできてないのは____俺の方だ。


偽物なのは、裏切ってんのは、俺の方だ。


____俺とシオンが相棒を組んだ日。

あの日、“相棒”になったことを……本当は後悔していた。

いつか離れるべき存在を、どうして相棒と呼べる?


どうして嘘をつき続けてる奴に、相棒だなんて名乗る権利がある?


それでも、今は。


今だけは____


「俺はお前の相棒だろうが!」


____否……相棒に、ならせておいてくれ。



45話に続く。

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