第24話 交錯する悲劇 後編

* * *



私は蔦を焼き切った。


「紅、大丈夫か!?」


凪の声が背後から聞こえた。


私の背中に、彼の背中が当たる。


背中合わせの状態で、私は迫り来る蔦に炎を見舞いながら答えた。


「キリがないけど…今のところは」


彼の太刀と小刀が、綺麗に蔦を切り裂いていく。


彼は前だけを向いて言った。


「…ちまちま消していくより、一気に消し去った方が良いな」


「分かった。隙を作ってくれれば、近づくから」


私の言葉に、凪が頷く。


私たちの背中が離れる。


合図はそれだけで十分だった。


________夢術:かぜ


木枯こがらし


彼の足が地面を蹴る。

飛び上がった彼は、空中で蔦を次々に切り裂いていった。


吹きおろす木枯のように、鋭く、烈しく。


凪が飛ぶのに合わせて、彼の夢術によって作られた風刃が、蝶のように舞っていく。


それらは彼自身が取りこぼした蔦に追撃していった。


切り裂かれた蔦の欠片が、はらはらと地に舞い落ちる。


その欠片の間を縫うように、私は夢喰いに近づいた。


扇を振りかぶり、火力を上げる。


炎が大きく燃え上がった。


襲いくる蔦を踏み台に、跳躍する。


私は上から夢喰いに扇を振り下ろした。


…空を紅く染める炎を。


「と…どけ…っ!」


_______空紅からくれない


炎の柱が夢喰いに向かって落ちる。


しかし、夢喰いは嘲笑った。


「…無駄だよ、そんなこと」


蔦が蠢き、夢喰いの体の前で絡まった。


そこに落ちる炎の柱。

それが夢喰いの核に届くことはなかった。


着地した私に、蔦の一本が迫る。


炎扇を振りかざすが、それを焼き切るための火力が間に合わなかった。


…防ぎきれない。


私は蔦で後ろに弾き飛ばされた。


地面に叩きつけられ、怪我した腕が悲鳴をあげる。


打ち付けられたすぐ後ろには、地面がなかった。


…あと少し弾き飛ばされた距離が長かったら、崖から真っ逆さまだったのだろう。


思わず安堵の息を吐く。


しかし、その次の瞬間には、蔦が何本も迫ってくるのが目に入った。


その蔦が、割り込んだ影によって叩き斬られる。


「…凪…」


「紅、起き上がれ!」


彼の太刀が蔦を切り裂いた。


夢喰いが一歩退く。


私は尚痛む腕を抑えながら、立ち上がった。


「ありがと…」


「感謝は戦い終わってからにしろ。

今は目の前の敵に集中するべきだろ」


彼がつっけんどんに言う。


…しかし、その首筋は真っ赤だった。


「ほぉ…?」


にやけた私に、凪が振り返る。


「笑うな、今戦闘中だろ…っ」


私は腕を伸ばし、彼が斬り損ねた蔦を焼き斬る。


「ほら、油断しちゃ駄目でしょ?

凪こそ集中しなきゃ」


それを聞いた凪は、拗ねたようにそっぽを向く。


「…分かってる」


小さな彼の呟きが耳に入る。


…もう、全く素直じゃないんだから…。


私は踏み込みながら言った。


「核を壊すためには、蔦ごと壊さなきゃいけないよね」


体に回転をつけて、炎の渦を作る。


凪がその渦の周りに風を送り込んだ。


____風は空気の流れ。


空気に含まれる酸素は、炎の威力を増大させる。


それは、足し算じゃない。


…掛け算なんだ。


私は炎の渦を自らの頭上に掲げた。


…1人じゃできない。


“私たち”じゃなきゃできない、この技を。


私は凪に叫んだ。


「全開でいくからね!」


凪は答える代わりに、息を吸う。


私は彼に呼吸を合わせた。


…これが、“私たち”にできる全部。


____夢術:ほむら

____夢術:かぜ


「「______疾風炎乱しっぷうえんらん」」


炎の渦が巻き上がり、夢喰いを呑み込む。


それは、夢喰いを中心として_____爆ぜた。


…私の“炎”と凪の“風”。

その二つが合わさることで、互いに互いの威力を高める。


爆発が起こった瞬間、私はその場に崩れ落ちた。


その背中に、大きな手が乗せられる。


「…大丈夫か?」


「…ちょっと、疲れただけ…。

ごめん、しばらく“炎”使えないかもしんない」


凪の手が、そう答えた私の背中から頭へと乗せ替えられた。


「よく頑張ったな、紅」


彼が柔らかく笑った。


…その優しさに、思わず安堵する。


しかし、その彼の背後の土煙に穴が開くのが目に映った。


「っ!」


私は彼を押し倒して、地面に伏せる。


押し倒された凪は、すぐに身を起こして_______目を見開いた。


「…ぁ…べ…紅…」


その絶望に彩られた瞳が映すのは、赫い色だった。


…私から流れる、赫い色。


暗くなる視界の中、夢喰いの声が鼓膜を揺らした。



「危なかったよ。…核までもう少しだったから…」



蔦は、私の胴を貫通していた。






25話に続く。

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