第33話 本当の強さ 前編
第三十三話
やけに暗い室内には、静寂が満ちている。
その静けさを破りさるかのように、目の前に血だらけの“何か”が降ってきた。
匂いさえしそうな程に鮮烈な赫。
降ってきたもののグロテスクさに、それを理解することを脳が拒む。
「きゃぁああっ!」
僕の耳をつんざいたのは、玲衣さんのどこか嬉しそうな叫び声だった。
僕からも叫び声が上がりそうになったが______声が、出ない。
……人間って、怖すぎると叫び声すら出なくなるのか……!?
心を落ち着ける為、失神しないようにする為に僕は呟き続ける。
「怖くない怖くない怖くない怖くない怖くない_____」
……僕らは今、お化け屋敷にいる。
当然、僕が自発的に行ったわけじゃない。玲衣さんに連れられてきたのだ。
なんでも、近所で期間限定のお化け屋敷が開催されてるから行ってみたかった______との事だが、玲衣さんは僕が怖がりだって事を知ってる。
知った上で、連れてきたのだ。
…流石に狙ってるよね、これは。
だからこそ、あえて出来るだけ反応しないようにしているのだが……。
怖すぎて反応すら出来ないというのが、現実だった。
「怖いですね、風磨くん!」
怖いと言ってる割には輝きまくってる瞳を、彼女は僕に向ける。
「……こ、怖いわけ…ない、です、よ……??」
僕は笑顔で返したが、その頬が引き攣りまくってるのは分かっていた。
玲衣さんは、両手を胸の前に持ってきて、それを垂らした。
いわゆる、“うらめしや〜”のポーズだ。
「…そういえば…このお化け屋敷って本当のお化けが出るとかなんとか…」
「そ、それ今言います!?」
彼女はニヤニヤして僕に近づいてくる。
僕は恐怖に_____いや、玲衣さんが近づいてくること自体は怖くないが______後ずさった。
「ほら、風磨くんの後ろにも…」
玲衣さんがそう言うが否や、背中に何か冷たいものが触れた。
「うわぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁああああああぁぁ!!??」
余談だが、この時の叫び声はこのお化け屋敷史上最大の音量を誇ったらしい。
「
「玲衣さん、口に詰め込みすぎです…」
お化け屋敷でたっぷり怖がったせいで、既にもう疲れてしまった。
休憩時間を確保するためにも、僕は玲衣さんに近くの和菓子屋で苺大福を買ってあげたのだ。
予想通り、彼女は公園で大人しく大福と格闘を始めた。
拳大の大福が最も容易く彼女の腹の中に消えていく。
……良い食べっぷり…。
最も、紅さんが亡くなってから少し塞ぎ気味だったから、元気になって良かったのだけれど。
彼女はあんこを口につけたまま、満面の笑みを僕に向けた。
「私、ここの苺大福、食べるの初めてなんです!
程よい甘味に、いちごが酸味が合わさって丁度いいバランスです。
それに、餡子の粒立ちが良くて、砂糖も素材の甘さを邪魔してないんですね!
皮の弾力も凄いので、食べ応えもあります」
食リポとしては満点なのだろうが、お化け屋敷のショックが抜けきらない僕にはその凄さが十分伝わらない。
「…そ、そうですね……」
今日何回目かともつかない苦笑。
彼女がそんな僕を見て首を傾げた。
「風磨くんは食べないんですか?
美味しいし、元気出ますよ」
彼女が苺大福の袋をもう一つ開く。
……何個食べるつもりなんだ、この子は。
「いや、それは玲衣さんのですから…」
僕は断ろうとしたが、目の前に彼女の顔が迫ったのに気づき、言葉を切る。
「はい、あーん」
体温が確実に上昇したのを感じた。
え?
あ、あーん…?
確かに目の前には玲衣さんの顔と、苺大福。
呆気に取られた僕の口に、その大福が押し込まれる。
あーん、というには少々強引だけど。
「ん…んんんっ」
口の中に甘さが広がる。
それと共に、僕の心臓がキャパオーバーを告げた。
「美味しいですか?」
僕の顔を覗き込む彼女に、混乱しながらも頷く。
ドキドキする心臓を収めながら大福を咀嚼する僕を、玲衣さんが楽しそうに眺めている。
_____一瞬だけ、その笑顔が昨日の夢の彼女に、重なった。
大福をどうにか飲み込み、彼女に話しかける。
「……玲衣さん」
思ったよりも、低い声が出た。
「昨日、玲衣さんが出てくる夢を見たんです」
「私、が?」
彼女は目を瞬いた。
唐突に夢の話を始められたら、呆気に取られるのも仕方ない。
…だけど、話し出してしまったら、言葉が勝手に口をついて出てきてしまった。
「夢の中の玲衣さんは、なんだか…玲衣さんじゃない気がしたんです。
雰囲気というか、喋り方というか…。
その玲衣さんは、自分のことを“忘れ去った記憶”って言っていました。
……なら、玲衣さんは_______」
玲衣さんは、何を忘れてしまったんですか?
そう問おうとして、僕は止めた。
______駄目だ、訊いちゃ。
彼女にそれを質問することは、夢の中の少女の言う“壊れる”ことに繋がるのかもしれない。
ふいにそう思ってしまった。
…思ってしまったなら、もうそれを口に出すことはできなかった。
「……いえ、何でもないです。
忘れてください」
かぶりを振った僕に、彼女が微笑を漏らす。
「良かった、です」
「…え?」
僕は思わず聞き返した。
玲衣さんには何か詮索されたくないことがあるのか、と疑心暗鬼になってしまったからだ。
だが、それは全くの杞憂だった。
「…良かったです、風磨くんは変わらなくて」
「変わらない?」
彼女は僕にガッツポーズを作ってみせた。
「はい、変わらず元気いっぱいな風磨くんです!
……“第二の大災害”で色々あったせいか、皆さん少し元気ないんですよ?
しかも、それを皆んなひた隠しにしてる。
実際、私自身もあの日のことは思い出したくないですから……自分を慰めることに必死になっちゃうんです」
僕は最近の見廻隊の様子を思い出した。
凪さんが元気になってから、全体的には良い雰囲気が流れてる。
……だけど。
会話が、仕草が…一つずつに、どこかぎこちなさを感じていたのも事実だった。
「……でも、風磨くんは違ったんです」
玲衣さんの声が聞こえる。
「風磨くんは、“第二の大災害”のことをちゃんと受け止めて、自分に何があったかを知ろうとしてる。
風磨くんが思い詰めてないか、少し心配になってたんですけど……どうやら私の考えすぎだったみたいですね」
「もしかして、そのために…」
そのために、僕を連れ出したのか?
思い詰めていないかを見るために、わざと僕の嫌がるお化け屋敷で僕の反応を見たのだろうか。
すると、彼女はぺろっと舌を出した。
「お節介でしたかね、私。
でも、せっかくだったので行ってみたかったお化け屋敷に連れ出してみたんです」
……前言撤回。
彼女は行きたかったから僕をお化け屋敷に連れ出した、それが答えだ。
…だけど。
悪戯っぽく笑う彼女に、僕は安堵の息をつく。
大丈夫。
玲衣さんは、玲衣さんだ。
それ以上でもそれ以下でもない。
ならば、僕は彼女が“壊れ”ないようにするだけ。
ただ、そばにいること。
それが最適解だ。
「玲衣さんこそ、ムリしないで下さいよ」
僕は彼女に笑いかける。
…僕は、彼女のそばにいる。
だから、彼女にも_______
「あ、そうだ!
もう一つだけ、付き合ってほしい事があるんです!」
____僕の思考は、彼女の無邪気さにかき消された。
「……」
僕は無言で彼女から遠ざかる。
…お化け屋敷もう一周とかだったら、流石に嫌だ。
だが、彼女は慌てて手を振る。
「ちが…っ、違うんです!
心霊スポット巡りとか……お化け屋敷巡りとか……そういうことではないんです!
……考えてはいましたけど」
確実に体温が一度は下がった。
……僕の思ってたよりも、玲衣さんの考えていた方が何倍も酷かった。
彼女は青ざめた僕に気づいていないのか、ニコニコして続ける。
「今夜……一緒に、見廻してくれませんか?」
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