第29話 守れなかったもの 後編

中途半端な姿勢で繰り出した斬撃は、簡単に阻まれてしまった。


後ろに弾き飛ばされた俺に馬乗りになるように、夢喰いが鎌を押し付ける。


「ゔ…ぅ」


俺は既に重傷だ。十分に力を出すことができない。


俺が劣勢なのは一目瞭然だった。


…負ける。


そう思ったとき、飛び出してきた氷の塊が、夢喰いの身体を弾き飛ばした。


一瞬の隙に俺は身を起こす。


「大丈夫ですか!?」


「…すまん、助かった」


潮が夢術で俺を助けてくれたのだ。


しかし、顔を上げた俺は、彼の怪我を見て息を呑んだ。


「…潮…」


彼の服が……特に腹部が真っ赫に染まっている。


「なんて事ないですよ、これくらい」


彼は優しく笑った。


「それより仁科さんは自分の心配してください」


そして、またサーベルを出現させる。


……それだけでも、かなり体力を使うはずだ。


「潮、もう良い。

俺はまだ戦えるから、お前は…」

「嫌ですよ。

仁科さんだけ戦わせるだなんて」


「だからって…!」


…もう、傷つくのを見るのは嫌だ。


そう言おうとした俺は、潮の微笑みを見て言葉を切った。


あまりにも傷ついてきた、その笑顔。


俺はかぶりを振ると、夢喰いに対峙した。


「……わかった。夢喰いを早く倒せば良いんだな」


「そうですね。ちゃちゃっと倒しちゃいましょう!」


彼が皆まで言わないうちに、俺は飛び出した。


……戦わせてたまるもんか、瀬川潮という人間を。


夢喰いに向かって刀を振る。


それは夢喰いの鎌と激しくぶつかり、火花を散らした。


左手で別方向から斬り込む。


俺は回りながら夢喰いの間合いに入り込む。


連続して繰り出す幾つもの斬撃。


しかし、それは夢喰いに避けられてしまう。


「ちょっ、仁科さん!」


慌てたように潮が駆け寄ってくる。


彼が出現させた水の壁が、鎌を防いだ。


「何やってるんですか!危ないですって!」


彼の手が俺の肩を掴む。


その途端、俺の体から力が抜けた。


精神よりも先に身体にガタがきたのか…。


それでも夢術を使おうとするが、使おうと力むたびに傷口が激しく痛む。


「っ……すまない……潮…」


「…仁科さん、酷いですよ」


「え……?」


彼は口を尖らせた。


「無理しすぎです、いつも。

ボロボロになるまで無理して、倒れちゃう。

…それじゃ…体が保たないじゃないですか…」


「…そう、なのか」


…言われるまで自覚はなかった。

自分が限界まで無理できる人間だということを。


彼は黙って俺から離れると、夢喰いに向かって歩き出した。


「…だから、あとは僕に任せて下さい」


「な…っ、ま…待て、潮______!」


俺は腕を伸ばしたが、その時には既に彼はサーベルを構えていた。


彼が激しく夢喰いと打ち合わせる。


その度に水飛沫がキラキラと舞い、雨と混ざり合った。


_____無理してるのは、潮の方だ。

俺よりも、無理してやがる。


「やめろ…お前倒れるぞ…っ」


俺は必死に駆け寄ろうとしたが、膝に力が入らずに、その場に倒れる。


顔を上げた時、眼前で水が勢いよく渦を巻き出した。


振り返った潮が、俺に笑いかける。


長い前髪が揺れて、優しく澄んだ目が俺を射抜いた。


…しかし、それも一瞬のことだった。


彼は笑顔を残して、水の渦の向こうに消えた。


「うし、お__________」


彼は、死に際すら俺に見せてくれなかった。


…俺が“魔物”でないという証明は、なされないままだった。



* * *



「_______で、僕が貴方を呼んだのは、訊きたいことがあるからです」


その冷たい声で、俺は現実に引き戻された。


スーツを纏った彼は口を引き結んだまま、こちらに歩み寄ってくる。


「…ねえ、仁科さん。

“桜庭見廻隊”って、なんなんですか?」


俺は、拳を握りしめながら答える。


「桜庭見廻隊は、俺と潮で始めた夢喰い狩りの集まりだ。

……やってることは昔と変わらない。

ただ夢喰いを夢術で倒しているだけだ」


「……そうですか。

貴方の言葉を信じるならば、“夢術狩り”として貴方を処分する必要はなくなります」


彼は無感情に言葉を吐いた。


その彼に、俺は問いかける。


「……それが、俺に訊きたかった事なのか?」


その言葉に、彼の動きが止まる。


風に揺れた前髪から覗く、目。


それは、無感情だった彼に、憎悪が確かに宿った瞬間だった。


「今のは御挨拶です。

本当に訊きたかったのは別のことです」


彼が口を開く。



「_____“瀬川潮”は、なぜ死んだんですか」



それは、あまりに冷たい質問だった。


俺は思わず一歩退く。


彼は焦れたように左手を握った。


夢術:みず


彼の右手が水を纏う。


見る間にそれはサーベルを形作った。


…見慣れた夢術だ。


使い方も、使う時の姿勢も…全部。


彼は口を歪める。


「…彼はなんで……なんで死ななきゃいけなかったんですか?

それは不可抗力ですか?

…それとも、貴方のせいですか?」


その質問の答えは、とうに俺が気付いていることだった。


…なぜ潮が死んだか?


そんなの_______


目の前にいる少年は、苦しそうに言葉を吐き出し続ける。


「なんで……なんであんな死に方をしなきゃいけなかったんですか!?

他人の為に戦ってた“瀬川潮”の……何が、いけなかったんですか…!?」


彼は泣き出しそうに、そう捲し立てた。


俺は、潮が最期に見せてくれた笑顔を思い出して、思わず膝から崩れ落ちた。


…もう、十分だった。


「…な……た」


喉から声が漏れ出る。


「すまなかった……っ!」


恥ずかしい、だなんて感情はなかった。


思わず地面に手をつく。


……俺は、潮を守れなかった。


守られるだけで、傷つかせるだけで、守ることができなかった。


そして、同じように紅までも。


……このまま誰かに守られ続けて、周りを死なせ続けるなら…いっそ。


彼はサーベルの切っ先を俺に向けて怒鳴った。


「答えてください!

僕は…僕は謝罪を求めてるわけじゃないんです…っ!」


…そう、きっと。


きっと彼も辛かったんだ。そして今も、辛いんだ。


視界が涙で霞む。


その涙は地面に落ちて、丸く染みをつくった。


…もう、いいんだ。


ここで、彼に“ 周りを不幸にする自分魔物の呪い”を断ち切ってもらう。


…これで、良いんだ。


彼が泣き出しそうな顔でサーベルを振り上げた。


…その時だった。


   カァァンッ_____!


高い金属音が、あたりに響いた。


目の前に影が落ちる。


「……え?」


俺は顔を上げた。


目の前に、赤いフードがちらつく。


「……いくら、幼馴染と言ったって、隊長に手を挙げられちゃ、戦わなきゃいけないよ」


目の前の人影が、つぶやく。


そして、彼は振り返った。


「追いかけてきて正解でしたね、凪さん」


風磨は、俺を庇いながら笑う。


「…すみません、こいつはんです」


サーベルを持った少年は目を見開いた。


……彼が潮じゃないことくらい、薄々気がついていた。


彼は、風磨に向かって叫ぶ。


「…風磨、なんで邪魔するんだよ…?

それに、お前…“隊長”って…」


「…久しぶりだね。3年ぶりだったっけ______ながれ


は、下唇を噛み締めた。


30話に続く。

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