第41話 奇術を貴方に 前編

第41話 



「ふふ……貴方も面白いことをするのですねぇ。

流石のわたくしも驚きましたよ。

てっきり死んだものかと思いましたのに、目が覚めてみたら病院ですもの」


彼は、笑顔を崩さない。


僕は饒舌な彼に歩み寄った。


ジャックは、首を傾げる。


「さて……、貴方は何をしたのですか?」


「あの時は_____」


あの時、白昼夢を使った時……僕は。


「______白昼夢本能と、分かり合えた気がしたんだ。

それ以上のことは、良くわからないけど。

……だけど、どうしても白昼夢を自分自身で使わなきゃいけなかった。

だって、そうじゃなきゃ」


僕は、笑って見せた。


なんて、出来ないでしょ?」


「……嗚呼、なるほど」


彼が、合点の行ったように頷く。


そう……峰打ち。


それは、刀の…刃の反対側で斬る方法だ。

無論、それで斬れる訳がないし、殺傷能力はない。


……だけど、本能的に相手に「やられた」と思わせるには十分だ。


実際に殺されていなくても、刃を当てられたショックと、自分の錯覚によって意識はシャットアウトされる。


そう、それは丸で“ 咲いても実を結ばない花徒花”のように……斬っても死ぬことはない。


こんなことは、破壊衝動本能じゃ成し得ないから。


「しかしながら、貴方という人間は本当に不可解ですねぇ。

……どうせ、この後わたくしは対夢術管理協会に引き渡されるのでしょう?

別に貴方にとっては生かそうが殺そうが関係のない_______いや、殺した方が都合が良いでしょうに」


「……確かに、そうだね」


確かに、そうだ。


彼の怪我が治ったなら、僕は対夢術管理協会を……流を、呼ぶつもりだ。


「確かに、得なんてないよ。

だけど、損とか得とかじゃなくて……殺しちゃいけないって思っただけ」


彼は喉の奥で笑った。


さも滑稽なことを耳にしたかのような、嘲笑を。


「殺しちゃいけない?

何故ですか?

わたくしは貴方を殺そうとしたのですよ?

……いえ、今だって、殺ろうと思えば殺れますし」


「そんなの、百も承知だ。

だけど……ジャック。

君はもう_______」


僕は深呼吸をした。


「“”に、ならなくても良いんだよ」


確かにその瞬間、彼の顔から笑みが消え去った。


僕は、続ける。


「僕は、君自身と話がしたい。

そのために君を生かしたかったんだ」


「……ふ、ふふ…っ。

そんな簡単に貴方を信用しろとでもいうのですか?」


彼の顔にいつもの笑みが戻った。


僕は、ベッド横の椅子に腰掛ける。


「警戒するのも、分かるよ。

だけど君が“うるさい”って叫んだ時_____苦しそうだった。

……僕にできることがあるなら、話してほしい。

僕も、君の力になりたいから」


彼は僕を伺うようにじっと見ていたが、やがて、その瞳を閉じた。


そして、もう一度その瞼を開いた時……そこに宿っていたのは穏やかな光だった。

彼はその両手を小さく上げる。


「……分かった、降参。

ごめんね、あんまり“これ”で喋らないから……上手く喋れないかも、だけど」


張り付いたような笑顔じゃない_____はにかむような、辿々しい苦笑。


これが、きっと彼の“素”なのだろう。


彼は縋るように布団の端を握りながら言う。


「それで、何が聞きたいの?

あくまでもボク達は敵だし……喋れることは、少ない、けど」


僕は彼に問いかける。


「君は……何故戦うの?

……あんなにボロボロになるまで」


「うるさいって、言ったのは……計算外、だった。

気づいたら叫んじゃってた」


彼は首を振った。


そして、瞼を伏せる。


「……笑わないで、くれるかな。

ボクはね……“答え”を、探してるんだ」


「答え……?」


聞き直した僕に、彼が頷く。


「そう、答え。

父さんが死んだ、理由……いや」


……違うね。


彼はそう呟いた。


「ボクが、本当は何をすべき、か……かな」




* * *



舞台裏の無機質な機械に巻き上げられるは、光沢に満ちた真紅のカーテン。


天井に張り巡らされたワイヤーに吊られるのは、目を眩く焼くスポットライト。


煌びやかなステージ上が照らされたその瞬間、場を包み込んだのは歓声だった。


……綺麗。


耳をつん裂くその雑音すら、美しい。


だけど、その雑音をかき消した凛とした声の方が、もっと美しかった。


「________ladies and gentle men.

今宵もお集まり下さり有難う御座います!

それでは不思議に溢れた世界へ________ようこそ!」

 

白い手袋のそれから作り出されるのは、まさに“不思議”だ。


帽子やステッキから踊り出す魔法に、心を読んだように客の想いを見透かすトランプ。


_______あぁ、本当に。


本当に、幼い時のボクはその世界に魅了されていた。


そして、その不思議を作り出す存在に_______父に、一種の執着にも近い羨望を寄せていた。


母を幼くして亡くしたボクにとって、父は愛してくれる唯一の存在だったこと。

それも、もちろんあった。


「おとうさん、おとうさん…!」


幕の降りた後の舞台。


ボクは未だ衣装を着たままの父親に駆け寄った。


「ボクにも、“まほう”つかえる……?」


きっちりとスーツを着こなした彼は、それに皺ができるのも厭わずにボクを抱き上げた。


「ああ、もちろん出来るとも!

◼️◼️なら、きっと凄いマジシャンになれるよ」


回る視界、キラキラと輝く舞台装置。


「_____◼️◼️も、舞台に立ちたい?」


ボクは抱き上げられたまま、万歳をした。


「する!」




「さぁ、皆様御覧くださいませ」


ボクが_____わたしが“ジャック”として舞台に立てるまで、そこまで時間は掛からなかった。


だって、ずっと父親の手捌きを見てきたのだ。


わたしはトランプを切る。


早く、正確に、そして____そっと一枚のカードを上に持っていくように。


「貴方の選ばれたカードは________」


わたしは、カードの一番上を捲る。


巻き上がる歓声、拍手。


_____そう、彼等は騙されている。


マジックは、騙しだ。

観客の細やかな視線を、心を、考えていることを、話術や手業で操る。


でも、それは素敵な騙しだった。


非日常を、魔法を描く。


それはあまりに背徳的で______そして、どこまでも美しかった。


______「◼️◼️が大人になったら、“読心マジック”を教えてあげる」


父の十八番であり、代名詞である“読心マジック”。

それをいつか教えてもらえるくらい一人前になれるように。


……そのために、わたしは全部を、自分を、騙す。


“ジャック”という人格は、わたしわたし自身に課した“騙し”のはずだったんだ。




だけど、その夢はたった一本のロープに断ち切られた。

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