第38話 決意の詩を 後編

その名を呟いたのは、シオンだった。


忌々しいものを見るような目で、彼はその写真を睨んだ。


凪さんが、その目を見上げるように言う。


「名前を聞いた時、聞き覚えがあってな……少し調べて来たんだ。

なかなか有名なマジシャンだったらしい。

彼の父親は元々有名だったが、それすら超えうる天才少年_____っていう謳い文句だ。

少なくとも、そう世間に言わしめるほどの実力はあったらしい。

だが、記事の通りに5年前に失踪している」


彼は喋りながら、他の新聞もめくっていく。


“全国公演”

“天才を超える天才”

“末恐ろしい子供”


そこには賞賛と尊敬と____底のない才能への畏怖が躍っていた。


「彼の父親の自殺_________新聞ではそう書かれているが、本当のところはどうだか分からない。

どこまでが真実なんだろうな。

“ジャック”は本当にこの少年なのか、なぜ失踪したのか……確証のあることなんて、ほぼないに等しい」


今日の凪さんは、やけに真剣だった。

……いや、いつもから真面目すぎるほど真面目なんだけど。


彼の目が、伏せられる。

吐き出すように、つぶやく。


「……それに、何故父親が死んだのを目にしてなお________」


________ 夢喰い人殺しの味方になれるんだ。


それは小さな呟きだった。


……なるほど。


僕は彼が真剣な理由を悟る。


凪さんが始めに喪ったのは、両親だった。


父親に影響を受けて夢喰いに興味を持ち……そして、父親が死んだ今でも、同じ民俗学者としての道を歩んでいる。


彼にとっての“父親の死”は、ずっとずっと身近で深刻な問題なんだ。


だが、彼はすぐに顔を上げた。


「……まあ、とはいえ情報も少ない。

確証はないと言っても、ある程度の信頼性は持てる情報だ。

この朝刊の発行は、5年前の明後日。

その前日に父親の自殺があったとみられるから_______命日は、明日だ。

ジャックが本当にこの子供だというなら、明日、必ず彼は動く」


「根拠はなんなんですか」


優希が、机に掌を置いた。

それは置いたと言うより、むしろ机に叩きつけたとでも言える動きだった。


「……自分の親が嫌いだって事も、無いことはありません。

ある意味で彼が“捨てられた”のなら、なおさらじゃないですか」


彼の表情は、見えない。


だが、その声には押し殺した怒りがこもっていることだけは分かった。


「俺…分かるんですよね、親に“愛してもらえなかった”気持ち。

もう親のことなんて忘れたい、断ち切ってしまいたいんだって……思っちゃうことは、いけないことなんですか」


優希が、彼自身のことを話すのは珍しいことだった。


…だけど、それは軽々しく触れてはいけないような…そんな、気がする。


彼らしくない、純粋に止められない怒りがその言葉には込められていた。


「……ユーキ?」


シオンが、キョトンとして彼の名を呼んだ。


「っ……」


優希が弾かれるように顔を上げる。


ワンテンポ遅れて、彼ははにかむように笑った。


「悪りぃ、なんか自分語りしちまったな…。

すみません、凪さん。気にしないでください」


その恥ずかしそうな笑みは、どこか自分のことを話したことを後悔しているようにも見えた。


だが、凪さんは冷静に答える。


「……あるぞ、根拠なら」


すっと、その目が優希を見つめた。


「ジャックは、“奇術師マジシャン”を名乗っている。

確かに“透明になること”も“相手の心を読むこと”もマジシャンに近いものはある。

…だが、彼の本業は戦闘だ。マジシャンでは無い。

それでもなお“奇術師マジシャン”と名乗るのは、父親と同じ_________マジシャンであろうとしてるからじゃないか?」


「……そう、ですね」


優希が、目を伏せるように笑う。

何かを諦めるように。


……分かり合えないことを、悟ったように。


「まぁまぁ」


シオンが優希の肩に背後から両手を置く。


「とにかく、ぼくらも動けばいいんすよね」


「…そうだ」


凪さんが静かにうなずいた。


「なら____」


僕はそっと深呼吸する。


「……行きます、僕が一人で」


彼と______ジャックと戦うことで、ちゃんと僕の中でカタをつけなきゃ行けないから。


僕の言葉に、凪さんが目を丸くする。


「分かってるのか?

風磨、相手はお前より手慣れた白昼夢遣いだぞ」


「…分かってます、無茶だってこと。

だけど、僕は戦わなきゃいけないんです」


僕はもう一度言うと、玲衣さんを振り返り見た。


「大丈夫ですよ、玲衣さん。

ちゃんと、約束は守ります」


えっ、と玲衣さんが声を上げた。


罰が悪そうに目を伏せてから、僕に言う。


「こ、この間のはもう気にしないでください…!

私が…自分勝手なことを、言っちゃっただけなので…」


「自分勝手だったのは僕の方ですよ。

……それに、玲衣さんに言われて考えたんです」


絶対に、玲衣さんを傷つけるようなことはもうしない。

…絶対に、だ。


これは、誰の問題でも無い……僕自身の問題だ。


僕は宣言した。


「僕は、自分の力だけで戦いたいって思ったんです。

僕だけで_______僕だけの力で」


僕自身白昼夢に、打ち勝つ為に。



* * *



翌日、朝。


冷たい墓石が少年の前にあった。


命のかけらもない、無機質な……死んだ証が。


彼は、切りっぱなしの花をその前に置いた。


安っぽいその花を、まるで割れ物のように大切に、そっと置く。


自分の気持ちを閉じ込めるように、彼は瞳を閉じる。


しゃがんだ彼は、服の裾が地面についているのにも気づかない。


暫く彼は手を合わせていたが、やがてその唇を開いた。


「……おやすみ、父さん」


それは、かつて才能を期待された天才少年としてじゃない。

夜を駆けずり回る、血に溺れたマジシャンとしてじゃない。


……ただ、一人の少年としての言葉だった。


「貴方は、ボクを_______愛してくれたんですか?」




39話に続く。

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