第27話 会いたかった人 後編
______対夢術管理協会。
夢術者や夢術を監視し、管理する政府組織。
法令違反を犯した夢術者の管理はあまりに厳しく、夢喰いを出さない為ならば武力手段も厭わない。
その恐ろしさからつけられた異名は_______「夢術狩り」。
そして、対夢術管理協会、桜庭地域支部局。
その廊下を一人の少年が歩いていた。
硬い革靴が廊下をコツコツと鳴らす。
「____ねぇ、あの子だよね?新入りの調査員って」
「新入りだけど、仕事は完璧なんだとか」
「へぇ…でも若造だろ?17だっけ」
「そうだけど、噂じゃ、血も涙もないような人物らしいぞ」
「凄いよね、まだ若いのに」
そんなヒソヒソ声を聞き流しながら、彼は颯爽と歩を進めていく。
やがて、ある扉の前にて、彼は立ち止まった。
“局長室”。
「_____失礼します」
彼は静かに言うと、扉を押した。
中の椅子に腰掛けていた局長が会釈する。
少年は深々と礼をすると、彼に歩み寄った。
局長は、静かに話を切り出す。
「君に頼みたい件なのだが…、この組織を調査してほしい。
“夢喰い狩り”を謳った集団だ。
万が一危険があるような組織だった場合、即刻破壊してもらって構わない」
差し出された書類を手に取った少年は、紙の隙間を指でなぞる。
______“桜庭見廻隊”。
ゴシックの字体で書かれたその文字に、微かに彼の口角が上がる。
「…はい、承知いたしました。“桜庭見廻隊”…ですね。
僕個人でも、彼については調べようと思っていました」
書類の2ページ目に載った写真を、彼は冷たい目で見る。
そこには無愛想な表情をした青年が写っていた。
______その下には、「仁科凪」の文字が。
…そう、僕はこの為に…「仁科凪」に接触する為にここまで頑張ってきたんだ。
対夢術管理協会に入ったのも、それが理由。
局長は満足げに頷いた。
「____じゃ、よろしく頼むよ…瀬川君」
* * *
______俺の大切な人は、次々といなくなる。
…そう、いうなれば、俺は死神みたいなもんか。
嫌でもそう思わされる。
初めは、両親だった。
それから、姉、潮……そして、紅。
彼女の死に顔は穏やかだった。まるで昼寝でもしているかのような、満足げな表情。
貫通した傷と火傷以外に大きな損傷はなく、綺麗なままで葬ることができて良かったと本当に思う。
…彼女にはもう永遠に会えないという事実が突きつけられ、思わず鼻がツンとした。
「なんで…だ…どうすれば良かったんだ、紅…」
あの時、もっと俺が紅を止めとけばこうはならなかったか?
それとも、もっと早く俺が紅の言うことを聞けば良かったのか?
…どうすれば、紅は死ななかったんだ…?
俺は一人、暗い部屋の机に突っ伏した。
会いたい。
だが、会えない。
…もう…二度と。
コンコン、と軽いノックの音が部屋に響いた。
「____隊長、入りますよ」
玲衣の小さな声が耳を揺らす。
「………あぁ」
俺が答えると、部屋のドアが開かれる。廊下の光が目を刺した。
玲衣は、ベッドに置かれたままのお盆を見ると顔を顰める。
「また食べてないんですか?
…いい加減、そろそろ元気出してください」
「……すまない」
「少なくとも、ご飯だけでもちゃんと食べてほしいです。
…最近部屋から出てこないから、みんな心配してるんですよ?」
「……」
俺は机に突っ伏したまま目を瞑る。
答えない俺に、彼女はため息をついた。
「…辛いのは、分かってます。
私だって……“
玲衣の夢術である“癒”は、生きた生物にしか効果はない。
彼女が紅の元に駆けつけた時、既に紅は事切れていたのだ。
玲衣の声が詰まりがちになる。
「…それでも…隊長が体壊したら…元も子もないじゃないですか…」
「…分かってる」
分かってる。
もう立ち直らなきゃいけないことも。
いつまでもうじうじしてたらいけないことも。
…分かっては、いるけど…
机の上に、影が落ちる。
顔を上げると、玲衣が机の上に白い封筒を置いたところだった。
「…これ、は…」
「隊長宛でした。
気が向いたらでいいので、リビングに降りてきてください。
みんな待ってますよ」
彼女は弱々しく笑って、部屋から出て行く。
ドアが閉まった後、俺はそっと封筒の封を切った。
『 仁科 凪 様 』
封筒に書かれているのは、俺の名前のみ。
…住所も何もないってことは、直接投函されたものか。
その封筒の字に、心臓が鼓動を早める。
…どこかで見たことのある、丸っこい字。
その手紙の内容を見て、思考が止まった。
『仁科凪様
前略
今回お手紙を出させていただいたのは、貴殿の組織する「桜庭見廻隊」という組織について伺いたい事があるからです。
この手紙が届きました日の夜7時、桜庭公園展望台でお会いしましょう。
お会いするのを楽しみにしています。
対夢術管理協会 瀬川』
対夢術管理協会______「夢術狩り」。
そこから目を付けられていた事に驚いたのもあるが、それ以上に。
「瀬、川…」
差出人の名前に、目が釘付けになる。
瀬川。それは潮の苗字だった。
しかもそれは佐藤さんや田中さんのようにそう沢山いる苗字じゃない。
「潮……?」
いや、彼は3年前に亡くなったはずだ。
…俺の目の前で。
どういうことだ?
俺は目線を上げ、ハンガーに掛けている羽織を睨んだ。
…
_____その夜。
「…!凪さん、どこに行くんですか?」
俺がシャツの上から羽織を着て外に出ようとすると、風磨が駆け寄ってきた。
その声には、隠しきれていない喜びと、少しばかりの心配。
俺は微笑して答えた。
「少し外の空気吸いに、な。
最近外に出てなかったから」
「……」
風磨の眉根が僅かに寄る。
俺は彼に背を向けた。
「…少し、帰りが遅くなるかもしれないから」
それだけ言うと、扉を背中で閉めて夜の街に駆け出した。
走って10分ほどで、約束の公園に到着した。
子供の頃からたまに来ていたこの公園には、丘のようになっている展望台がある。
かつては、そこからよく潮と景色を見ていたものだ。
俺ははやる気持ちを抑えて展望台へと続く階段を駆け上がる。
そこには、人影が柵にもたれかかって立っていた。
彼の長い前髪が夜風に靡く。
「_____遅かったじゃないですか。
…僕はずっと…ずっと貴方を待っていたのに」
そこにいたのは、“彼”だった。
“あの日”のまま_____“彼”が死んだ、3年前のあの日のまま。
俺は目を伏せた。
「ああ……俺も、会いたかった」
28話に続く。
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