第39話 彼岸花は未だ枯れず 前編
第39話
僕…桜坂風磨は、彼の様子を木の影から覗き見ていた。
墓前に膝をつき、手を合わせる彼の姿は、まるで戦っている時とは別人のように穏やかだ。
静かにその死を悼んでいるようにしか思えない。
_______ここは、集合墓地の真ん中。
ジャックの父親が眠っているという墓のある墓地だ。
「……ふぅ」
僕は木の幹に寄りかかるように座る。
……当然だが、僕は墓地の真ん中で戦うような真似はしたくない。
墓地から出てきた彼を捕らえる……そんな作戦だ。
幸い、ジャックは木の影に隠れた僕の姿に気がついていないみたいだ。
……だが。
墓地の間で歩みを進める影が、もう一つ。
僕はその人物の正体を悟り、その場にひっくり返りそうになった。
普段着である仄青いシャツを纏う彼は__________
「な、凪さん…!?」
僕は小声で叫ぶ。
なんでここに!?
……というか、僕一人で行くって言ったはずなのだが。
しかも、凪さんは隊服を着ていない。
彼は迷いの無い足取りで、墓跡の隙間を歩いていく。
その足が止まったのは、正にジャックの目の前だった。
「……今日が、命日なのか?」
静かなその問いかけに、緩々とジャックが顔を上げる。
その目が凪さんを捉え_________彼は首を傾げた。
「どなた…です、か…?」
それはあの朗々とした戦闘を見せた彼とは思えないほどあどけない動きで……そして、あまりに自然な動き。
どうやら、彼には凪さんが僕らの仲間であることを分かっていないようだった。
「……っ、凪さん!」
……もう、耐えきれなかった。
気がついた時には、僕は二人の前に飛び出していた。
ジャックの目が僕を捉える。
一瞬、その顔に戸惑いが浮かんだ。
だが、次の瞬間に彼はおもむろに腰を上げる。
「おやおや……見廻隊の方でしたか」
その顔から、既にあどけない笑みは消え去っていた。
……唇の端を引いた、作られたような笑み。
そして、彼は言った。
「本日は、
「……お前がその気なのなら、な」
凪さんが、少し眉を顰めて言う。
僕はそんな二人の間に割って入った。
「凪さん…!
僕はただ、“決着”をつけにきただけなんですよ!?」
…そう、僕はただ…ただ、ジャックと話をつけるために来たのに。
だが、凪さんは緩くかぶりを振った。
「…風磨、それじゃあ駄目だ。
お前じゃ、優しすぎる」
「そういう問題じゃ……!」
「_____ふふっ、仲間割れですかねぇ」
ジャックが、よく通る声で言う。
その襟元から、2本のナイフが取り出された。
「お楽しみが、此処では如何なものでしょう。
……えぇ、大丈夫ですよ。ステージは、こちらでご用意しておりますので」
そして、彼はそれを空中に投ずる。
僕は反射的に刀を出現させ…それを構えた。
……だが。
「_______さあ、開幕です!」
宙高く舞ったナイフが、何かの合図のように交差する。
「風磨っ!」
凪さんが僕の腕を掴んだのと、地面が崩れ落ちるのが同時だった。
「な………っ!?」
身体が宙に投げ出される。
……そうか、ジャック一人で出てきたわけじゃなかったのか!
視界が回る。
その一瞬のうちに、あたりの景色は様変わりしていた。
目の前を埋め尽くすような、白い花々。
天高い青空。
僕は、凪さんに腕を引っ張られるようにして、どうにかその花畑の間に降り立った。
______ああ、ここ…知ってる。
夢の中で玲衣さんに似た少女と出逢った_____あの、ノースポールの花畑だ。
少し離れたところに降り立ったジャックが、僕らの向こう側に声をかける。
「……おやおや、素敵なステージですねぇ」
「うん」
声の主は、幼い夢喰いだった。
黒いローブを不安げに握る___________見た目的に10歳くらいの少年。
その様子に一瞬たじろいだ僕を見て、凪さんが夢喰いの方に駆けていく。
「…風磨、お前はジャックをやれ」
「は、はい!」
僕は彼の指示通り、ジャックの方に駆け出して________
目の前が、揺らいだ。
「……え?」
気がつくと、僕は宙に浮いていた。
否、地面の位置が下に落ちたのだ。
遥か下に、ジャックの姿が見える。
僕は、体勢を崩さないように刀を握り、彼の元に飛び降りた。
そして、刀を振り下ろす。
彼は背後に飛び退くと、空気に溶け込むようにその姿を消した。
僕は着地の勢いを利用してもう一度地面を踏み切る。
_______そこに、いる。
ジャックの気配が、鮮明に感じ取れた。
見えない。
だけど、分かる。
僕はその本能に従うように刀を回した。
彼はナイフを指に挟んで、それを刀にぶつける。
カァァァァン________
それは、高い音を立てて刀を弾いた。
一瞬宙を舞った刀を再び握り直して、僕は振りかぶる。
腰を低くして、そのままジャックに突っ込んだ。
彼はナイフをいくつも投げる。
不規則な軌道を描くそれの間を縫い、僕は強く踏み切った。
跳躍。
空中で刀を横回転させる。
彼はあたかも重力なんてないかのように軽く跳び上がった。
白い花びらが、舞い上がって……そして落ちる。
「……全く、懲りないんですね」
彼は宙返りしながら、その姿を現す。
「何故貴方がたは、
それは、破滅を意味するのですよ」
軽々と地に足をつけた彼は、手袋をつけた片手で口元にあてて嘲笑う。
「_______だって、そうでしょう?
貴方が
何故、ヨザキ様の傘下に入らないのですか?」
彼の言葉が、心の隙間を縫って突き刺さる。
……たしかに、彼の言う通りかもしれない。
白昼夢を満足に使いこなせない僕に、自在に白昼夢を操る彼には勝てるわけがあるのか?
ましてや、ヨザキに勝てるわけがあるのか?
……本当の最適解は、救済の暁に屈すること。
全く、その通りだ。
……だけど。
「僕は……僕は、命を弄んで生きることなんて…正しいとは思えないから」
ヨザキの傘下に入ること。
それはすなわち夢喰いとして永遠の時を生きることだ。
ジャックは、喉を鳴らすように笑った。
「夢喰いが命を弄ぶだなんて、とんでもない。
それに、夢喰いに殺された人間達も、その血となって肉となって……永遠になれるじゃないですか。
……それの、何が悪いというのですか?」
「それは」
僕は刀を薙ぐ。
「それは_______
ジャック……君の言葉なの?」
ほんの刹那______その一瞬だけだった。
だけど、確かにその瞬間、彼の顔から笑みが消えた。
だが、すぐに彼はまた元の笑顔をその顔に浮かべる。
「……可笑しなことを仰いますねぇ?
当然、これは
当たり前じゃないですか」
……動揺。
彼のナイフの軌道が、僅かにぶれていた。
僕はそれを刀で弾く。
「……新聞で、君のお父さんのことを知った。
だから、今の僕には_______君の言葉が本心だって思えない」
「あぁ…その事……ご存じ、なのですね。
________でも」
彼は手を仰々しく胸に充てる。
「その事と、
だって、過去ですからね」
その笑顔は一切合切を振り切ったように見えた________だから。
「……それも、嘘だね?」
僕はハッタリをかます。
だが、そんな見えすいたハッタリでも、彼の肩を震わせるくらいには十分だった。
僕は、そのまま続ける。
「自分の心に、嘘ついて……辛いって感じたのも、見ないふりしてるん_______」
「……っるさい…!」
僕の言葉を遮るように。
耳を塞ぐように。
唐突に叫んだのは、彼の方だった。
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