第33話 本当の強さ 後編

そして、その夜。


「お…お待たせしました、マフラー巻くのに手間取っちゃって…」


玲衣さんが駆け寄ってくる姿をみて、僕はにやけるのを必死に抑えた。


……うぅん、可愛い。


毎度のことながら、彼女には隊服がよく似合っている。


普段結っている髪をふんわりと下ろしているのが余計に彼女の可憐さを引き立たせているのだろうか?

とにかく、可愛い。


彼女が僕の顔を覗き込む。


「…?

顔、赤いですよ?」


「なっ、なんれも_____」


声が裏返ったので、言い直す。


「____コホン…なんでも、ないですよ」


いつの日だったか……今日みたいに、二人で見廻をしたことがあったっけ。


その夜もこんな風に、風の冷たい夜だった。


僕の前を行く玲衣さんが、僕に声をかける。


「私、“第二の大災害”で自分の無力さを知ったんです。

ずっと甘えてきた…… 自分の夢術“癒”にも限界があること、思い知らされたんです。

…もっと私が強かったら、みんなに甘えたままじゃなかったら______」


彼女は少し目を伏せた。


「_____紅さんを、喪わなくて良かったんじゃないか…って」


玲衣さんにとって、紅さんは母親のような、姉のような存在だった。

血は繋がってなくとも、家族のような関係だった。


「…違う」


僕は呟いていた。


違う、玲衣さんは。


「玲衣さんは、甘えてなんてないです。

むしろ、僕の方が玲衣さんに頼りっきりですよ……。

紅さんを喪ったのは、玲衣さんだけのせいじゃないです!」


僕だって、もっと強ければ。


紅さんに追いつけられていたら。


「…風磨くんは、優しいですね」


彼女は振り返って笑った。


「確かに、私だけのせいじゃないかもしれません。

…けど、確かにではあるんです」


彼女の夢術は“癒”。


それは自然治癒力を高める夢術。

……亡くなってしまった紅さんには適用できないのだ。


だが、「傷を癒す」夢術者として、夢を見させられてしまった。

救えるかもしれない、と思えてしまった。


……だけど、それはあくまでも“夢”でしかなかったから。


彼女は夢から覚めた絶望を……自らの限界を、味わわされているのだ。


玲衣さんは、前を向いた。


「だけど、そのままじゃ…ダメなんです。

甘えたままじゃいけない。

だから、頑張ってみたんです」


彼女は弾けるように笑った。

…悲しみをふっきった、美しい笑み。


彼女のその白く細い手は、マメだらけになっていた。


「筋力のなさはカバーしきれなかったのが残念ですが、射撃はかなり上手になったんですよ。

出来れば、その成果を風磨くんにみて欲しくて」


僕の方に歩み寄ってきた彼女の顔が、心なしか赤い。


……だが、僕の胸中には得体の知れない不安感が渦巻いていた。


どうして______


「…風磨くんのおかげなんです。

貴方に出会う前の私じゃ、多分立ち直れませんでした。

____風磨くんに出会えて、本当によかった。

だから_______」


「玲衣さん!」


僕は唐突にその不安感の正体を悟った。


彼女を強く抱き寄せる。


「ぇ……ふえぇえっ!?」


玲衣さんが真っ赤になるが、それに対応してはいられない。


が、彼女の後ろ髪の先を切る。

それは宙に綺麗に舞った。


_____夢術:やいば


僕は刀を出現させ、それを振った。


カァァァァン_______


高い音を響かせて、が弾け飛ぶ。


玲衣さんが僕に身を預けながら、背後を垣間見た。


「……ふ、風磨くん…今の、って…」


僕は彼女の背後を睨む。


見えない。


……だが、“何か”がいる。


それは夢喰いとはまた違う……だが強力な、何か。


「玲衣さん、敵がいます。

下がっていてください」


その正体は掴めない。


だが、襲ってきたということは……敵と見做して構わないだろう。


気配が強いため、“それ”の位置を僕は見ることができる。

…だが、玲衣さんにはそれが分からない。


ならば、答えは一つ。


玲衣さんを守るだけだ。


それは彼女が力不足だからじゃなく、ただそうすることが最適だからだ。


僕は刀の切っ先を突き出した。


「…悪いけど、お前の居場所は分かる。

来るなら_______来てみろ」


僕がそう言い放つと、“それ”は黙って飛び上がった。


高く跳躍したそれは、民家の屋根に飛び乗る。


僕はそれを追って塀に上った。


そして、刀を構える。


…だが、軽い音が横からしたかと思うと、腕を掴まれた。


「玲衣さん……」


彼女が悲痛な面持ちで、僕の隣に立っていた。


「……玲衣さん、下がっていてください。

危ないです」


「無理も承知です。

でも、風磨くんが傷つくのを黙って見てるという方が、無理なんです」


彼女の強い眼差しは、僕にNOとは言わせなかった。


答える代わりに、僕は彼女の腕を掴む。


「……無理したら、怒りますからね」


「風磨くんこそ」


彼女が悪戯っぽく笑う。


僕らは手を繋いだまま、屋根に飛び乗った。




34話に続く。

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