第44話 お前の相棒 前編

第44話 


「……シオン、大丈夫なのか?」


俺___竹花優希は、彼に声をかける。


少しだけ真剣に、少しだけ低めに。

彼がしらばっくれないように。


……今、俺たちは夏祭り会場近くの小高い丘の___林の中にいる。


木々の向こう、視界の下の方には、赤い提灯が広がっていた。


「なにが〜?」


シオンの、間の抜けた返事。


……何がって…分かっているくせに。


俺は前を行く彼に言葉を投げかけた。


「今日、花火の日だろ」


「花火の日っすねぇ」


「……夏祭りの花火だぞ」


「夏祭りの花火っすねぇ」


「____っ、だから!」


俺は足を早めて、彼の隊服の襟を掴む。


「なんでそんなに平気そうなんだよ!?」


思わず語調が荒くなった。

慌てて、俺は彼の襟から手を離す。


振り向いた彼は、楽しそうに声を上げて笑った。


「ユーキ、ぼくの性格っすよね?

ぼくは大人しーーく花火を見るよりも、屋台で何か食べてる方が好きなんすよ。

花火は毎年“島”からも見えたし___今更ワクワクする年じゃないっす。

……あれ、もしかしてワクワクしてるのってユーキの方っすか?」


「そう、じゃなく…て…」


「あ〜あ、焼きそばも綿飴も、たこ焼きも……食べたかったなぁ」


シオンが不満げに口を尖らせた。


……なぜ?


彼の横顔を見ながら、俺は呟く。


なんでシオンはこんなにも避けてるんだろう。

自分の過去を怖がることを……どうして笑って避けるんだろう。


去年、シオンはこんな風に振る舞っていたか?


____違う。


去年は、シオンはずっと部屋に篭ってた。

俺が見廻に回らなかったのは____こいつが独りになるのが怖かったからじゃねえかよ。


「___ねえ、ユーキ」


唐突に、彼が俺の名前を呼ぶ。


「…なんだよ____」


思考を邪魔された俺は彼を睨みつけ____そして、息を呑んだ。


そう、一瞬だけ。


ほんの一瞬だけ、彼が目を細めていたのだ。


表情がないようで、絶望したようで。

そんな絶対零度よりも冷たい表情を、彼はしていた。


だが、それも刹那のことで……彼はすぐに満面の笑みを浮かべる。


「見廻が終わったら、屋台に行くっすよ!

食い倒れ祭りっす〜!」


彼は槍を持っていない左手だけでガッツポーズをしてみせる。


さっきの表情とは対照的な____明るい、笑顔。


「シオン……」


「…?」


彼が首を傾げる。


「……見廻はサボんなよ」


差し障りのない言葉を吐きながら、声のかすれを感じた。


はーい、と苦笑するシオン。


その声が遠く聞こえるほど、自分の心臓がうるさい。


……何故?


もう一度俺は自分に訊く。


シオンの様子がおかしい。

なんだか、壁のような____なにかを感じる。


溝の様な、埋まらない……なにかを。


シオンの様子がおかしいからか?


「……違う」


違う。


違うんだ、シオンがおかしいからじゃない。


溝を感じるのも、シオンがおかしく感じるのも……全部、俺の勘違いだ。


俺のせいだ。


シオンを欺き続けて、騙し続けて____。

そんな罪悪感の、せいだ。


俺には____俺には、シオンの 横にいる相棒である資格なんて…ない。


「どうしたんすか?急に黙って…」


シオンが、俺の目を覗き込む。


……その青さに、耐えられなくなってしまった。


「なんでもねぇよ」


俺はそっと彼から目を逸らして、笑う。


それでもなお、彼は俺から目を逸らさない。


「……お願いだから、ユーキは……ユーキ自身を大切にして欲しいんすよ。

ぼくの事はもう気にしなくて良いっすからね」


「本当になんでもねぇっつってんだろ」


交わらない視線の先、サッと黒い影が動いたのが分かる。


……狩りの時間か。


「それより、シオン」


俺は唇の先だけで彼の名を読んだ。


「りょーかいっす」


皆まで言わなくても、彼は理解してくれた様だ。


右手の槍と共に、影の方に駆けていく。


それと同時に、俺は地面を蹴った。

手近な木の枝に飛び乗ると、腰当てに繋がった鎖の端を掴む。


……木々の向こうに、夢喰い。


しかも、それは黒いローブをかぶっていた。

救済の暁……だな。


シオンはトントンと踊る様に走り、槍を振り上げる。

その刃先を、夢喰いに定めた。


夢喰いは、すんでの所で彼に気がついた模様だ。


シオンの槍は、ローブの先を掠めさせながら空を切る。


だが、その勢いのまま……彼は体を回した。

槍との回転と合わさって、不規則に攻撃を突き出す。


夢喰いが飛び退ったタイミングを見て、俺は枝を蹴った。


攻撃を仕掛けようとして腰を落とした夢喰い。


それに向かって、俺は鎖とクナイを放つ。


それを見たシオンは、パッと夢喰いに向かって駆け出した。


夢喰いの体を貫通するクナイ。

呆気に取られた夢喰いの体は、軽々と鎖に結ばれる。


シオンが地面を踏み切った。


「ナイスっすよ!」


シオンの雄叫びと共に、夢喰いの核は____槍に砕かれた。


夢喰いが夜闇に散りさり、拘束対象を失った鎖が地面に落ちる。


「いや、ナイスじゃねえだろ」


俺は木から飛び降りながら言った。


「シオン、お前攻めすぎだろ。

攻撃の隙を見つけられたらどうするつもりだったんだよ」


「あんくらい、大丈夫っすよぉ〜」


シオンは口を尖らせる。


「それに分かってるし____死なないって」


「分かってるって……お前……」


____いつのまに、予知を?


そう問いかけようとして、俺は口を開く。


だが。


「さ、次いくっすよ!

早くしないと屋台が閉まっちゃうっすから!」


シオンが俺の腕を無理やり引っ張った。


「ちょっ、おま……!」


俺に何も言わせない様に、彼は夜を駆け抜けていった。




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