第42話 ボクのやりたかった事は 後編
「じ……自分語り、しちゃった…ね」
話し終えた後、彼は掛け布団の端を握った。
恥ずかしそうな笑みが、その顔に浮かぶ。
「答えにならなくて、ごめん」
弱々しいその言葉は、ぎりぎり聞こえるか聞こえないか…といった声量だった。
「……」
僕____桜坂風磨は、椅子から腰を上げる。
「……答えには、なってるよ」
見上げるように僕を見た彼は、あまりに脆かった。
_____もう答えがない。
そう、それが…彼の答えだ。
愛していたはずの父親に、マジックに、裏切られた。
本当は何をすべきか……そんなもの、もう彼にとって意味はないのだろう。
だって、縋って生きてきたもの全てに裏切られたのだから。
それでも、そんなものに縋らないと……彼は、生きれなかったんだ。
「それで_____君の望む“答え”って、見つかった?」
僕の問いかけに、彼は目を伏せた。
「ううん…全く。
駄目だよね、こんなんじゃ。
5年も探して、周りを傷つけて……それでも_____」
ごめん、ともう一度彼は繰り返した。
「それでも、駄目だった」
布団の上の拳が、握られる。
手袋の下のその手は、あまりに傷ついていた。
「ねぇ…桜坂風磨………くん。
ボクからも質問…させて、ほしい」
彼は笑う。
「ボクは、どうすべきだった……?」
張り付いた笑みのまま、彼は泣いていた。
「もう分かんないよ、どうすべき、なの…か。
ボクの中の、“
自分が、消えちゃいそうで…怖い。
どうすべきなの、か……分からないよ…」
「……そんなの」
そんなもの、一つに決まっているよ。
僕は彼に笑って見せた。
「僕には決める権利なんてない_____________だから、君がしたいことをすれば良いよ」
彼の目が、見開かれる。
「ボク、の……?」
聞き返した彼に、答える。
「マジックが好きなら、すればいい。
やめたいのなら、やめればいい。
……だって、君の人生は君のでしょ?」
「……そっか」
彼は涙を拭った。
「“ボク”は……ボクで決めて良いんだね」
* * *
「久しぶり、流」
数日後、ジャックは対夢術管理協会に身柄を引き取られることになった。
僕は目の前の流に言う。
「…それじゃ、ジャックをよろしく」
僕の言葉に、彼はため息をついた。
「風磨、お前に言われなくてもそんなの分かってる」
流は長い前髪をかき上げる。
スーツを着込んだ彼は、彼の背後にいるジャックを振り返った。
ジャックは大人しく手錠をかけられて立っている。
「…ほら、そろそろ行くぞ」
彼を顎で促し、流達は歩き出した。
彼らを追うように、流の部下であろうスーツの人々が続く。
「あ、の」
しかし、少し歩いた所で、ジャックが声を上げた。
彼は静かに立ち止まって、僕の方を振り返る。
そこにあったのは、清々しい笑顔だった。
「
それがボクの名前だよ」
ジャックは________いや、時也はそう言って僕に手を振った。
……本名を伝えることは、彼にとって“ジャック”との決別を表していたのだろう。
自分の名前を言ってしまった彼の笑みは、少しだけ寂しそうにも見えたから。
……なら、僕は。
僕にできることは。
「じゃあ……またね、時也!」
彼の本当の名前を、声に出して呼ぶことだ。
* * *
桜坂風磨くんと別れて、もう数十分ほど歩いただろうか。
ボクは______時也はそっと横を見た。
海沿いを歩くボクらには、海面が光っているのがよく見える。
……綺麗、だ。
揺れる海面は、太陽の光を反射して煌めいている。
でも、その下は深い深い______冷たい世界だ。
「……ねえ、流さん」
ボクは対夢術協会の少年に呼びかけた。
「…?」
無言だが、彼が振り向く。
ボクは、彼に言った。
「…桜坂風磨くん、って……すごく、良い人、ですよね」
「……ま、あいつは昔からそういう奴だからな」
ふん、と鼻息を吐いて答えた少年は、どこか誇らしげだった。
……本当に、桜坂風磨は良い人だ。
彼のお陰で、ボクが何をするべきか_______いや、何をしたいか、分かった。
ボクはそっと俯く。
白昼夢を使う時、本当は……すごく、怖かった。
ボクが“
だけど、その“
あれは……狂気だ。
狂ってる……本当にあれは狂っている。
あんなもの、この世にあっちゃいけないんだ。
あんなものは……消さなきゃいけない。
だから______
「……流さん、お願いが一つあります_____」
ボクは、手錠を触った。
「_____どうか、彼にはこの事を言わないでください」
彼はボクを救ってくれた。
……でも、ボクにとっての“救い”は、きっと彼にとっては好ましくないものだろう。
彼を傷つけるくらいなら______知られない方がいい。
「お願い、です」
そして、ボクは……手錠から手を抜いた。
振り返った流さんが目を見開く。
「な……!?」
「典型的なマジックですよ」
ボクは、静かに笑みを形作った。
歩いている時、流さんにそれとなくぶつかって……手錠の鍵を取っておいたのだ。
スーツの人たちが、慌てたように拳銃を構える。
その冷たい銃口は、間違えなくボクに向けられていた。
……あぁ、なんて。
なんて
ボクは欄干に飛び乗る。
その背後には、海。
「桜坂風磨くん!」
この声が聞こえることのない事を分かって_____ボクは叫んだ。
ボクは、ボクで決める。
絶対に______“
「これが_____ボクの
自分の中の狂気は、自分で殺す。
誰かの怒号、銃声、赫い血。
どこか遠く響く喧騒。
……狂気を殺すために、ボクは狂って見せよう。
これが、ボクの最高の舞台だから。
ボクの_____最期の舞台だから。
銃で撃たれたのか、赫い血を散らせながらボクは背後に倒れる。
冷たい水の中に落ちるまで、そう時間は掛からなかった。
水泡と共に、肺から空気が抜けていく。
最高だ。
そして、最低だ。
______夢術:
流さんが飛び込んでくるのが、目の端に映った。
夢術で水が巻き上がり、渦を描く。
……助けようとしてくれてるんだ、彼は。
だけど……だけど、ね。
その渦をするりと抜けて、ボクは海底に落ちていく。
もう2度と海上に上がれないよう_______重りを服の中に入れておいたのだ。
“いいんですか?死ぬんですよ?”
ボクの中で、
_____いいんだよ、これで。
ボクがボクのままでいられるなら……海の底までも。
どう?
きっと、ボクの最期の表情は、笑顔だった。
______そして訪れた暗闇に溶けるように……消えるように、ボクは眠りについた。
* * *
「おとうさん、ボク______いつかボク、ほんとうのマジシャンになれるかな?」
「なれるよ、きっと。
時也ならね」
「そしたら、ボクおとうさんをこえるよ!」
そして______
「ボクは、みんなを笑顔にするんだ!」
繋いだその手を、離さないように。
* * *
第3章、傷のついた華________
これにて、終演。
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