第23話 予てはいけない未来 前編

第23話  



ぼく____シオンは、森に向かって走る。


舗装されていない道に入ったところで、すっと冷たい風が走ったのを感じた。


…なんだ?


思わず立ち止まって振り返る。


そこにはただ夜の風景だけがあった。


別段変なことはない、ただの風景が。


誰もいない。


しかし、再び風が吹いた。


今度は左側に、鋭く。


ぼくは反射的に右に避けた。

ブツっという音と共に、左頬に軽い痛みが走る。


痛みを感じたところに手をやると、薄っすらと赫い色が手についた。


…血?


誰もいないのに、何も見えないのに。


なんで、ぼくは怪我を?


疑問が渦巻く中、黙って右手に槍を構える。


そして、目を閉じた。


全神経を触覚に集中させる。


…また、軽く風が吹いた。


右手の槍を回転させ、風上側の防御を高める。


すると、槍の柄に何かが当たった。


微かな高い音をたてて、何かが弾き飛ばされる。


「____やっぱり、誰かいるんすね」


その“誰か”は答えずに、ただ淡々と何かを僕に放ってくる。


…あくまでも、そんな様子の風が吹いている、というだけだが。


ぼくは槍を身体の周りに回す。


高く、軽い音が、“何か”を跳ね返していることを教えてくれた。


目の前で大きな空気の塊が動き、ぼくへと迫る。


ぼくは後ろへ飛び退きながら、その空気の塊へと槍を突き刺した。


「____へぇ、素晴らしいですね」


虚空から声が響く。


ぼくが瞬きをした後、そこには少年がいた。


「見えないのに、戦うことができるんですね。

流石、夢喰い狩りをしてるだけあります」


裾の長いスーツにコート。

そして、頭にはシルクハット。


歳の頃は、ぼくと同じくらいに思われる。


彼は右手でぼくの槍を抑えながら、にっこりと笑った。


「おやおや、そんなに睨まないでいただけますかねぇ?

初にお目にかかります…“ラプラスの悪魔”さん」


ラプラス。


それは、ぼくが生まれた島に冠された名だ。


「…ぼく、ラプラスって名前じゃないんすけど」


「あぁ、すみません。職業柄、本名をあまり使わないもので。

申し遅れました。

わたくし、ジャックと申します。奇術師きじゅつしをしております」


彼は大袈裟に礼をして見せた。


…きじゅつし?


聞きなれない言葉に内心で首を捻る。


すると、彼は顔を上げた。


「…マジシャン、です。私、これでもマジックは得意な方でして」


僕の槍を抑えたまま、彼は開いた方の手をひらひらと振ってみせる。


しかし、彼が掌を一度翻すと____


「…っ!?」


「ね?凄いでしょう?」


_______小型のナイフが一本握られていた。


何もなかったはずの手から、突然に。


彼は笑みを崩さないままぼくに言った。


「さてさて、お喋りはこのくらいにしておきましょうか?

わたくしも使命を全うしなければなりません。

…それでは、安らかにお眠りください、ラプラスさんの悪魔さん」


そして、彼はその姿勢のままナイフを放った。


ぼくは強引に彼の手から槍を奪い返す。


その勢いで右手の甲に槍の柄を乗せて、回す。


ぼくは渾身の力を込めて彼に向かって槍を突いた。


その瞬間。


彼の体がふわりと浮かび上がった____ように見えた。


否、彼は跳躍したのだ。


少年は柄に飛び乗ると、器用に両手のナイフを一本ずつ放る。


ぼくは素早く夢術を使った。


_____夢術:みる


瞬きの間に、ナイフの軌道をる。


その軌道を避けるようにぼくは彼を突き放した。


ジャックは、ふわりと槍から飛び降りると、ニヤリと笑った。


その笑みのあまりの冷たさに、背筋が凍る。


_____なんだ、こいつ。


ぼくの中の本能が警鐘を鳴らしていた。


彼は、その笑みのまま言う。


「本当に君は凄いですねぇ…かねがね噂にはお聞きしていましたけども、本当に未来が見えてしまうなんて…。

さぞかし「未来」とは、面白い景色なのでしょう?

_____どうか、その「未来」…わたくしにも見せていただけないものでしょうか、ね…?」


彼の言葉で、ぼくは何故彼に恐怖を覚えたかを悟った。


…愉しんでいるんだ、戦いを。


命を賭した戦いで、相手を見透かし、策を巡らせ、勝つ。


…彼は、その事自体を愉しんでいるんだ。


戦いを手段としてじゃなく、目的として見てる。


ジャックという少年は、そんな風に見えた。


ぼくは夢術を解く。


これは、彼の要求への、無言の拒絶。


それを理解ったのか、彼は冷たい笑みを解いた。


やけにあどけなく、ジャックは笑い声を上げる。


「___なぁんて、まぁ、未来を他人に見せるだなんて…お願いしても無理ですよね。

今のはほんの冗談ジョークですよ。

…さぁ、戦いは終わってません。殺るか殺られるか…。

この 戦いゲームを思う存分愉しみましょう?」


…そのあどけなさが、逆に彼の恐ろしさを露わにしていた。


彼は楽しそうにまたナイフを構える。

そして、間髪入れずにぼくにそれを放った。


ぼくは一歩踏み込んで彼のナイフを避けると、続け様に槍を突く。


軽く回して、ナイフをあしらって、突きをもう一度。


彼は軽々と曲芸のように飛び回りながら、ナイフを投げてくる。


…あぁ、もう!

ちょこまか動くから狙いづらいじゃないっすか!?


ぼくが狙っているのは、彼の急所じゃない。


寧ろ、急所以外_____特に、脚だ。


____『夢喰いに逢ったら迷わず殺せ。だが、敵が人間だったら、出来る限り殺さずに、戦闘不能にするか気絶させるかしろ』。


これは、隊長から常々言われている事だ。


理由は簡単。


夢喰いは人間に戻ることがなく、人を殺し続ける。

…その罪を二度と重ねることがないように殺す。


一方、人間はまだ更生できる。だから、出来るだけ殺すことは避けるのだ。


それと、理由がもう一つ。


人が人を殺すということは…あまりに精神的な苦痛を伴うから。


ぼくらが壊れることがないように、敵とはいえ人を殺すことは避けるのだ。


____だから、命の危険がない部分を狙っているというのに…彼がちょこまかと動くから、照準がブレる。


歯噛みをして、もう一度右手の甲で槍を回した瞬間。


彼の足が一瞬もつれた。


「…!」


…今だ。


ぼくは槍の回転を止め、その柄を彼の首に叩き込もうとした。


しかし、彼は余裕の笑みを浮かべた。


勝利確定チェックメイト

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