第36話 また、予てしまった 後編

病院裏を抜け、山道に分入る。


山道、といっても竹々の間に隙間ができていて、まるで道のようになっていた。


「…そういえば、バイトの時、詩はどんな感じなんですか?

実は詩がバイトしてるの、見たことなくて」


「ちょっとお兄ちゃん!

変なこと訊かないでよ…」


それ、三者面談ばりに恥ずかしいじゃない!


慌てた私に、シオンくんが優しい視線を向けた。


「先輩はとっても頼りになるっすよ。

ぼくが注文取るの間違えそうになったら教えてくれるし、お客様へのサービスも的確にできるし____」


「シオンくん……恥ずかしいから…止めて……」


私は自分の手で顔を覆う。


「え?

事実を言ってるだけっすよ。

本当に北条先輩は頼りになるっすから」


ゆっくりと歩いていくうちに、段々と竹の密度が上がっていく。

…少しずつ、暗くなっていく。


「…そういえば……この辺りは昔から有名な竹林だったらしいな」


仁科さんがぽつり、と呟く。


すかさず、お兄ちゃんがその言葉を拾った。


「そうなんですか?

仁科さん、物知りなんですね」


まさか反応が来るだなんて思っていなかったのだろう。


仁科さんが肩を震わせて、答える。


「え、あ…そ、そう、か…?」


……褒められ慣れてないのだろうか。


だが、まんざらでもなかったのか、彼は話を続ける。


「……遥か昔、とある武家の嫡男がここで自殺を______」


____ドサッ


その時、背後から音がした。


振り返ると、シオンくんが地面に膝をついていた。


その目は見開かれ、虚空を見つめている。

_____その焦点が、合っていない。


そして、シオンくんの左手に浮かぶ______“予”の字。


「シオン、大丈夫か!?」


いち早くその体を起こしたのは仁科さんだった。


「……敵…襲、です」


シオンくんの低い呟き。


彼はゆっくりとその顔を上げる。


「…シオン、くん…?」


彼は何を言ってるんだ?

敵襲、だって?


私は辺りを見渡す。

少なくとも、あたりに人影はない。


「敵襲」だなんて、ありそうにないのに…。


だが、仁科さんは眉を顰めた。


「……たのか?」


シオンくんが立ち上がりながら、頷いた。


「数は30と少しくらいです。

……すみません、突然予えただけので、細かいことは___」


「十分だ」


彼の顔色が悪いことに気づいたのだろう。


仁科さんが彼の言葉を遮った。


そして、仁科さんは振り向く。


「…詩、晶さんを連れて早く逃げろ。

シオンは二人の護衛。

俺は片付けてから行く」


「えっと……仁科さん、シオンくんも…何言ってるんですか……?」


私は目を瞬いた。

…話についていけない。


「あぁ、言ってなかったっすか。

僕の夢術は、“みる”_____未来予知ってところっす」


シオンくんがそう言った時だった。



______ガサガサガサガサッ



辺りの竹が一斉に音を立てる。


竹の向こうには、いつか私を襲ってきたのと同じ黒いローブが。


「____もう来たか。

……詩、これを持っていけ」


仁科さんが私に何かを投げた。


反射的にそれを受け取って______口を開けた。


「け…拳銃!?」


「エアガンだ。BB弾も入ってる。

それ自体に威力はほぼない、が______、大丈夫だ」


私がその言葉の意味を理解する前に、シオンくんが私の腕を掴む。


彼は、その場に落ちていた細い竹を掴んでいた。


「こんなもんでもないよりかはマシっすからね……さ、先輩、晶さん、行くっすよ」


その声に反応するように、黒いローブが飛び出してくる。


_____夢術:かぜ


「早く行けっ」


仁科さんの声を背中に聞きながら、私たちは駆け出した。




* * *




「はぁ……はぁ…っ」


「大丈夫っすか、晶さん。

おぶるっすよ?」


ぼく______シオンは振り返って言った。


だが、彼は微笑む。


「へ、平気です」


「……なら良かったっす」


大丈夫、病院まではあと少しだ。


そこまで行けば、安全だろう。


_______にしても。


“ここで自殺を_____”


そんな言葉で夢術のたがが外れるだなんて、思わなかった。


今まで“死ぬ”とかそんな言葉を聞いたくらいじゃ、夢術の暴走なんて起こらなかったのに_____


ぼくは、無意識の内に唇を噛んでいた。


……大丈夫。


大丈夫なはずだ。


だって、もうすぐで病院に着くんだ。

そうしたら______


「…っ!」


______目の前に飛んできた手裏剣。


左手の竹の棒でそれを弾き飛ばす。


「……ははっ、追いつかれちゃったすね」


辺りに数体の夢喰いがいる_____否、十は超えていた。


詩ちゃんが目を見開く。


「ど……どうしよう……」


……ぼくも、彼女と同じ気持ちだった。


晶くんは病人、詩ちゃんは夢術者とはいえ戦闘慣れしていない。


つまり、頼れるのは己のみなのだ。


二人を守りきりながらこの数を捌き切るには、どうしても予知が必要だった。


……そう、予知が。


「……」


脳裏に、予知の赫い色が広がる。


……怖い。


自分の死のあの予知が、怖い。


またあの赫色を予知で見るのが、怖い。


それに________


“それ、なら……誰かを守る必要なんて、ないのか…?”


ぼく自身の言葉が、脳裏を掠める。


_______今こうやって誰かを守るのも、傷だらけになって戦うのも________全部無駄なんじゃないか?


粘っこい唾を、喉に流し込む。


……でも。


でも、それが……今先輩達を見捨てることが、ぼくに出来るのか?


「…そんなこと、出来っこない」


見捨てるだなんて、戦うよりも難しい。


それに……予知通りにぼくが死ぬとすれば、逆に、今ここでは死なないことでもある。


「大丈夫っすよ」


ぼくは言った。


「大丈夫、絶対に」


半分は二人に、もう半分は自分自身に_______


「ぼくがいるからには、全員守りきってみせるっすから!」




夢術:みる________



37話に続く。

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