第36話 また、予てしまった 前編

第36話  



「……まだ、なんですか」


私_____北条詩は、仁科さんを睨んだ。


しかし、彼の眼は鋭く私を見つめ返す。


「駄目だ」


彼ははっきりと言った。


だが、私も退かない。


「もういいでしょう?

十分やったじゃないですか」


「……これはお前の為だ、分かってるのか」


「分かってますよ、それくらい。

だけど_______」


私はため息をついた。


「____もう、お兄ちゃんのとこにお見舞いに行ってもいいじゃないですか!?」


…私は今、身の安全を確保するために「桜庭見廻隊」なる夢喰い狩り達に匿ってもらっている。


私の「変な力」も理解してもらえるし、衣食住付き冷暖房完備。


だが、半分軟禁状態なのだ。

ここ数日、一歩も外に出ていない。


もちろん、それが私の身の安全を守るために必要なことだって、分かってる。


分かってるけど、お見舞いくらい行かせてくれ…っ!


「______まあまあ、落ち着くっすよぉ」


ふーっ、と威嚇した私の頭に、手が置かれる。


振り返ると、シオンくんがニヤニヤしていた。


「先輩、イライラしてても、何も始まらないっすよ?」


「そういうシオンくんが子供扱いしてくるのが、一番イライラするんだけど」


私はその手をどかしながらため息をついた。


……私が年下だって分かってからこうだ。


頭ぽんぽんしたり撫でたり、宥めるようなこと言ったり。


それはまだ兎も角、背後から突然現れるのだけはやめてほしい。

_______ドキドキする、色んな意味で。


「子供扱いじゃなくて、年相応の扱いだって言ってほしいっすよぉ」


だが、当の彼は悪びれもせずにケラケラと笑っている。


そんな私たちのやりとりを見ていた仁科さんが、ポツリと言った。


「……詩の、お兄さんを想う気持ちは分からなくもない。

だが、分かってるだろう?

一人で行くには危なすぎるんだ、今の状況は」


「だけどお兄ちゃん、知り合い少ないし、寂しがってるかもしれなくて____」


昔から、そこまで友人がいなかった。


_____特に、楓くん_____丹生楓にふ かえでが死んでからはそうだ。


「_____たったひとりのお兄ちゃん、だから」


こんな不出来な私でも大切にしてくれた、お兄ちゃんだから。


「……そうか」


仁科さんが低く言った。


「俺がついて行けば問題ないだろう。

大丈夫だ。護衛の仕事は、傭兵で慣れてるからな」


「…!」


彼が、口元を緩ませた。


笑顔というにはあまりに堅いけれど、その優しさを伝えるには十分だった。


「あ…ありがとうございま______」


「いやちょぉっと待ったぁぁ!」


大声で私を遮ったのは、他でもないシオンくんだった。


「…シオン、何かいけないことでもあるのか」


眉根を寄せる仁科さんに、彼は慌てて言う。


「考えてみてくださいっすよ!

成人男性が年頃の女の子を連れてる図を!

隊長、ロリコンだと思われたらどーするんすか!?」


……何言ってるんだ、この人。


私は呆れ返った。


「シオンくん、私は14だよ?

流石にそんなことありえないですよね、仁科さ_____」


振り返ると、あからさまに仁科さんが青ざめていた。


「駄目だ……それは…」


……いや真に受けてる!?


私は彼に指を突き立てた。


「私は!ロリじゃないです!

14歳ですから!

そもそも私と仁科さん、たかが6歳差じゃないですか!?」


誰か_____誰かこの人達に突っ込んでくれ!


私は心の中で叫んだ。



* * *



「____くちゅんっ」


「あれ、優希さん…くしゃみ可愛いですね」


「……今そこじゃないでしょ、玲衣さん」


俺______優希は鼻をすすって突っ込んだ。


突然のくしゃみ。

唐突すぎて、思わず素が出てしまった。


「…風邪ではねぇと思うんだけどなぁ」


ぼやいた俺を、玲衣さんが覗き込む。


「どこかで噂でもしてるんじゃないですか?

例えば_____」


彼女がクスリ、と笑った。


「_____突っ込み人員はいないのか、とか」



* * *




「……んで、こうなるんですか…」


私の背後には、シオンくんと仁科さんが二人していている。


________無自覚威圧感、半端ないんですが。


「しょうがないじゃないっすかぁ」


シオンくんが口を尖らせて言う。


「ぼくだけじゃ警備不安だし、仁科さんだけじゃ通報されるし」


「なんで通報される前提で事が進んでるんですか」


流れそうになったボケ要素を拾って、突っ込んでおく。


しかし、反論したのは仁科さんの方だった。


「…避けれるリスクは、避けておくべきだろう。当然の決断だ」


_____ということを、ドヤ顔で言っている。


「分かってます?

リスクってロリコン呼ばわりの話ですからね、私ロリじゃないし」


「ほらほらぁ、先輩。

病院ではお静かにっすよ」


「それ私のセリフ」


桜庭見廻隊は深刻なツッコミ不足なのか。


とやかく言いながら、私たちはお兄ちゃんの病室に入った。


お兄ちゃんが、俯いた顔をパッと上げる。


「詩、無事だったんだね!

よかった、怪我は__________って、あれ?

…どちら様、ですか?」


彼の目が、明らかに私の背後の二人に向いている。


……そりゃ、そんな反応になるだろう。

知らない男性二人がついてきたのだ。


私は説明しようと、口を開きかけた。


「あのね____」


「先輩にお世話になってます。

ぼくはシオンアルストロメリアっす」


だが、先に言ったのはシオンくんだった。


彼は笑顔で続ける。


「ぼく達は先輩_____詩さんの身の安全を確保させてもらっているんすよ。

大丈夫っす、風磨とユーキの仲間っすから。

…不安だったら、風磨に訊いてもらって構いませんから」


「そう…なんですね」


お兄ちゃんが、そっと頬を綻ばせる。


…すごい。

私は率直にそう思った。


話下手の仁科さんよりも、接客に慣れているシオンくんの方が話が通りやすい_____そう彼は考えたのだろう。


信頼を得るために、風磨さんに確認する方法も伝えて。


……そのために______お兄ちゃんからの信頼を得るために、彼はついて来ることを提案したのだ。


お兄ちゃんは、ベッドに腰掛けて……頭を下げた。


「…皆さん、本当にありがとうございます。

詩を____妹を、守ってくれて…。

詩がこんなに元気な姿、久しぶりに見れました」


「ちょ…っ、お、お兄ちゃん、恥ずかしいから…!」


私は慌てて止めに入る。


しかし、その必要はなかった。


「いえ、詩さんには普段からバイトでお世話になってるっすし。

……あ、ぼく実は詩さんのバイトの後輩なんすよ。

いつも詩さんに助けられてるし、これくらいどうってことないっす。

…だから、大丈夫です。顔を上げてください」


シオンくんがいち早くお兄ちゃんの側に寄って、笑いかける。


「あ……」


お兄ちゃんが顔を上げて、それから笑った。


「……な、なら…良かったら散歩でも、しませんか?

綺麗な竹林があるんです」


「お兄ちゃん、あんまり動かないようにお医者さんから言われてるでしょ」


「大丈夫だよ、そんなに遠くないし。

それにね、少し病状良くなってきたんだって、お医者さんが言ってた」


彼は記憶喪失になって以降、ずっと脳波が安定していない。


そのせいで、入院したきりなのだ。


激しい運動でもすれば、脳波が乱れて失神してしまう。


「……そういえば、シオンは植物に詳しかったよな」


やっと話題を見つけた仁科さんが、ほっとした表情で言う。


「そうなんですか!?

良かったぁ、この間見つけた花の名前、調べ方が分からなかったんです。

……お聞きしても良いですか?」


お兄ちゃんのキラキラした目が、シオンくんに向けられた。


「いいっすよ、もちろん。

…まあ、ぼくも分からないかもしれないっすけど……とりあえず、見てみるっす」


彼もまんざらでもなさそうだった。


……お兄ちゃんが風磨さん以外とこんなに話したのは、久しぶりだろう。


彼の元気な様子に、少しだけ“生きててよかった”と思えた。

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