第24話 交錯する悲劇 前編
第24話
「____なぜ、うちの名前を」
俺___竹花優希の腕の中で、撫子がつぶやいた。
…そうだった。
俺はハッとする。
彼女は“俺”に会ったことがない。
彼女にとっては、俺は全く知らない人間なのだ。
俺は思わず目を逸らす。
「それは…」
…私は、竹花心呂だからだよ…だなんて言えるわけがなかった。
彼女は親友だ。
だけど、目の前にいる彼女は敵でもある。
…易々と、自分の正体を明かすことはできなかった。
彼女は溜息をつくと、俺の腕から離れる。
「…やっぱり、いい。
貴方がうちの名前を知っていたとして…別に関係ない。
助けてくれたのは感謝するけど、だからって貴方を殺さない理由にはならない」
俺は彼女から一歩退いた。
「___君は人間なんだろ?
もう、俺には君と戦う理由なんてないけど」
これは夢喰い狩りとしての発言か、竹花心呂としての発言か。
自分でも分からなかった。
分からなかったけど…撫子とは戦いたくない。
その気持ちだけは確かだった。
しかし、撫子は冷たく言う。
「…今更ね」
「今更で、なんか悪りぃか?
別に不戦敗って扱いでも良いが」
彼女は俺を睨みながら、一歩踏み込んだ。
「それは出来ない。
うちの任務は____生きる意味は、ヨザキ様を邪魔する者を消し去ることだから」
______夢術:血
また彼女の傷口から、血剣が現れる。
「…それが、“救済の暁”の命令な_____」
「話はもう終わり」
彼女は無理やり俺の話を打ち切った。
「…っ」
俺は唇を噛む。
戦いは、避けられないのか?
…ならば、最終手段。
彼女を気絶させる。
思いっきり鎖を叩き込めば、気絶させることはできるはずだ。
俺はそう覚悟して、鎖鎌を握りしめる。
動いたのは、撫子からだった。
彼女が血剣を振りかぶる。
俺は彼女に向けて鎖の一端を投げた。
鎖をすり抜けるように、彼女は俺に駆け寄る。
俺が鎖を引き寄せると、撫子は、鉄骨を蹴って飛び上がった。
空中で振り下ろされる剣。
俺はその斬撃をくぐり抜けた。
俺の背後に着地した彼女の首に、振り返りがてら手刀を叩き込む。
彼女がバランスを崩す。
しかし、倒れ込みそうになったところを堪えて、血剣を回した。
俺は後ろに仰け反り、すれすれで剣筋を回避する。
前髪の先が少し剣に切られ、宙に舞った。
そのまましゃがみ込み、右手の鎖を放つ。
鎖は彼女に纏わりつくように軌道を描く。
俺がその鎖を引いた瞬間、彼女が跳躍した。
血剣が俺の喉笛を狙う。
俺は後ろに飛び退きながら、鎖を握った手を高く振り上げた。
しなりの効いた鎖は、彼女の足を絡め取る。
そして、バランスを奪った。
跳躍していた彼女が鉄骨の上に落ちる。
慌てて立ちあがろうとした彼女の足が鎖に取られ、その体が傾いだ。
「っ!」
撫子が声にならない叫び声を上げたときには、もう彼女の足は鉄骨を離れていた。
彼女が舞った空中。
その遥か下には、無機質な地面が広がっている。
俺は思わず彼女の手を握った。
…しかし、鉄骨から身を乗り出しすぎたせいで、俺もバランスを崩してしまう。
「あ…っ」
体が空中に浮いた。
やばい、落ちる。
咄嗟に、鎖の一端を上に向かって投げた。
鎖が上昇するのと同時に、体が落ちていく。
それと同時に、撫子を掴んだ手も離れてしまった。
鎖が鉄骨に絡みつき、落下が止まる。
…助かった…。
逆さまに宙吊りになった俺は、地面を見上げた。
そこには撫子が横たわっている。
全身傷だらけだが、大きな出血はない。
呼吸に合わせて、わずかに胸が上下していた。
「良かった…」
生きてる。気を失ってるだけだ。
俺は、鎖を掴んで身を起こした。
鉄骨に足を着き、鎖を引き寄せる。
…かなり無理やりになってしまったが、「撫子を気絶させる」という当初の目的は達成できた。
気を失っている間に、ここから離れよう。
そう思い、地面に飛び降りた瞬間。
「……ない…」
撫子の唇が動いた。
「え…?」
「負け、ちゃ…い、け、ない…駄目、なの、に…」
彼女がゆっくりと身を起こす。
その目は見開かれ、大粒の涙がぼたぼたと下に落ちていく。
「負けちゃいけない…負けちゃいけないの…勝たなきゃ…勝たなきゃ勝たなきゃ勝たなきゃ勝たなきゃ勝たなきゃ勝たなきゃ勝たなきゃ勝たなきゃ勝たなきゃ勝たなきゃ勝たなきゃ______」
「撫子…?」
俺は彼女の方に一歩踏み出した。
「…撫子、何を言って___」
「嫌だぁぁぁ!」
彼女が絶叫する。
俺は思わず立ち止まった。
撫子が、熱に侵されたようにフラフラと立ち上がる。
彼女の腕の傷口から、また血剣が現れた。
…まずい。
既に傷だらけの彼女だ。
これ以上、夢術を酷使しちゃいけない。
「動くな…、もう“血”を使うなよ…!」
彼女が俺を見る。
その目は、あまりにも虚だった。
「勝たなくちゃだめなの…。
相手がどれだけ強くても…どれだけ無謀でも…それが出来なきゃ…うちに、生きる意味なんて…ない…から…」
「…っ」
彼女が動く度、血剣から血が滴る。
もう彼女に気力が残ってないせいで、うまく夢術が使用できていないのだ。
「大人しくしろ…お願いだから…。
お前、失血するぞ…」
俺が嘆願すると、彼女は口元だけで笑った。
「…そっか…失血、して死ぬくらいなら…いっそ…」
彼女の笑みは、ひどく…ひどく絶望的だった。
その笑みに応えるように、血の剣が膨れ上がる。
「いっそ_____」
その矛先が向かったのは________
「っ…止めろぉぉぉっ!」
俺は地面を蹴った。
それだけは、止めなくてはいけない。
…だけど、間に合わなかった。
彼女の血剣が、彼女自身の心臓を突き刺す。
赫い血が夜空に咲いた。
「っ…ぁ…」
“私”が死んだ日と同じ、赫色が。
鮮やかで、残酷な色が。
彼女の小さな心臓が、パキパキと音を立てて核へと変貌していく。
…それは、枸橘撫子という1人の“人間だったもの”が怪物に成り果てる音だった。
俺は彼女に駆け寄ると、その核に鎖鎌の先を突き立てる。
目の前が滲んだ。
…あぁ、なんで。
「なんで…だよ…撫子…」
なんで、止められなかった…?
俺は、どうしたらよかった…?
撫子が…親友だった人が…灰になって消えていく。
泣きそうに、笑いながら。
「こ…こ、ろ…?」
最期に私の名前を呼びながら。
…いつのまにか夢術が解けていた、私の名前を。
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