第30話 生かし続けるために 前編
「_____凪さん」
場所は移動し、俺たちはベンチに座っていた。
静かに、風磨が言う。
「こいつは、潮さんの弟なんです」
「…そうか」
俺は相槌を打ちながら、横目に少年を見る。
瀬川流、と言う名の少年は決まり悪そうにベンチにもたれていた。
……本当に、潮によく似ている。
風磨とタメ口で言葉を交わしてる辺りからして、おそらく年が同じくらいなのだろう。
つまり、それは潮が死んだ年と近いわけだ。
彼はふて腐れたように口を開いた。
「なぁ風磨。僕、まだ説明もらってないんだけど」
「ごめんごめん」
風磨ははにかむ。
「…流の言う通り、今の僕は“桜庭見廻隊”の隊員だ」
風磨とは対照的に、流の眉が顰められた。
「なんで…?
潮兄ちゃんが死んだ原因なんだぞ、“桜庭見廻隊”は…。
……仁科さんが、憎くないのか?」
風磨の目が、静かに伏せられた。
「……最初はね。
潮さんは
そのことは到底忘れられることじゃないよ…それは今も、だけど」
そこで彼は自分の拳を膝の上で握りしめた。
声が数トーン低くなる。
「……でも、どうでもよかった」
絶望と諦念の混じった、その言葉。
…それはまさに、初めて会った頃の桜坂風磨だった。
「どうでもよかったんです、本当に。
潮さんが死んだことも、僕が戦いで死ぬかもしれないことも。
それで澪が救えるなら……どうでもよかった」
……そして、それは俺に似ていた。
俺は彼から目を逸らす。
見てられなかった。
自分の中の“魔物”は、きっとその言葉に似ているから。
俺は魔物じゃない。何も失わせない。
その為なら、俺自身なんてどうでもよかった。
……そんなんだから、失うというのに。
「だけど、違った」
風磨の言葉が、俺の思考を掻き消す。
「僕は……“桜庭見廻隊”に入って、本当に良かった。
みんなが、仲間がいる。
僕がいることを求めてくれてる。僕の居場所が_____僕だけの居場所がある。
……だから」
俺は顔を上げた。
「…だから、初めて前に進もうと思えたんです」
…ああ、風磨。お前は変わったよ。
初めて会った時、世界を呪うような目をしていた彼は…既にもう前を向いていたのか。
さぁぁ、と音を立てた風が吹く。
「…そうなんだな」
そう呟くのが、精一杯だった。
風磨はベンチから飛び降りる。
赤いフードを靡かせて、俺を振り返った。
「…凪さん、ひとつ訊いていいですか?」
「なんだ?」
「貴方は…いつまで立ち止まったままなんですか?
いつまで……立ち直れずにいるんですか?」
「……っ」
彼の目は、俺を見ていた。
「…それとも、いつまでもこのままいるつもりなんですか?」
…そうだ、俺と彼は似ている。
いつか答えを出さなければいけなかった“それ”を、彼は問いた。
俺は俯いて唇を噛む。
……無理だ。
俺には、無理なんだ。
「俺には…立ち直る資格なんてないんだ。
俺には…誰も、守れないから…」
風磨の真剣な視線が、痛い。
「…僕だって、酷いことを言ってる自覚はあります。
だけど、もう凪さんが苦しむのを見るのは…もう、嫌なんです」
_______凪が怪我するのを見たくないの!苦しむとこ、もう、見たくない…!
フラッシュバックする、紅の言葉。
「紅さんや、潮さんが遺したものを継ごうとは________」
「駄目なんだよ…っ!」
風磨の言葉を打ち切る。
「それじゃ、駄目なんだよ……!」
失ったら、戻らない…どれだけ後悔しても、泣いても、叫んでも。
それは、俺自身が1番わかっていた。
膝の上に置いた拳に、涙が落ちる。
そこに、横から伸びてきた手が重なった。
その方向を見ると、流が黙って俺の手を見つめている。
彼が重い口を開いた。
「…お願いです、僕からも。
貴方が悔やんでることは、十分伝わりました。
それで貴方を許せるわけじゃない。
僕は今までも____今も、貴方を恨んでます。
…だけど、潮兄ちゃんは自分の意思で“守った”のはわかった」
彼は顔を上げた。
前髪の隙間から、潮によく似た瞳が覗く。
「だから、兄ちゃんの思いを無駄にしないで。
…兄ちゃんが、貴方の中に生き続けられるように」
泣き出しそうに、潤んだ目。
…本当に、それは潮に似ていた。
「……」
潮が、生き続けられるように。
…なんで。
なんで俺は、“桜庭見廻隊”を続けたんだ?
それは……その理由は、潮の居場所を守る為だ。
あいつを生かしたかったんだ、本当は。
ただ、悲しむことで全部を忘れようとしてただけだったんだ。
忘れちゃいけなかったのに。
…俺が“魔物じゃない”という証明は、俺が生きることで証明するべきだったのに。
「…敵わないな」
本当に敵わない、風磨にも、流にも……潮にも。
大丈夫だ、潮。
お前はまだ生きてる。
いや、生かし続けてみせる。
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