第3章 傷のついた華

第27話 会いたかった人 前編

「_____ねえ、澪。

君は…知ってたの?僕らの母さんが…」


_____ 夢喰いアサギだってこと。


既に、“第二の大災害”から一週間が経過しようとしていたとある日、僕は病室にいた。


無論、澪が入院している病室。

僕は彼女にお見舞いを______そして、問いかけをしにしたのだ。


澪は、“第一の大災害”にて眠りについた。

…それならば、“第二の大災害”が起こったことで何か変化あるのかな…と思ったのだけど…。


「___まぁ、そんな都合よくいかないよね」


当然、僕の問いかけに返事はなかった。


今までと変わらず、静かに呼吸を繰り返しているだけ。


……状況が悪転しなかっただけ、良い方なのかな…。


僕はそっと彼女の髪を撫でる。


「______大丈夫だからね」


安心して、僕が絶対に救うから。大丈夫。


そう呟いた時、シャッとカーテンの開く音がした。


「ふぇっ」


びっくりして、思わず肩が跳ね上がった。


見ると、カーテンの向こうに、白い肌の少年が立っている。

前髪を上げた、一人の少年が。


彼は僕に優しく笑いかけた。


「…風磨さん、お久しぶりですね。

最近昼間に来てくれるようになってくれて、嬉しいです」


…独り言、聞かれちゃったかな。


だとしたら、凄い恥ずかしい。


僕は曖昧に彼に笑い返した。


「うん、ちょっと…心境の変化的に、ね。

久しぶり、あきら君。

調子どう?元気?」


晶君は柔らかく笑うと、ベッドに腰掛けた。


…彼は、澪と同じ病室に入院してる子だ。


2年ほど前に、原因不明の事故で記憶喪失になってしまったらしい。

それ以降、脳波が安定しないということでこの病院に入院しているとのことだ。


彼は細い腕で、ガッツポーズをしてみせる。


「絶好調ですよ!

最近は、少しずつ運動とかもできるようになってきてるんです。

風磨さんこそ、元気ですか?」


彼が僕の目を覗き込んだ。


見廻隊に入隊する前は、深夜に目立たないようにこの病室へのお見舞いをしていた。

…怪我も凄かったし、誰にも心配させたくなかったから。


だけど、毎回のように晶君には見つかってしまって…それでよく心配されたっけ。


…なんだかんだ入隊してからの僕の変わり具合を知ってるのは、晶君かもしれないな。


僕も控えめにガッツポーズを返す。


「僕も元気だよ、本当に」


僕の返答に、彼がほっとため息をついた。


「良かったです…。

…なんか風磨さん、前より生き生きしてません?」


「へ?…あ、そ、そうかな…?」


「そうですよ!

…あ、もしかして…誰か気になるお方でも…?」

「いないよっ!?」


思わず即答してしまう。

…それが逆効果だった。


晶君がニヤリとした笑みを浮かべる。


「なるほどなるほど……」


「違う、違うから!

ほんっっとになんでもないからぁ!」


「病室ではお静かに、ですよ?風磨さん」


彼が楽しそうに言う。


これ、完全に弄ばれてるじゃん!


顔を真っ赤にして蹲った僕を見て、晶君がクスクスと笑った。


「…でも、本当に良かったです。

変わりましたね、風磨さん」


その少し寂しそうな物言いに、僕は顔を上げる。


「…変わった、のかな…僕は。

自分でも分かんないや」


分からない…だけど。


「…だけど、僕がいなくなったわけじゃないし、僕は僕だよ。

晶君の知ってる“桜坂風磨”だから」


少し、笑えた。


その笑顔を見て、晶君は頬杖をついた。


「そうですね…案外、変わってないかも。

…すぐムキになるとことか」


「そこは別にいいの!」


僕は頬を膨らませた。


ムキになって、何が悪いっ!


「そういう晶君こそ、すぐ揶揄からかうとこ変わってないじゃん」


「だって、揶揄いがいがあるんですよ〜?

風磨さんも、うたも」


うたというのは、彼の妹の名前だ。


晶君が16歳で、詩ちゃんが14歳。


「…そういえば、詩ちゃん元気かな」


思わずボソっと呟いてしまった。


最近会えてないし、ちょっと心配だ。


「前にお見舞いに来てくれたときは元気でしたよ。

最近忙しいのか、会えてないんですけど…バイト忙しいのかな…だとしたらすごく申し訳ないです。

…まぁ、あんまり顔出してくれないのは前からなんですけどね」


「ん…バイト…?」


まだ詩ちゃん中学生じゃなかったっけ?


僕は心の中で首を傾げる。


すると、彼が寂しそうな顔をした。


「…僕が悪いんです。

両親がいないから、僕が働かなくちゃいけないんですけど…こんな状態なので…。

代わりに詩が年齢偽ってバイトしてるんです。

…僕のせいで、辛い思いさせちゃってるんです」


「ぁ…」


晶君の表情の余りの悲しさに、僕は拳を握った。


彼のそれは、僕の知っている表情だった。

________無力な自分を呪う、表情。


夢術を開花させる前、澪を救いたいのに何もできない自分を呪っていた時の僕の表情とよく似た、悲しい笑み。


「…ごめん」


僕は俯いた。


「言いたくないこと…言わせちゃった。晶君こそ、辛いのに」


すると、彼は弾かれたように顔を上げる。

慌てて手のひらをヒラヒラと振った。


「い、いえっ。こっちこそ暗くなっちゃってすみません。

…でも、秘密にしてもらえると助かります。

誰かに_______特に、“夢術狩り”なんかに聞かれたら困りますから…ね?」


“夢術狩り”。


それは僕ら「夢術者」にとって、ある意味で恐怖の対象であった。


_______特に“ 夢喰い狩り異端者”にとっては。

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