第41話 奇術を貴方に 後編
「………え?」
それは公演終わりだった。
服を着替えに楽屋に戻ったボクが見たのは、ロープに吊り下がった“それ”。
嘘……嘘だ、どうして。
ロープの先に、触れる。
温度のあるはずだった……ぶら下がった“それ”は、余りに冷たくて。
「なん、で………」
なんで?
お願いだからマジックであってくれ。
お願いだから……お願いだから、その目を開いて……“マジック大成功”とでも言ってくれ。
「父さん……っ」
嗚咽が、涙が自分の奥から漏れた。
なんでなんでなんでなんで?
もしかして……もしかして、ボクのせい?
ボクが邪魔だった?
何か失敗した?
何が原因だった?
脳内で、疑問がぐるぐると回る。
ボクなんて、いなければ良かった?
ボクなんて_________消えれば良かった?
「……そ、そうだ…誰、か…」
誰かを呼ばなくちゃ。
助かるかもしれないという薄らな望みがあるのなら……誰かに助けてもらわなきゃ。
ボクは重い体を引き上げ、どうにか立ち上がった。
なんだか体が熱っぽい気もする。
だけど、それよりも早く。
狭い舞台裏の通路を駆け抜ける。
どこを通ったかなんて、覚えてない。
……早く、早く。
大丈夫……まだ、お客さんは帰りきっていない。
ボクは迷わず舞台から客席の方に飛び降りる。
“誰か!”
ボクは、叫んだ。
“誰か、来てください!!
父さんを……誰か、助けて……!”
……精一杯、叫んだつもりだった。
喉が切れそうなほど、軋むほどに……それほどボクは吐き出したつもりだった。
______だけど。
「 」
喉から出たのは、無音だった。
“え……?”
声が……出、ない。
“なんで……”
それどころか、一人としてボクを見てる人はいなかった。
……違った。
ボクを目に映しているはずの、人々の_______その双眸に。
ボクが、いなかった。
目だけじゃない。
大道具の鏡にも、鉄骨の反射にも。
“何、こ…れ……”
足から力が抜けて、その場にへたり込む。
“消え、て…る……”
ボクが、消えている。
助けすら求められないボクは、そこで呆然とするしかなかったのだった。
______そう、まるで。
世界から消えてしまったように。
「……おい、そこのお前」
何時間たっただろう。
誰もいなくなった舞台で、声がした。
声に釣られてゆっくりと顔を上げると、舞台裏の暗闇に赫い目と目があった。
_____夢喰い。
それに対峙してなお、ボクは取り乱すことはない。
だって……消えてしまったボクには関係ないから。
どうせ、あの夢喰いにもボクは見えないだろうし、聞こえない。
なら、襲われることも、救われることも……何も、ない。
もう一度顔を落とそうとした時、その夢喰いが声を発した。
「無視するな、お前」
「……ボクのこと、です、か_________あ」
ボクは自分の喉に手をやった。
「声、が……!」
声が、でる。
喋れる。
夢喰いが冷めた声を出した。
「ようやく夢術もおさまったようだな。
……遅くなって悪かった」
姿を現した夢喰いは、少年とも青年ともつかない姿をしていた。
軍服のようなものに身を包んだ夢喰い。
_____当時のボクは、彼が夢喰いの始祖だということを知らなかった。
彼が、“ヨザキ”という名を持っていたことも。
彼はスポットライトの無い舞台を歩み寄ってくる。
「どうだ、お前。
俺と一緒に来ないか?」
「……ボク、が……?」
「お前の
彼は歩みを止めて、仁王立ちした。
______その瞳の赫は、どの赤よりも赫い。
「……そう、した…ら」
ボクは小さく呟く。
「父さん、は……?」
父さんは助けてもらえるんですか?
だが、夢喰いには皆まで言わなくても伝わった。
「……あぁ」
世間話でもするかのように、簡単に。
彼はその言葉を口にした。
「死んだよ、もう」
「_____っ!!」
ボクは自分の服を握りしめた。
そんなボクを見て、夢喰いはため息を吐く。
「はぁ……いちいち反応するな、見苦しい。
だから言っただろうが、“遅くなって悪かった”って」
そして、彼はボクの元にしゃがみ込んだ。
「俺と一緒に来ないか?
教えてやるよ、お前の父親が死んだ理由」
「…と、う……さんが……」
______知りたい。
純粋に、ただそう思った。
知りたい。
なんで父さんが首を吊ったか。
なんでボクを頼ってくれなかったか。
なんでボクを一人前と認める前に死んだのか。
きっと、その答えは残酷だ。
残酷で……きっと、ボクの心を食い破ってしまう。
どうせ心を食い破られるのなら_______彼を、信じようか。
顔を上げたボクの目は、その赫にどう映ったのだろうか。
少なくとも、それは決意だった。
絶望に走っていくための、決意。
その目に、夢喰いが頷いた。
「…決まりだな、さぁ来い_____」
彼の冷たい手が、ボクを舞台上に引き上げる。
そして、夢喰いはボクの_____否、
「__“ジャック”」
42話に続く。
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