第31話 罪悪の記憶 前編

第31話


「うぅ…ん…」


肩にかけたバッグをかけ直す。


僕…桜坂風磨は頭を掻いた。


玲衣さんには定期的に治療してもらってるから、体に異常はないはずだ。


……だけど。


「…なんか、しっくりこないんだよ…」


しっくりこない理由は僕にも分かっていた。


それは、不自然な“記憶の穴”があるのだ。


例えば、その数分前まではちゃんと記憶にあるのに、とある一瞬の記憶が全くない…とか。


日常生活には支障が出ないほど小さな記憶の穴だが、気づいてしまってからは凄く気になる。


「玲さんは大丈夫だ、って言ってたけど……やっぱり気になる…」


原因として思い当たるのは、数日前、病院の近くで倒れていたことくらいだ。

…それだって、どこも怪我してなかったけど。


その時のことが思い出せれば何か手がかりが_____


「…そんなに気になってるなら相談してくれれば良かったのに」


背後からいきなり声をかけられ、肩が跳ねる。


そのついでに、朧げに思い出しかけていた記憶も全部吹っ飛んだ。


振り返ると、優希が仁王立ちしている。


「よっ。

外で会えるなんて奇遇だな、風磨」


「…優希…お願いだからビックリさせないで…」


…心臓止まると思ったぁ…。

まだ鼓動がドキドキと煩い。


「さっきから後ろにいたんだけど、気づいてもらえなくてな」


はぁ、と彼が不機嫌そうに溜息をつく。


「にしても、風磨は何悩んでたんだよ。

ブツブツ言ってるちょっと危ない人みてぇになってたけど」


「ゔっ…」


ちょっと危ない。


その言葉が矢印となって胸に突き刺さった。


「えっと、その…なんだか記憶が曖昧になってる部分があって」


僕の吐露に、彼は目を瞬く。


「…ど忘れじゃね?」


…まあ、普通はそう思いますよね。


「そうだったらいいんだけどね。

その前後は覚えてるのに、ある時だけ全く覚えてないな…っていうのもあるし、なんだか不安になっちゃって…」


「ふぅん」


優希は顎を摘んで考え込んだ。


やがて、彼はその口を開いた。


「病院行ったか?」


「玲衣さんの治療受けた」


僕は即答する。


しかし、彼は苦笑した。


「お前本当に玲衣さん信じてんな…。

あのな、風磨。

玲衣さんの“いやす”は、あくまでも回復機能を向上する夢術なんだ。自然回復を早めるだけで、万能じゃない。

だから、“自然回復できる”ものじゃなかったら、玲衣さんにも治せねぇこともあるんだ」


「へぇぇ…」


優希、そういうの詳しかったんだ。


しかし、彼はケロっとして続ける。


「…って凪さんが」

「凪さんかいっ」


思わずツッコミをいれる。


優希は、ぷくっと頬を膨らませて、言い訳を述べた。


「しょうがないだろ?

俺理系なんだよ。夢術系は専門外。

…それより、早く病院の受付行こうぜ」


「…え?着いてきてくれんるの?」


「当たり前だろ」


彼は笑って病院の方向に歩き出す。


僕もその後をついていこうとして______立ち止まった。


後ろから、突き刺すような視線を感じた…ような、気がしたからだ。


「え?」


思わず振り向くと、一人の少女が雑踏の向こうからこちらを睨んでいた。


だが、すぐに視線を外すと雑踏の中に姿を消す。


「風磨?」


優希が僕の肩を掴んだ。


「どうした?知り合い?」


彼の整った顔に覗き込まれ、僕はかぶりを振った。


「……ううん、何でもないよ」


何でもない、そのはずなのに。


…どうして、こんなにモヤっとするんだ?


何かが、引っかかる。


…本当に…何でもないの、かな…?






細かい検査結果は明日出る、と言われた。


しかし、恐らく大きな異常はない…とも。


「うぅん……やっぱり、気のせいなのかな…」


悶々としながら支払いを済ませて、待合室に戻る。


ソファーに腰掛けながら、優希が片手を小さく上げた。


「お疲れさま〜、どうだった?」


「特に異常ないって________あれ?」


僕は彼の隣でちょこんと座っている人物に、目を瞬かせる。


「こんにちは、風磨さん」


「あれ、晶くん……優希と知り合いだったの?」


この質問には、優希が答える。


「初対面なんだけど、話が合ったんだよ。

晶くんの妹さんの詩ちゃんが、俺の弟と同い年で」


「なかなか難しいお年頃なんですよねぇ、あの年齢」


晶くんがうんうん、と頷いた。


…どんな話なのか気になるけど、とにかく楽しそうで何より。


だが、それよりも気になることがあった。

それが、思わず口をつく。



「晶くんって、




「……え」


二人の表情が、凍りつく。


冷たい静寂ののちわ優希が作り笑いをした。


「え……えっ、と…風磨?

あんまりそういう冗談は良くねえぞ…?」


「…え?どういうこと…?」


僕は首を傾げる。


…冗談?


別に、冗談とか言ったわけじゃないのに……なぜ?


晶くんが、ぎゅっと膝の上で手を握った。


「風磨さん……詩と、仲良くしてたじゃないですか…」


「え……嘘…」


嘘だ、だって。


「だって…妹さんのこと…今よ…!?」


「…風磨、流石に良くねぇよ」


優希が怪訝な顔をして立ち上がる。


「優希、違うんだよ…。

本当に……本当に、覚えてない…っ!」


思わず後退りした僕は、ふと思い当たる。


_____この、不自然な記憶の抜け…って…。


僕は覚えていない“空白の時間”を思い起こす。


…いや、正確には“空白の時間”じゃない。

その前後の記憶、だ。


____そう、そのほとんどに晶くんが居た。


「僕の感じてた違和感…って……」


晶くんの妹のことが、全く記憶になかったことだったのか……?



『そういう晶君こそ、すぐ揶揄からかうとこ変わってないじゃん』

『だって、揶揄いがいがあるんですよ〜?

風磨さんも、“    ”も』



数日前、彼と話した時の事。


晶くんは……この時なんて言ってた…?


覚えて、ない。


どうして、なんで…?


不自然なほどに、全く覚えてない。


僕は片手で頭を押さえた。


鈍く重い痛みが走る。


優希は、困惑した表情で晶くんを振り返った。


「…ねえ、晶くん。

その……詩ちゃんって、記憶を操れる夢術持ってるの?」


晶くんは首を傾げる。


「…いえ、違うと思います。

だって、詩は“おと”の夢術者ですから。

______でも、たまに“お兄ちゃんの記憶喪失は私のせいだ”って言うことがあります」


詩のせいじゃない…のに。


彼はそう付け加えた。


…記憶に関する夢術じゃない?


夢術でないのなら、なぜ______。


僕は弾かれるように顔を上げた。


「もし…白昼夢、なら…」


_____“白昼夢”。


それは、僕が“第二の大災害”の時に使った…らしい能力。


夢喰いになったわけじゃないのに、目が赫くなる。

そして、所持する“夢術”と異なる力を使用する現象だ。


シオンの話によると、それを使用するのはどうも僕だけではないらしい。


……もし、仮にだが…詩ちゃんが“白昼夢”を持つのなら。


「確かに辻褄は合うけど……白昼夢って、風磨の“桜”みたいなもんだよな」


優希が小さく唸る。


彼はその視線を、晶くんに向けた。


「…ねえ晶くん。一つ聞かせてほしいんだけど……詩ちゃんの目が赫くなった、なんてことあったりした?」


「目が、赫く…」


それは、明らかな動揺だった。

視線から逃れるように、晶くんが口籠る。


優希は、それを肯定とみたようだった。


晶くんの前にしゃがみ込み、彼の手を握る。


「…ごめんね、話したくない話だったら。

だけど、もし詩ちゃんの“赫い目”を知ってるなら、教えてほしい。

…もしかしたら、詩ちゃんが危険な目に遭ってるかもしれないから」


そう、もし彼女が“白昼夢”という力を持っているのなら。


…僕の他にも“白昼夢”を持つ者がいるという話は、シオンから聞いた。

だが、その人は、“救済の暁”の人間だった。


さらに、“桜”を使った直後、僕の前にもヨザキが現れた。


……明らかに、“救済の暁”は“白昼夢”を狙ってる。


もし詩ちゃんがそれを持っているのなら、奴らが黙ってるわけがないのだ。


晶くんは、逡巡するように俯いた。


やがて、その唇から小さな呟きがもれる。


「……一度だけ、見た事があります」


優希はそう言った彼に笑いかけると、僕に目配せした。


「ありがとう、晶くん」


僕はそういうと、病院から走り出ようとする。


「あの!」


晶くんの声が、背中にかけられた。


振り返りざまの僕に聞こえたのは、彼の悲痛な願いだった。


「お願いです…詩を、助けてください!

僕のたったひとりの妹なんです」


…たったひとりの妹。


それを守りたいという気持ちは……誰よりも、僕が知っていた。


だから。


「大丈夫だよ、絶対助ける」


助けてみせるよ。


もう、僕はあの頃の弱い僕じゃないから。


僕は彼に笑ってみせると、病院から駆け出る。


少し開けた場所で立ち止まり、目を瞑った。


そして…ゆっくりと、息を止める。


…集中しろ、夢喰いの気配に。


「……っ」


感じる、居る。


かなり遠くだし、微かにしか気配が読み取れないけど……確かに夢喰いがいる。

取り止めがなく感じるのは、おそらくそれの数が多いから。


「風磨、場所分かるか?」


後から走ってきた優希が、僕に尋ねた。


僕は小さくかぶりを振る。


「…ごめん、細かい場所までは特定できない…。

でも、数が多いことは確か」


「大体分かるなら十分だろ」


彼は小さく口角を上げた。


「風磨はそこに向かってくれ。

俺は______」


彼の身が翻る。


______夢術:えんじる


「______追いかけるから」

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