第29話 守れなかったもの 前編
第29話
「…なるほど。つまり仁科さんは家がないと」
「ゔ…っ、そんな直球で言われると…」
怪我を手当してもらう為、今、俺は瀬川さんの家にお邪魔していた。
…血で汚してしまったわ、ホットミルクまで出してもらったわで物凄く申し訳ない。
しかし、当の本人は気に留めていないみたいだった。
今も明朗に笑っている。
「あははは、ごめんなさい。
…でも、それなら僕もちょうど良かったです」
…なんか話の展開が良くない感じがするな。
陳腐なサスペンスに出てきそうな展開に、思わず身を固める。
…これで何か治安悪いこと言われたらどうしよう。
とりあえずそうでない事を願う。
瀬川さんは、身を乗り出した。
「仁科さん」
「はいっ」
「…同居、しませんか」
「…はい?」
今この人なんつった?
同居?
しかしながら、彼は前髪の下からキラキラとした視線を向けてくる。
「最近この部屋で一人暮らしを始めたんですけど、ボッチって寂しいんです!
だから、一緒に住んでほしいんです。
…あ、家賃は大丈夫ですよ。夢喰い狩りの他にもアルバイトしてますし、二人分の生活費くらいなら出せます」
「いやいやいやいや待て」
それ、同居って言わないだろ。ヒモだろ。
俺は慌てて首を振る。
「せ、瀬川さんになんの得があるんですか、それ」
彼はキョトンとして言った。
「…だから、ボッチに慣れてないので…はい」
その目の曇りのなさ。
…この人、良い人だ…!
多分疑うとか知らないだろ、この人。
オレオレ詐欺とか真っ先に払うだろ。
「心遣いは有難いが、悪いのでやめときます」
俺はやんわりとその申し出を断った。
あんまりにも申し訳なさすぎる。
「そうですか……」
彼が一瞬、遊んでもらえない犬のような反応を示したのは気のせいだろうか。
しかし、その直後に彼は顔を上げた。
「…なら、一緒に夢喰い狩りするのは…どうですか…?」
「夢喰い狩り?」
そういえば、瀬川さん、夢喰い狩りだって言っていたな。
確かに共に夢喰い狩りをすれば、少しくらい俺も稼げる。
断る理由はないように思えたが_______
「…俺、弱いから」
____巻き込むのは嫌だから。
自分の不甲斐なさのせいで誰かが傷つくのは、もう嫌だ。
…しかし。
「一緒に夢喰い狩りするなら名前決めないとですね!
何が良いですかね…シンプルイズザベストですもんね、出来れば直接的な_____」
「いや話聞けっ」
全く瀬川さんは話を聞いてなかった。
ウキウキした口調で話してる。
思わず大声を上げた俺に、彼は笑いかけた。
「…別に、弱いとかどうでもいいんですよ。
僕は、貴方と一緒がいいんです」
「…」
俺は自分の拳を握り込む。
「……なあ、瀬川さん。
俺はお前に期待して、いいんですか?」
俺が“魔物”でないと。不幸をばら撒かない存在だという証明という、期待を。
彼は少し考えるように、前髪をいじった。
そして、言う。
「…条件を満たしてくれるなら、もちろん」
「条件…?」
聞き返した俺に、彼は指を突きつけた。
「僕にはタメ口聞いてください。……っていうかさっきからちょくちょくタメ口出てたんですけどね」
「…は?」
…何言ってんだ、この人。
しかし、彼は笑っている。
前髪の下から覗く上目遣い。
「…」
…この人には、敵わない。
そう悟った俺は、息を吸った。
「…分かった、瀬川さん」
「ん?」
そうじゃなくて?と言いたげな顔で彼が首を傾げる。
「…っ!分かったよ、潮!」
俺はやけくそで叫ぶ。
彼は満足げに笑った。
そうして、「桜庭見廻隊」(ネーミングは潮だ)は、二人きりの夢喰い狩り集団として発足したのだった。
……しかし、残酷にも“あの日”は訪れた。
町の四方八方から炎が上がる。
…こんなの、まるで“大災害”みたいじゃないか…。
あまりにひどい光景に立ちすくんだ俺の腕を、潮が引っ張る。
「仁科さん!
何ぼうってしてるんですか?早く行かないと!」
俺に叱咤した彼の顔は、“夢喰い狩り”の顔をしていた。
「……あ…あぁ、すまない」
俺は2本の刀を手に取り、潮と共に駆け出す。
……なんでだろう、凄く胸騒ぎがする。
俺は一瞬遅れてその理由を理解した。
……なんだ…俺、怖いのか。
そう、今日の状況は大災害の日に似ている。
脳に染み付いた恐怖が、胸に冷たい
雨が降り頻る街の中心で、俺たちは一体の夢喰いを目にする。
……被害の範囲的に、こいつが今回の元凶だろう。
潮が低く呟いた。
「…街を荒らした罪は償ってもらいますよ」
彼の長い前髪が揺れる。
俺は彼に続いて刀を構えた。
夢術:
夢術:
俺たちが駆け出したのは同時だった。
空気と水の流れが同時に夢喰いに躍りかかる。
夢喰いは、その手の鎌で流れを断ち切った。
その隙に、潮が夢術で水を凝結させる。
一瞬の後、彼の手には氷のサーベルが収まっていた。
「ったぁ!」
彼が跳び上がり、氷の橋を作りながら夢喰いの鎌にサーベルを突き立てる。
彼らが互いの武器を押し合っている合間に、俺は夢喰いの背後から刀を振りかぶった。
夢喰いが鎌を振り回して、俺の身体を跳ね飛ばす。
俺は地面に転がりながら、手をつく。
…しかし。
ガクン、と膝から力が抜けた。
足に傷を負ったのか。
「仁科さん…!」
サーベルを握りしめながら潮が叫ぶ。
「気にするな、少し掠っただけだ」
俺は痛みを噛み殺しながら立ち上がり、刀を構えた。
竜巻を出現させ、自分の姿を霞ませる。
俺はそのまま夢喰いに近づくと、両手の刀でそれを切り刻んだ。
夢喰いはギリギリで後ろに飛び退いたが、そっちには潮がいる。
潮のサーベルの先が、確かに夢喰いの肩を貫いた。
夢喰いが刺されて動けない内に、俺は刀を振りかぶる。
…その瞬間、夢喰いが足先だけで地面に何かを描いた。
咄嗟のことで、動きを止められない。
……衝撃。
直後、激痛とともに視界が黒く塗りつぶされる。
少し遅れて、夢喰いが爆発を起こしたことに気がついた。
「いっ…てぇ…」
俺は数メートル吹き飛ばされていたようだ。
気がついた時には、民家の瓦礫の中に横たわっていた。
すぐに立ち上がって刀を構えようとしたが、先ほどの足の傷と相まって、全身に傷が悲鳴をあげる。
俺はたまらずにもう一度崩れ落ちた。
その場に倒れたまま視線だけをあげると、夢喰いが瓦礫の中の潮に近づいていくところだった。
…潮は、気を失っているようでピクリとも動かない。
「っ、止めろ…!」
俺は身を低くして走り出し、刀を振りかぶった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます