第43話 祭囃子と提灯 後編




「___詩、なんなんだ。

さっきから変な行動ばかりで……」


仁科さんが怪訝そうに眉を顰めた。


私は彼に言い返す。


「仁科さん、空気読んでください!?

……あの二人がせっかく良い空気だったんですよ?

私たち外野でそれを壊したら、もったいないじゃないじゃないですか!」


風磨さんと、神奈月さん。


入隊して日も浅い私ですら分かるくらい___あの二人、分かりやすく両思いだ。


しかもただの両思いじゃない。

……だ。


二人とも無自覚にイチャイチャしていて、見ているこちらが胸焼けを起こしそうなくらいである。


……互いが好き合っていることに気がついていないのは、当人達だけだろう。


「__は?」


だが、仁科さんの眉間の皺はさらに深まった。


「良い雰囲気って……なんの話だ?」


「……もしかしてですけど。

気づいてないだなんてこと……ないですよね?」


「……?」


仁科さんは、答えない。


私はそっと頭を抱えた。


___前言撤回。気がついていない人、本人以外にももう一人いましたわ。

無自覚ど天然が……、一人。


やけに静かになってしまった空気に耐えられず、私は声を上げた。


「え…ええっと、シオンくんたち……大丈夫でしょうか」


唐突な話題転換に、仁科さんが少しだけ不思議そうな顔をする。

だが、すぐに彼は答えた。


「大丈夫だろう、シオンには優希もついているし、あいつ自身相当強い____だが、シオンも無茶なことをしたとは思う」


「……無茶?」


「まあ……な。

詩は、シオンの入隊した経緯を知ってるか?」


「……入隊した、経緯」


復唱した私に、彼は小さく頷く。


「ああ___シオンは3年前の花火の後、初めて夢術を使用した。

……それも、大切な人が皆殺しにされる予知を。

あいつは、それからずっと自分を責め続けている。

何も出来なかった____何もしなかった理由を」


私の下駄の音が、やけに高く響いた。


私は何も言えない。

……そうだ、私は知らない。


シオンくんのこと、隊員のみんなのこと。


何もかも、知らないまま___


彼はメガネを手の甲で押し上げた。


「……もちろん、シオンが自分を責める必要だなんて一切ない。

まさか自分の見た夢が予知夢だなんて____誰が思うか?

多分、それくらいあいつは理解してるんだろうが、それでも全てを抱え込んでいる。

今日の夢喰い狩りを名乗りでたのは、トラウマを乗り越えようとしているのか……それとも___」


そこで彼は口をつぐむ。


「……シオンくんに、そんな……」


私は自分の拳を握りしめる。


頼り甲斐のあって、明るくて____大きな小型犬のような人だと思っていた。


そんな彼は、今までどんな思いで生きてきたというのだろう?

……抱えた苦しみさえ知られないまま、どんな思いで笑ってきたのだろう?


「……しかし、シオンのことを訊くだなんて____詩は、よっぽどシオンが好きなんだな」


「ばっっ!!!???」


彼の爆弾発言に、思考が吹っ飛ぶ。


「____なっ、ななななな何言っているんですか仁科さん!?

バカ言わないでくださいよっ、べ…別に好きってわけじゃぁ……」


「そうなのか?」


彼はキョトンとして首を傾げる。


「俺は“仲間として好き”という意味で言ったんだが、まさか___」


あああああ、してやられたっ!!!!


私は頭を抱える。

そういう意味で言ったのか、仁科さん!!???


彼の表情からするに、本当に他意はなかったのだろう。

完全に天然への敗北だ。


私は気持ちを抑えるため、大きく咳払いをする。


「そ、そそそそ……そういう仁科さんこそどうなんですか…?

人のこと言えるんですかね」


ほとんど投げやりで、私は言い返す。


だが、予想外にも___仁科さんは寂しそうに眉尻を下げた。


「……まあ、そうだな。

俺にも、そんな人がいた」


「……え?」


____“いた”。


彼は今、過去形を使った。


「そうか、まだ詩には話してなかったか」


少し悲しそうな笑みが、その顔に浮かぶ。


「……お前が入隊する少し前に、第二の大災害があっただろう?」


「はい____その、話してて辛くなる内容なら____」


「いや、これは夢喰い狩りをする上での危険性の話でもあるからな。

……一応、話しておきたい」


彼はかぶりを振って、話を続けた。


「“第二の大災害”で、隊員の一人が____紅が、亡くなったんだ」


あまりにも他人事のような、その物言い。


だが、彼の表情は酷く辛そうで、その事実がどれだけ彼の中に根を張っているかを表しているようだった。


「あいつは、俺を庇ったんだよ。

俺の為っていうのはあまりに自惚れも甚だしいが___まぁ、紅はそういうことを平然とするような奴だったからな」


「……愛していたんですね、その人のこと」


紅という名前の、隊員。


彼女のことを話す彼は、辛そうで__だけども、すごく愛おしそうに話していた。


彼はそっと目を伏せた。


「……ああ、そうだ___いや、違うな。

今も、

だからあいつが死んだ後、悲しかった。自暴自棄にもなった。

……だけどな、俺はあいつの分まで生きるって決めたんだ。

生きられなかったあいつの分まで」


そして、彼は前を向く。


その瞳に反射するのは、提灯の灯りだ。

赤く揺らぐ、その光。


彼が、そっと不器用な笑みを浮かべた。


「……なんてな。

少なくとも、俺はもう誰も失いたくない。

夢喰い狩りだなんて命知らずなことをやっているのは重々承知だが……それでも、命以上に大事なものなんてないからな」


「____何当たり前なこと言ってるんですか」


だから私は。


私は、彼に笑い返した。


「そりゃぁ今だって___少しくらい、消えたくなることはありますよ。

どうしても逃げ出したくて、消えたくなることくらい。

……だけど、その先は考えないことにしてます。

私は私に出来ることしか出来ないんですから____んんっ」


自分の言っていることにクサさを覚えて、私は伸びをする。


顔を上に向けた時、提灯の羅列が夜闇を照らしているのが目に映った。


「あぁ、もう!

仁科さんのせいでお祭り空気が台無しじゃないですかっ。

夏祭りはこれからなんですから____ほら、さっさと楽しみましょ」


「……だな」


彼は人並みに合わせてゆっくりと歩き出した。


「ちょ…待ってくださいって!」


背中を追った私に、彼が振り返る。

そこに浮かんでいたのは、無邪気な少年のような笑みだった。


「まずは、かき氷でも食べるか」




* * *




「____ふぅん」


人混みから離れた____闇の中。


そこで、一人の少女が呟いた。

彼女の目は赫。


……そう、彼女はとうに人を捨てた。


「“あの子”が死んでから少し不安だったけど……思ったより元気そう」


白い指を当てた彼女の唇は、微笑を形作っている。


「良かった」


____基本的に生存本能で動く夢喰い。

だが、彼女の中には確かな慈愛があった。


明らかな、感情一つが。


「さてさて、そろそろ“始め”ないと……」


彼女は懐からそっと懐紙を取り出す。


そして、白い指で鶴を折る。


器用に形作られたそれに、彼女はふっと息を吹きかけた。


鶴は、風に乗って高く高く舞い上がる。


踊るように____どこまでも、どこまでも。


それが闇に溶けるまで。




44話に続く。

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