第40話 白昼夢から醒める 後編

僕は……本能に、問いかける。


「……今、君は笑える?」


僕自身を縛り付けるその手が、緩んだ。


僕は______確かにそれを見た。



泣き出しそうになっている、本能の姿を。

苦しさを攻撃することでしか晴らせなかった______かつての僕を。



「……今、僕は笑えるよ。

辛いことも一杯あるし、壊したいものも沢山あるけど……」


だから、僕は本能の手を掴む。


「『 壊したい気持ちも______僕だからね』」


僕は、救われた。


そのことを今証明するために。

僕が僕を生きれることを、証明するために。


______僕が、僕を救うんだ。


ゆっくりと溶け合うように、僕の首を絞めていた手が消える。


そして僕は_______



赫いその眼を開いた。




「……え?」


ジャックの戸惑った声が鼓膜を揺らす。


その声が、現実に引き戻されたことを僕に知らしめていた。


僕は、地面についた膝をあげる。


「僕は負け…ない…!」


戦うんだ。


僕自身の力で。

……だって、“本能”だって僕自身なのだから。


刀を抜き、振りかぶった。


______白昼夢:“桜”_______!


辺りに淡い花びらが巻き起こる。


舞い上がり、辺りをその色に染め上げる桜の花。


ジャックは、毒気を抜かれたように立ちすくんでそれを眺めている。


その顔は唖然としていて________否…何処か安堵すら、していた。


……安らかな諦めが、そこにあった。


僕は、力を刀に込める。


_______そう、これは“僕”自身じゃないと出来ないこと。


無意識下じゃ______破壊衝動だけじゃ、絶対に成し得ない。


僕は地面を踏み切った。


白い花と桜の花が溶け合うように舞い上がる。


それは一つの渦となって、流れとなって。


______力に変わる。


これは……そう。

これに名前をつけるとするならば。




徒花あだばな__________!」




僕はジャックに向かって刀を振り下ろした。



* * *




「______また会ったわね」


白い花の中で彼女が笑う。


……これは、現実?


否、夢なのか?


白い花のせいで、これがどちらなのか一瞬分からなかった。


だけど、佇む彼女の雰囲気に、夢の中であることを悟る。


「玲衣、さん…」


僕の問いかけに、彼女が苦笑した。


「やっぱり………そう呼ぶしかないものね」


彼女が見下ろしたのは、白い花。


「ごめんなさい、また呼び出してしまって。

……本当は、あまり良くない事なのだけれど」


「いえ、僕は大丈夫…です」


僕が小さく答えると、彼女が歩み寄ってきた。


その彼女を見て……目の前の彼女と玲衣さんとの大きな差に気がつく。


「ネックレス、が……」


玲衣さんが肌身離さず着けている、赤いネックレス。


それが…ない。


彼女はやわく微笑った。


「もうすぐ、ね。

全てが終わるから」


ひどく寂しそうな、笑み。


「本当にごめんなさい……貴方には、謝っても謝りきれないわ。

でも、どうかお願いなの」


苦しそうに、でも落ち着いて。

彼女は言葉を紡ぐ。


「どうか、“私”の最後を見届けてほしい。

……私が見れない、“私”の______」


「……終わらせません」


僕は彼女の言葉を遮った。


最後だなんて、言わないでほしい。


「終わりだなんて、来ない。

来させませんから」


僕の言葉に、彼女は眼を見開いた。


それから、耐えきれないようにぷっ、と吹き出す。


「うふふ……ふっふ……っ」


その笑みは、普段の彼女のそれだった。


あまりに無邪気で、どこか幼さを感じる笑い方。


「良かった……本当に貴方に逢えて。

貴方に任せられて、良かった。

……それじゃあ、もう一度だけ会いましょう」


目尻を拭って、彼女が言う。


白い花びらが巻き上がって、視界を隠した。



「風磨くん」


……その後に響いたのは、僕を呼ぶ声だった。




* * *



ゆっくりと、脳が覚醒をしていく。


少しだけ開いた瞼に、白い光が刺す。


「ん……ん、ん…」


……眠い。


もう一度瞼を閉じようとした瞬間。


「風磨くん!!!」


耳に飛び込んだのは、玲衣さんの声だった。


反射的に開いた目がゆっくりと焦点を結び、彼女の姿が映る。


「玲衣……さ、ん……」


きっと、今は現実なのだろう。


その証拠と言うべきか、目の前の玲衣さんは半泣きだった。


「よか、った……風磨くんが、ぶ…無事で…」


……いや、泣いてる。


「玲衣さん、僕は元気ですよ…。

どうか泣かないでください」


彼女の涙を拭うために、僕は身を起こそうとする。


だけど、何故か上手く力が入らない。


「……っ」


手が滑って、再びベッドに倒れ込んでしまった。


「あ、まだ安静にしててください…!」


玲衣さんの手が、僕の頭を支える。


「一週間も眠ってたんですから、まだ安静にしてないと危ないですよ!」


「あはは、そうですね………って、え?」


相槌を返そうとして……僕は聞き返した。


「……??」


彼女はこくこくと頷く。


「そん、な…に……」


深く眠っていたと言う自覚はあったが、そんなに眠ってただなんて……。


どうりで体に力が入らないのか。


「そ、そうだ、玲衣さん!

一つ、聞きたいことがあって_____」


僕が叫ぶように言うと、彼女は柔らかく笑った。




* * *




次の日。



僕がいたのは北桜庭総合病院だった。


と言っても、澪のお見舞いに来たんじゃない。

僕が会いに来たのは、別の人だ。


受付で名前を告げ、その病室に入る。


数人部屋の一つのベッドで横たわる人影。


彼は、その瞼をゆっくりと持ち上げた。


ぼおっとしたその瞳が、僕の姿を映す。


「んん……と…」


緩慢な動きで身を起こした彼は、思い出したかのように笑みを貼り付けた。


「あぁ……桜坂風磨、でしたか」


彼は_______ジャックは、言った。




41話に続く。

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