第35話 夜は短し、演じよ少女 後編


「それで…何があったんですか?」


ちゃっかりイチゴパフェを頼んだ彼女に、問う。


泣きじゃくっていたので心配していたけど、割と元気そうでよかった。


私の問いに、彼女のスプーンが止まる。


そして、恥ずかしそうに手を擦り合わせて俯いた。


「あの……」


そう話を切り出した彼女の表情の深刻さに、どきりとする。


……玲衣さんがこんなに深刻な顔をしたことが、今までにあっただろうか。


思わず彼女の言葉を身構えた_____が。


「_____風磨くん、に…ひ、酷いこと言っちゃって…」


「……え?」


私は思わずのけぞった。


……そんなこと?


彼女は、そんな私の反応に頬を膨らませる。


「今、そんなことか…とか思いました?」


「おおおお思ってないですよ」


私は思わず目を宙に漂わせた。


まずい、思いっきり顔に出てたか。


しかし、彼女はクスリと笑った。


「優希さん、夢術使ってない時は意外と顔に出やすいんですよ。

…それに、いいんです。

私だってしょうがない事だってわかってますし……でも……」


彼女の鼻がすん、と鳴る。

…それだけ、喧嘩を引きずってるのだろう。


「何が原因なんですか?

……理由によっては、私から風磨に話つけますけど」


「あ…え、えっと…。

昨晩、見廻中に“救済の暁”に襲われたんです。

それで、風磨くんが“白昼夢”を使っちゃったんです」


彼女の話に、首をかしげる。


“白昼夢”という力を、風磨は「第二の大災害」の時でしか使えてなかったはずだ。

もう一度それを使えたのなら、“白昼夢”が本物であったという確証になる。


「そ、それはいい事なのでは…?」


喧嘩の原因どころか、むしろ良いことのはずなのに。


しかし、彼女はうつむいた。


「…そこまでは、良かったんです。

だけど、風磨くんが白昼夢を使ってる時に……どんどん、彼自身じゃなくなっていく感じがしたんです。

何もかもを_______自分自身も呪って壊すような、そんなふうになっていくのを目の当たりにして…私が怒っちゃったんです」


「怒った………」


温厚な彼女を怒らせるだなんて、相当なのだろう。


「それで、へ、変なことを口走っちゃって」


彼女が突然モジモジし出した。


「……まさか、玲衣さん_____」


その流れで告白とかしてないだろうな。


……玲衣さんが風磨に恋愛感情に近いものを持っているのは、明白な事実だった。

気づいてないのは、風磨と____あとは鈍感な凪さんくらいか。


しかも、玲衣さんは恋愛に疎い上に攻めた発言をしたりする。


怒ったついでにリミッターが外れて告白……うん、玲衣さんならやりかねない。


私の疑いの目に、彼女は頭の先まで赤くなった。


「こっ!?

そ、そそそそんな破廉恥なことしませんよ!」


「破廉恥じゃないでしょ、告白は」


君はどこのお嬢様なのか、と突っ込みたいのを抑えるので精一杯だった。


「とにかく、いくら私だってそんな攻めたことしませんから!

………で、でも……」


彼女のモジモジが再開する。


……じゃあ何を言ったっていうんだろう。

もしかして、すごくイタいことを________?


おもむろに、彼女が恥ずかしそうに口を開いた。


「そ……その……。

……わ、私の前から…いなくならないで…って…」


「……なるほど……っ」


イタすぎるな、それは……


私は思わず手で頭を抱えた。


「逆に、なぜそこまで言っておいて、告白できないんですか、玲衣さん……」


はぁぁあ、とため息が漏れ出る。


彼女は椅子から立ち上がった。

ガタン、と椅子が動く。


「む…無理ですって、告白は…!」


突然の叫び声に、周囲からの白い目。


その視線に、彼女はすごすごと座り直した。


「それに____」


俯き加減で、玲衣さんが言う。


「_____それに、分かってるんです。

あの時、風磨くんは無意識下だった。風磨くんに、あの状況をどうにかすることなんてできなかった。

それは、分かってるんです。

……だけど、風磨くんがボロボロになっていくのを見たら、なんだか耐えきれなくなって…」


彼女は自らの両手を握り合わせた。


「だめ、ですよね。

優希さんを元気づけたくてのに、結局私の方が元気づけられちゃいました」


「……え?」


私は目を瞬いた。


あそこで彼女がいたのは偶然じゃなかったのか?


「______教えてほしいんです、本当のことを」


彼女の声が……その言葉が、やけに遠くに聞こえた。


、本当は_____優希さんは、何があったんですか?」


「……っ」


目の前が、真っ黒に染まる。


「なんでも、ないですよ。

報告した通り、私は救済の暁に襲われて、戦った。

それだけです」


それでも、そんなことを口にしたのは、何故だろう。


……きっと、認めたくなかったのかもしれない。


撫子はもう死んだって、私の目の前で死んだって分かってるのに。

だけど、まだ本当は生きていて_______そんな、幻想を夢見たかったのかもしれない。


「……そうなんですか」


玲衣さんが、すっと目を伏せる。


……ごまかせたかな、ちゃんと。


作り笑いを貼り付けて、取り繕って。

そうして、誰かの手を煩わせることを避けて。


それが、竹花心呂の正しい在り方だった。


______そのはずだった、のに。


ポタポタ、と机に丸く水が落ちる。


「_______それだけ、だったらどれだけ良かったか……」


私の言葉に、彼女が優しく笑った。


「……よく、一人で耐えてましたね。

もう大丈夫ですよ、優希さん」


私は、泣いていた。


笑いながら、目から自然に涙が溢れ続けていた。


苦しかった。

寂しかった。

どうしようもない罪悪感で喉を締め付けられていた。


______もう、私は竹花心呂でいられるほど強くはなくなっていたんだ。


「_____助けて、ください______もう耐えれないんです……」


彼女の手が、私の頬を撫でる。


ただ泣きじゃくる私に何も問わず、彼女は私のそばにいてくれた。





「……すみません、すごく恥ずかしいことしちゃって」


私はため息と共に玲衣さんに謝る。


_____二人して号泣した結果、カフェの店員さんに滅茶苦茶心配されたのだ。

流石に居た堪れなくなって、逃げるようにカフェから出てきたのが今さっきである。


「……いえ、私も泣きまくりましたから…」


彼女もそういいながら、ため息をつく。


…恥ずかしかった。


人前であんなに感情をあらわにすることだなんて、今まで私にはなかったから。


ましてや、大泣きするだなんて。


「……ねえ、優希さん」


「…ん?」


玲衣さんが、少し恥ずかしそうに笑う。


「私、頑張って風磨くんと仲直りしてみます_____というか、私が謝るだけなんですけど」


それは静かな、決意だった。


「………それが良いですよ」


だったら、私も決意しなきゃな。


私は息を吸った。


「…私も、気持ちの整理がついたら“第二の大災害”のこと、玲衣さんにお話しします。

それに、みんなにも“竹花心呂”のことも_____いつか、は話さなきゃいけないですから」


その“いつか”がもう近いってことは、分かっていた。


だけど、それまでは。


私は少し彼女から離れた。


_____大丈夫、私たちを見てる人はいない。


「玲衣さん、私は______」


私は自分の髪飾りのリボンに手をかけた。


______夢術:えんじる


「_____は、玲衣さんと友達になれて本当によかった!」


俺は、夢術者で本当によかった。

桜庭見廻隊に入れて_____みんなと会えて、よかった。


玲衣さんの唖然とした表情が、笑顔に変わる。


「____私も、優希さんと友達になれて本当によかったです!」




36話に続く。

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