第23話 予てはいけない未来 後編


ジャックが、縺れていたはずの脚を、一歩退く。


片方の足をもう片方に組んで、縺れたように見せていたのか。


…危ない。


このままでは、槍の先が彼の首に突き刺さるじゃないか。


だが、突然のことで、動けなかった。


そのまま槍の先が彼の首に突き刺さる_____その寸前。


槍が見えない何かに弾かれる。


…唐突に、それは起こった。


ジャックの目が、徐々に変化を遂げていく。


夜闇を映す黒から、血よりも濃い赫へと。


深紅に染まった目には、「心」の文字が映っていた。


ぼくは唖然とする。


…どういうことだ?


槍は心臓に達していない。

それどころか、掠ってすらいない。


つまり、心臓は核に変化することはない。


…夢喰いになるはずがないのに。


赫い目の彼が、ぼくに笑いかける。


「ぁ…」


自分の喉から声が漏れた。


…今の彼は、さっきまでの彼とは違う存在だ。


ぼくはそう悟った。


意味はわからない。

何が起こったかも。


だけど、ひとつだけ分かるのは…恐るべき存在であることだけだ。


彼は微笑を顔に貼り付けながら言う。


「___驚きましたか?

この“白昼夢はくちゅうむ”は、死に面さないと引き出せない_____究極の夢術。

ありがとうございます。

君が、“わたくし”を引き出してくださったのですよ?」


ぼくは思わず一歩退いた。


_____白昼夢?


なにそれ、聞いたことがない。


それに、ジャックの夢術は、先ほどの「姿を消す夢術」の筈で_______


「ええ、その通りですよ。

わたくしの夢術は“すかし”です」


「…っ!?」


ぼくは目を見開いた。


さっきから、一言もぼくは声を発していない。


なのに、的確にぼくの疑問を答えられてしまった。


彼は愉しそうにぼくを眺める。


「驚いてますねぇ。

良いですよ、人が驚く顔を見るのは好きです。

…マジックに種明かしは御法度ですが、特別にお教えしましょう。

わたくし”には、心が読めるのです。

比喩ではありませんよ?」


彼はぼくの前でその細い指を組んだ。


まるで、ぼくの心臓を中心とした額縁を形作るように。

「…私を殺しかけた瞬間、君の心は“わたくし”に明け渡される。

つまりは、もう君の敗戦は確定しているのですよ?」


彼が嘲笑った瞬間、ぼくは槍を手に踏み込んだ。


…無心で、がむしゃらに。


状況は全く理解できてないが、「心を読む」ことの対抗策なら簡単に講じられる。


考えなければ良いのだ。


考えずに、感じる。そして動く。


しかし、彼は軽くぼくの槍を掴んだ。


「おやおや…中々面白い考えですねぇ。“考えなければ良い”?

…残念ですねぇ。“こころ”が読めるのは、脳波全部なのですよ」


脳波、全部。


それはすなわち、ぼくらが無意識下に行なっている運動の命令まで読めるということだ。


…つまりを読まれるというのだ。


彼はナイフを投げ続ける。


投げられたナイフの速度も、先ほどまでとは段違いに上がっていた。


その切っ先がぼくを掠った。


…ダメだ、このままでは負ける。


いつまでこの状態が保つか?


こちらがどう動くのか全部読まれているのだ。

どう動くか、どう感じたか。


そんな状態で、相手の虚をつけるわけがない。


…それならばいっそ。


ぼくは唇を噛んだ。


それならばいっそ、こちらから読んでやろう。


…夢術で未来をる。


当然、見えた未来は向こうにも筒抜けだ。


だが、出た脳波を読む以上、多少のタイムラグは避けられないはず。


勝負は、その一瞬だ。


ぼくは夢術を使う体勢をとった。


左手に力を込める。


しかし、ジャックはぼくの目を覗き込む。


「_____ほぅ?

夢術を使うんですか?

君の実力ならば、この戦いに勝つための未来だってることができますよねぇ。

今回の戦いだけじゃない。

今までの戦いだって、もっと楽に勝てるはずですよ。

…ねぇ。君、なんでそんなに夢術を使いたがらないのですか?」


「…え…?」


ぼくはその目に吸い込まれるような錯覚を覚えた。


思わず一歩後ろに退く。


彼はその赫い目を見開くようにぼくを見つめ続ける。


「…なんで、“予”を怖がるんですかぁ?

怖いんですか、人が死ぬ予知をするのが…?」


「違、う…違う…」


「勿体ないじゃないですか?

そんなことで君の才能を無駄にするなんて」


「違う…っ!」


…何も違うことはなかった、本当は。


だけど、叫ばなければ、否定しなければ自分が消えてしまいそうだった。


本当は分かっていた。


自分が“予”を怖がっていることを。


そのせいで、夢喰い狩りとしての才能を自ら揉み消していたことを。


…だけど、怖いんだ。


怖いよ、人が死ぬ予知をするのは。


不可避の惨劇を予知してしまうのは…もう嫌だった。


戦闘中だと分かっているのに、俯いてしまう。


そんなぼくの左手を、ジャックが掴んだ。


その手の甲に薄らと浮かんでいる“予”の字。


…そっか。


常に発動できる状態で思考を乱されたせいで、気づかない間にほんの少しだけ夢術を使っていたのか。


ぼおっとそんな考えが浮かぶ。


…もう、何も考えたくなかった。


ジャックの声が、耳元で響く。


「…怖がる必要はないんですよ。

誰だっていつか死ぬんですから…いつ死ぬかだなんて、本当に小さなことでしょう?

そんな些細なこと、気にする必要ないんですよ。

…それよりも、どうか____」


彼が、ぼくの左手を撫でた。


それに引っ張られるように、夢術のリミッターがゆっくりと外れていく。


「______わたくしを連れて行ってください。

君の予る、未来へと」


その瞬間、ぼくの中の何かが爆ぜた。


もう、夢術を抑えることはできなかった。



_______夢術:みる



「っぁぁぁぁあああああ!!」


自分の内側から何かが突き出る感覚に、叫び声があがる。


次々と浮かび出るイメージ。


その数の莫大さに、身体も悲鳴を上げていた。


ぼくはその場に崩れ落ちる。


…狂ってしまいそうだ。


狂いそうなほど、たくさんの情報が流れ込んでくる。


これ、は…予知、なのか?


風景、人物、感情…。


やがて、それらは一つの情景に終結した。




隊服を着たぼくが、仰向けに横たわっていた。


腹部から広がる赫い色。


息が薄く、胸の上下は小さい。


そして、少女がぼくに駆け寄った。


ぶかぶかの隊服を着た髪の長い少女。

頭の両側には、緑色のリボンが揺れていた。


「_____シオンっ…シオン…っ!」


彼女がぼくを抱きしめる。


しかし、彼女の体温は、横たわるぼくには届かない。


「嫌、だよ…死なないで…置いてかないで……シオン…!」


彼女の涙が、ぼくの上に落ちる。


ぼくはゆっくりと目を閉じた。


「…××××」


ぼくは、彼女の名前を呟いた。


もう彼女の顔を見ることはないんだと、そのぼくには分かっていた。



そこで、映像は終わった。




気がつくと、ぼくはその場に倒れていた。


今…の、予知は…。


倒れたまま、辺りを見渡す。


あの少年______“ジャック”は、とうにいなくなっていた。


「…ははっ」


喉から、笑い声が漏れる。


ひどく乾いた、絶望的な笑いが。


「あはは…、ぼく…死ぬんすか、ね…?」


もう、起き上がる気力もなかった。


泣くことすら、忘れてしまったようだ。






「誰か…冗談だ…って…言ってほしいっすよ。ねぇ…誰か…」








_____答えてくれる人なんて、いないのに。






24話に続く。

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