第39話 彼岸花は未だ枯れず 後編
ジャックが、叫んだ。
俯いた彼の表情を、こちらから伺うことはできなかった。
だけど、数秒前まで自信げに胸に添えられていた手は、今はその襟元を握っている。
「うるさい………うるさいうるさいうるさいっ!」
それは、今までの彼とは明らかに別の反応だった。
「うるさいよ……何も分かってないくせに!
______どんな気持ちで白昼夢を使ってるのかも!
______父さんが死んだ時、どう思ったかも!
全部全部……知らないくせに!
そのくせに……分かったような口を聞くなよ……!」
彼は怒りに任せてナイフを放り投げる。
しかし、それは明後日の方向に飛んで行き、僕に掠ることもなく落ちた。
僕は一つ、静かに深呼吸をする。
_______苦しそうに叫ぶ彼は……感情に任せて想いを吐き出す彼は……確かに、一人の人間だった。
もしかしたら、年齢も僕とそんなに変わらないのかもしれないな……。
そう思えるほど、目の前の彼は“
……僕は何も言わずに突っ立っていることしかできない。
しばらくジャックは肩で息をしていたが、やがて、その口角を上げた。
「……あはは……ははっ………はははは…っ」
それは、あまりにも乾いた笑い声。
彼は、手で自分の前髪をくしゃりと握る。
「ほんっと……情けないですね……。
精神戦は、
彼は何かを呟くと、その顔を上げた。
そこには、自虐すら感じるような嘲笑が浮かんでいた。
「……もう、いいです。
そして、彼はナイフを指に挟んで_______
「っ!」
彼が何をしようとしているか。
それを唐突に悟る。
慌てて駆け出すが、到底間に合わなかった。
彼の指先が、ナイフが掻き切ったのは……彼自身の首筋だった。
薄く刃の当たったそこから、赫い鮮血が飛び散る。
その赫は________彼の双眸も、染め上げた。
「_______さぁ、此処からがお楽しみですよ!」
“
* * *
俺_______仁科凪は、目の前の夢喰いを睨みつける。
……夢喰いの見た目が幼くたって、何百年も生きている…ということは、よくあることだ。
そんなこと、既に重々承知だ。
俺が夢喰い狩りを始めて、5年近く。
幼い夢喰いの命を絶つことへの抵抗は、既に消え去っていた。
______夢術:
風刃を手に、俺は地面を踏み切った。
………俺は慣れてしまったんだ。
この世界の残酷さに。
だけど、風磨は違う。
幼い夢喰いを見た時……ほんの…ほんの刹那だけだが、躊躇した。
理性では、それが怪物だって分かっていても。
憎い相手だって知っていても。
……桜坂風磨は、優しいのだ。
それは、彼が玲衣に救われたから?
それもある……だが。
彼が笑うことを忘れていた、その時から既に……優しかったのだ。
自己犠牲さえ厭わない、ただ妹のことだけを思って戦って……憎い夢喰いにさえ、反射的に憐憫を表して。
でも、その優しさは、彼自身を喰らってしまうから。
_________だから、
俺は夢喰いの間合いに身を投じる。
刃が夢喰いの核に突き刺さるその寸前、目の前が歪んだ。
衝撃波。
俺の体は後方に吹っ飛ぶ。
地平線が遠くなるのが一瞬見えた。
「…っ」
まずい、勢いが止まらない。
刃を地面に突き刺す。
花びらを盛大に撒き散らしながら、俺は静止した。
顔を上げるが_______いない。
既に、そこに夢喰いの姿はない。
その途端、背後に僅かに風が吹いた。
横に転がると、俺が一瞬前までいたであろう場所に、鉄骨が突き刺さる。
その背後には、幼い夢喰い。
いつの間にか、俺は背後を取られていたのだ。
……否、違う。
そうなるように空間を変えたのか。
先程、俺たちが墓地からこの花畑に転送されたことを考えると_____おそらく、この夢喰いの夢術は空間変形系。
俺が受けた爆風は、空間がねじれたことで生まれた衝撃波だったのだろう。
「……なぜ」
夢喰いが言葉を発した。
「なぜ、さからう?」
辿々しい発音に似合わない、堅苦しい喋り方。
可愛らしい外見にそれがあまりにミスマッチで、俺は思わず苦笑した。
「…逆に、お前らに順じよとでも言うのか?」
「ヨザキさまにじゅんじないものは、わるいもの。
わるいものは、ころす。
それいがいかんがえない。
…そう、おそわった」
丸で機械のように、夢喰いが言う。
「ヨザキさまのじゃま。
だから、きえて」
そして、軽々と鉄骨を地面から引き抜いて_____投げた。
「…そうか」
俺は風刃を持っていない方の手を鳴らす。
夢術で生まれた旋風が、鉄骨を巻き込み____そして、落ちた。
「なら、俺はお前を殺すだけだ」
俺は確信して言う。
____
寂しさを考えないように、ヨザキに依存している。
ヨザキのこと以外を考えないでいることで……寂しさを忘れる。
……その永遠を捧げることで、永遠の苦しみを忘れ去ろうとしている。
なら、俺にやれることはただ一つ。
俺の手で、その永遠を断ち切ってやることだ。
_____夢術:
辺りに微かな風を巻き起こす。
……これが、俺の答えだ。
俺から不穏なものを悟ったのか、夢喰いが夢術を使い……その場から掻き消える。
空間操作。
俺は前を見つめたまま、背後に軽く飛び退いた。
その次の瞬間。
ゴオオオオオオオ_______
虚空に夢喰いと共に現れたのは、爆風だった。
その風に巻き込まれ、夢喰いがその場に落ちる。
「なに、が……」
夢喰いの目が、大きく見開かれた。
「……風は、空気の流れ」
俺は今まで何度も繰り返した言葉を呟いた。
そう、流れなんだ。
それは断ち切れない。
……無理に断ち切ろうと空間ごと切れば_______切られた空気が合わさって、爆風となる。
夢喰いが空間を断ち切るそのたびに、風は牙を剥いて夢喰いに襲い掛かる。
……そういう仕組みだ。
「残念だったな、俺が相手で」
俺は風刃を構える。
夢喰いは、俺の動きを察知すると、パッと姿を消した。
俺の目の前の空間が歪み、そこに夢喰いが現れる。
当然、夢喰いには強力な風が吹き付けて、ダメージが与えられる。
しかし、ふらつきながらも夢喰いは俺に向かって鉄パイプを突き出してきた。
右手の刀でそれを宥め、左手を振りかぶる。
夢喰いはパイプを押し込んだ反動を使って後ろに下がる。
俺は振りかぶったまま跳躍した。
周りに巻き起こす、風。
「来世こそは…」
俺は夢喰いに笑顔を見せた。
永遠を孤独に捧げること。
それはあまりに寂しかっただろう。
悲しかっただろう。
だから……今度は。
今度こそは。
「…幸せになれよ」
俺は夢喰いの核を砕いた。
第四十話に続く。
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