第34話 いなくならないで 後編

風磨くんは第二の大災害の時と同じく、白昼夢に陥ってるのだ。


…そう、分かった。


ジャックが振り向き、笑みをその顔に湛えた。


「_____やっとお出ましですね、白昼夢“桜”さん」


そして、彼はナイフをさらに取り出す。


「ここからが本番ですね」


彼はナイフを何本も放った。

その両手に収まっていたのかと疑うほどの、本数を。


風磨くんは無言のまま屋根を蹴り、高く跳び上がる。


彼の刀から、薄いピンクの花びらがひらりと舞い落ちた。


その花びらがナイフに触れた途端、小さく火花を上げる。

ナイフは次々と屋根に落ちていった。


風磨くんの刀は、少年を_______その息の根を狙って振り下ろされた。


少年は、軽く背後に飛び退く……が。


「_____百花桜蘭ひゃっかおうらん


風磨くんが静かにつぶやく声が、低く響く。


刀を構えるや否や、彼は俊敏に突きを放った。

幾度も幾度も。


ジャックもナイフで対抗するが、その速度は風磨くんには及ばなかった。


幾つもの小さな赫い華が咲いては散る。


それは少年の身体から咲いた血だった。


「…はぁ……っ、流石はヨザキ様のお認めになる人ですね…。

退屈させてくれませんねぇ…!」


彼は目を見開いて、笑う。


全身傷だらけになりながら、それでも大層楽しそうに、笑う。


「ですが、まだまだお楽しみは終わりませんよ?」


風磨くんは、そんな少年のことを睨んだ。


押しているとはいえ、既に彼もかなりの深手を負っている。

首の傷も埋まっておらず、全身ボロボロだった。


耐えきれず、私は彼の腕を掴む。


「風磨くん…もう…もう、やめて下さい…!

これ以上無理したら、死んじゃいます…!」


彼が、こちらを振り向いた。


その双眸の赫は……限りなく、冷たい。


殺気と残酷さに満ちた視線に、背筋がゾッとした。


……だけど。


私は弓を握りしめた。


怖い、すごく怖い。


だけど…!


彼は私の手を振り払って少年に対峙する。


だけど、私以外に誰が止められるというのだ。


私は、彼に叫ぶ。


「…それでもこれ以上戦うというなら……私は命を懸けても止めますよ…!」


矢をつがえて、二人の間に割って入る。


……本当は、訓練した結果をこんな形で見せたいのではなかった。

風磨くんに……矢だなんて向けたくなかった。


二人とも呆気に取られたようだったが、先に動いたのはジャックの方だ。


彼がフッと笑う。


「…この動きは、流石に予想外でした。

ここまで言われては仕方がない」


そして、帽子の鍔を引き下げる。

軽く屋根を蹴り、彼は宙に舞った。


「またの機会にお会いいたしましょう。

……今度は、もっと楽しませてくださいね」


彼は闇に溶ける様にして、その身を消す。


標的を失った風磨くんは、虚な赫の眼で私を睨んだ。


私は、震える手を伸ばして彼の首筋に触れる。


「……もう、大丈夫ですよ…風磨くん。

私は敵じゃないです」


…だからお願い、風磨くんを返して。


だが、その願いは届かなかった。


彼は刀を振りかぶる。


間一髪、その斬撃を横に転がって避けた。


「……っ、ダメ…なんです、か…?」


今の彼に意識はないのだろう。


敵を_____自分の目の前のものを殺すこと。

ただ、その本能のみで動いているのだ。


そのためなら仲間が…否、自分自身すらどうなっても、良いのだ。


私は立ち上がり、彼に向かって駆け出した。


後先考えることも、もう必要ない。


彼の刀が頬を掠る。

血が飛び散っても、それでも、走りを止めない。


私は彼に抱きついた。


「風磨くん…!」


彼の名前を呼びながら、体を左に倒す。


バランスが崩れ、二人の体が宙を舞う。


彼の手から刀が離れた。


そのまま、私たちは地面に落下していった。




* * *


「っ……うぅ…?」


目を開くと、軒下と夜空が目を入った。


地面の上に寝転がっているのだと、一瞬遅れて気がつく。

その瞬間、全身を激痛が走った。


「いったたたたたたた!?」


僕は叫びながら身を起こす。


そうだ、ジャックに首を斬られて、それから______


辺りを見渡すと、近くで玲衣さんがゆっくりと立ち上がるのが見えた。


僕はなんとか立ち上がって彼女に歩み寄る。


「玲衣さん、大丈夫でしたか______」


______パシンッ



「……え?」


彼女に、頬をたれた。


そう分かるまで、時間がかかる。


頬がジンジンと痛んだ。


「れ、玲衣さん…なに______」


顔を上げた僕は、そこで息を止める。


彼女は、泣いていた。


しゃくりあげ、顔中を濡らしながら、泣いていた。


「風磨、くん……なんで……なんで傷つき続けるんですか…?

貴方がいなかったら……わ、私…どうしたらいいんですか…!?

私を、一人ぼっちに…しないで……しないでください…!」


彼女は首を振りながら泣き叫ぶ。


僕は彼女の手を握ることしかできなかった。


「ごめんなさい……玲衣さん…」


……意識を失う前、一瞬だけ聞こえた白昼夢本能の声。


そうか……僕は本能のままに戦っていたのか。

そして、玲衣さんを傷つけてしまったのか。


彼女は僕に身を預けて、子供の様に泣きじゃくった。


「風磨くん、お願い……私の前から、居なくならないで……」



* * *



「……痛い、ですね」


わたくしは_____ジャックは、夜道に飛び降りた。


全身の傷が悲鳴をあげている。


______ヨザキ様の御命令の通り、風磨という名の少年に『命の危機』を与え…その結果、白昼夢を引き出すことはできた。


白昼夢。


それはわたくし自身も持つ、夢術のような___そして、似て非なる力。


その正体は、「命の危機による本能の暴走」だ。

____又は、「一時的な半夢喰い化」とも言える。


それが起こると、状況が安定するまで、本能が主の意識を奪って暴れ続ける。


……そう、身体を乗っ取るのだ。


「……うまく出来た…よ、ね?」


体から力が抜け、地面に膝をつく。


……もう、疲れたな。


貧血でぼおっとした頭で、は思った。


嫌いなわけじゃないけど、もう疲れた。


戦うのも、傷つくのも。

_____白昼夢本能の性格を演じるのも。


「______ボクは“ ジャック本能”じゃ、ないのに」




35話に続く。

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