第40話 白昼夢から醒める 前編

第四十話




「_______さぁ、此処からがお楽しみですよ!」



瞬きの後の彼の眼は______どこまでも、赫い色だった。


……あぁ、そうか。


僕は下唇を噛む。


“ジャックは白昼夢を自在に扱える”。


“無意識下でしか白昼夢を使えない自分や詩ちゃんとは違う存在だ”。


そう、僕は思っていた。


……だけど、違う。


無意識下で……否、正しく言えば別人格で……それでしか、白昼夢を使えないのは、彼も同じだったのだ。


ジャック自身が“白昼夢”の性格を真似ることで、意識を取られるということを……隠していたのか。


彼が時折見せたあどけない素振りは、その“ボロ”なのだろう。


「……ふふっ」


“ジャック”は、口に手を当てる。


「勝手に人格を考察されるのは、中々こそばゆいものですねぇ」


「ぁ、な、なんかごめん…」


反射的に謝った僕に、彼は唇の端を引き上げた。


「とはいえ、御明察。

概ね正解……まぁ、及第点と言えるあたりですかね。

……ですが、“わたくし”は別人格だなんてものではございませんよ?

なぜなら________」


その赫眼が、細められる。


「_____わたくしこそが、“ジャック”だからです。

本人格アレは、あくまで白昼夢の付属品……そこはお間違えなく?」


薄い笑みを貼り付けたまま、彼はナイフを放った。


「……っ!」


……速い!


先程までとは打って変わった……迷いの一切ない軌道。


僕は反射的に両手に刀を構え、間一髪ナイフを弾く。


____ピキッ


夢術で出来た刀刃に、ヒビが入った。


ナイフを弾き返し、刀を出現し直す。


……一瞬でも……ほんの一瞬でも刀を差し出すのが遅れたら、今頃ナイフは僕を貫通していた。


それくらい、迷いない軌道だった。


刀を右手に持ち直しながら、僕は後ろに跳躍する。


四方八方から飛び来る、ナイフ。


僕はそれを刃で弾きながら……着地する。


その瞬間、視界を塞いだのは、巻き上がった白い花だった。


「…余所見は禁物ですよ?」


頬をナイフが掠める。


いつの間にか、彼に距離を詰められていた。


……やっぱり、先程までとは段違いの速さ。


僕は横に踏み込んだ。


回転しながら、刀を刺す。


ジャックはそれを片手で抑えて、そして突き放した。


体重が軽いのが災いし、僕の身体は軽々と突き放される。


よろけたのを地面に刺した刀で止めたその時_______ジャックが僕のすぐ横を駆け抜けた。


腕に走る、鋭い痛み。


それは赫く飛び散る血と共に、酷く冷たく僕を刺す。


彼が手で弄ぶように、ナイフを回した。


「ふふふっ、先程までの強気は何処に行ってしまったんでしょうねぇ…。

そんなのじゃぁ、愉しめないじゃないですか!」


彼は嘲笑う。


……あぁ、本当に。


僕は唇を噛む。


本当に彼のいう通りだ。


僕は……白昼夢じゃないと、互角にすら戦えないのか?


僕自身じゃ、だめなのか?


黒光りする刀を握り……そして、振り上げる。


心臓が、五月蝿い。


刃の先を向けるのは、自分自身へと。


「ほら、見せてください!

貴方の白昼夢本気を……!」


……白昼夢を使わなくちゃ。


使わなきゃ、殺される。


ジャックのように、僕も_______





________“私の前から、居なくならないで……”





刀が、落ちる。


「……っ、…は、ぁ……」


蘇ったのは、玲衣さんの声だった。


……駄目、だ。


駄目だ、駄目だ。


無理だ、できない……僕には。


ジャックが振り返って、僕を見る。


「…どうして使わないのですか?

もしかして、白昼夢に怖気づいてしまった訳ではないですよねぇ?」


白昼夢が、怖い?


……その質問の答えを、ジャックは“知っている”はずだ。


そう。


きっと怖いんだ…怖がってるんだ。


白昼夢が……自分の本能が。


「……僕、は」


でも、それ以上に怖いのは“玲衣さんをまた傷つけてしまうかもしれなかった”ことだ。


僕には……もう彼女を傷つけるだなんて、出来ない。


僕はしゃがみ込んだ。


そして、さっき自分自身に刃を向けた刀を、手に取る。


深呼吸。


……そうだ、僕は。


「僕は、自分の意志で戦いたいって…決めたんだ」


立ち上がった僕は、彼を睨んだ。


「……はぁ」


彼は、一瞬の静寂の後に溜息をつく。


「揺るぎない決意……ですか。

つまらない……不変なんてものは、実につまらない。

ですが、これで分かりました。

貴方は、わたくしの“遊び相手には相応しくない。

……でも、まあいいですよ」


彼が笑う。


_____それは、冷たく鋭利な笑みだった。



「踊らなかった赤い靴は、




跳躍。


彼は一瞬で僕との距離を詰めた。


僕は構えようとするが_______間に合わない。


ナイフの切っ先が、僕の首を捉えた。


「っ……!!」


鮮血が飛び散る。


出血のショックで、視界がぐるりと回った。




『_______傷つけてあげる、君の嫌いなもの全部』




……あぁ、白昼夢本能の声だ。


意識がその手によって、深い闇の中に引き摺り込まれそうになる。


「さぁ、見せてください!!

貴方の_____貴方だけの白昼夢で、わたくしに魅せて下さい!!」


ジャックの高揚した声が、何処か遠く聞こえた。



『_______殺してあげる、君の邪魔な人全部』



白昼夢本能が、僕の首を絞める。


沈んでいく、自分の意識が。


……苦しい。


痛い、辛い、逃げたい。


僕は、今更白昼夢を無意識下でしか使えなかったその意味を悟る。


……普通じゃないんだ、この力は。


普通じゃない力を出せるその分、尋常じゃない負担が体に掛かる。


“自分”がそれで壊れないよう……本能が、僕らが代わりになってくれるんだ。



……そうか、白昼夢は、こんなに辛かったんだね。



全て壊したい。

殺したい。


……それは、僕自身を守るためだったんだね。



『全部全部、僕を傷つけるものは……消えればいいのに』



分かるよ。

だって、その気持ちは、間違いなく僕のものだから。


……でもね。


僕は、僕の首を絞める“本能”の手を掴む。


「君は、それで……いいの?」

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