第42話 ボクのやりたかった事は 前編

第42話 




「____お呼びでしょうか、ヨザキ様」


わたしは、ヨザキ様の前で跪いた。


彼が、ふん、と息を吐く。


「お前のその物言いも板についてきたな」


その後彼が小声で何か言ったような気がしたが、わたしには聞こえなかった。


わたしは、手を胸に当てて少し首を傾げて見せる。


「そうでしょうか?

わたしは、“この方”が良いのですが……お気に召しませんか?」


_____そう、もうボクは。


ボクのままじゃ、上手く喋ることが出来なくなってしまった。

自分のままの自分で誰かと話すことが、自分を晒すことが……怖い。


“ジャック”というマジシャンとしてのキャラクターでいることで、自分の心を守れる。


気づけば、“ジャック”はボクの“普通”になりつつあった。


「どちらでも構わない。

それで何か不都合が起きるわけでもなかろう」


そして、彼はその椅子からおもむろに腰を上げた。


彼か床に落とした影________それが泡立つように膨れ上がる。


そこから現れたのは、一振りの剣だった。


黒_____常夜すら思わせる、その黒を。


「お前に、試練を与える。

その試練を越えれば、お前は“父親の死んだ理由”が分かるだろう。

……どうだ、受けるか」


「試練、ですか……」


わたしは、今度こそ本当に首を傾げた。


そんなわたしに、彼が顔を寄せる。


「俺を、殺しに来い……無論、全力でな。

大丈夫だ、お前に負けるほど俺は弱く無い」

 

「成程…」


わたしは目を細める。


恐らく、この“試練”の本質は、ヨザキ様を倒すことでは無い。

彼が、わたしが試練を“越える”ことを眼中に入れて話をしていることからして、わたしに到底不可能な試練……ということはなさそうだ。


……それならば。


わたしはすっと頭を下げた。


「ええ、勿論謹んでお受けいたします」


なぜなら……


なぜなら、わたしの生きる理由なんて、それくらいしか残ってないから。


“父親の死の理由”を知ること以外、もうどうでも良い。


わたしはナイフを取り出した。


「………来い」


彼は、手招く。


私はナイフを“透”かし、それを指一本動かさずに投げた。

同時に、跳躍。


もう一本のナイフを彼から見えないように取り出し、それを逆手持ちする。


その切っ先を迷わず彼へ。


ヨザキ様は、透明のナイフの軌道を読み切って、軽く右手でいなした。


着地したわたしが喉元へ放つナイフを、彼は跳躍で避ける。


そして地面に手をついた彼は、言った。


「一つ言っておこう」


その足元の影が、揺れる。


「試練の失敗は_______」


影が、その黒い刃が。


「______“死”だ」


ボクの身体を貫いた。


赫い。


赫い、これは……何だろう?


「っぁあああああああああああ______!!!!」


鋭い痛みに、喉が破れそうなほど叫び声が上がる。


ヨザキ様の夢術_____“かげ”。

他のエネルギーを吸収し、全てを切り裂く夢術。


それは、まさしく孤高。


その幾本もの影の剣がボクを突き刺したのだと分かったのと、目の前の赫が自分の血だと分かるのが同時だった。


ボクは、無様に地面を転がった。


赫い血が、辺りに赫い染みを作っていく。


体が、動かない。それに、意識まで遠のき始めている。


……死ぬんだ。


ボクは、今ここで、死ぬ。


そう気付いた瞬間だった。


______ボクの中に“ジャック”が生まれたのは。


「……はは、あははは……あはははは…っ!」


笑い声。


それはひどく享楽的で、いっそ聞いてるこちらが恐怖を覚えるような笑い声だった。


「“これ”が試練だというのですね……!」


そう言って笑うそれは。


……


体が動かない。

意識も薄らいでいる。


だけど、“誰か”が______ボクを立ち上がらせた。


勝手に上がる口角。

止めもなく落ちる赫い血。


しかし、“誰か”はナイフを構える。


それを見てヨザキ様は唇の端で笑った。


「流石だ、ジャック。

_______合格」


その笑みも、あまりに狂想的に歪んでいた。


ボクは、冷たい笑顔を浮かべたまま走り出す。


踏み込んで、ナイフを回す。

あたかも踊るように、遊び回るように。


ヨザキ様も、ボクの動きに合わせて踊るようにナイフを避けていく。


______それは、あまりに狂った舞踏会だった。


だけど、動くたびに、呼吸するたびに、ボクの体は軋む。


もう…やめて、痛い。

苦しい。

だからもう…動くな。


そう叫ぼうとしたって、今のボクには自分の体すら動かせなかった。


______“それは、“白昼夢”だ。

二つ目の夢術とでもいったら良いか。

ジャック、お前の白昼夢は「心を読む能力」だな”_______


脳内に響いた、声。


それは紛れもなくヨザキ様の声だった。


今は口を開いていない彼の……発していないはずの声が。


その代わりに、ボクの口が開く。


「えぇ、まぁ……昔からわたしは“心を読む類”のことはやって来ましたからねぇ。

わたしわたくしを知るのには丁度良い白昼夢でしょう」


______狂ってる。


ボクはナイフを逆手持ちして、それを彼に突き刺す。


普段なら出るはずのないスピードで。


“心”を読んで、ヨザキ様の次の動きを察知し、攻撃する。


______こんなの、狂ってる。


「あははははは…!」


ヨザキ様が、笑うボクの首筋に影を突き刺した。


「……もう良いだろ……ジャック」


一瞬、視界が回る。


地面に倒れ込んだボクの影を、ヨザキ様が踏んだ。


「_______影縫かげぬい


彼の呟きと共に、ボクは体の自由を奪われた。


「ええ、もう良いですよ」


それでも、ボクは笑っていた。


笑って……そして言った。


「…だって、もう分かったのですから!

“心を読むマジック”だなんて______」


……やめて、もうやめて。


ボクの叫びは、声にならない。


……聞きたく、ない……!


目の前に影が迫る。


意識が消える一瞬前、聞こえたのは_______


「_____夢術インチキ!」


______ボク以外の、ボクの声だった。


……あぁ、なんだ。


答えは簡単だったんだ。


暗闇の中、左手に“心”の文字が浮かんだことを思い出す。


左手______ってことは、遺伝か。


答えは、簡単だったな。


父は、自分のインチキを隠蔽するために……死んだ。


……それだけの、理由だったんだ。




次回、3章完結。

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