第22話 ひび割れる面 後編


「さぁ、なんのことやら。初めましてだよね?」


怒りのこもった私の言葉に、夢喰いはあくまでも穏やかに返す。


「…何のことだか分からないなら、別にそれでいい。謝られて許せることじゃないから。

それぐらいアンタの罪が重いってこと。

…でも、私は絶対に忘れなんてしない。

許しはしない」


そう、その為の夢喰い狩りなんだから。


夢喰い狩りは正義の味方?


…いいや、違う。


倫理も正解も知ったこっちゃない。

夢喰い狩り私たちは、己の生きる理由を夢喰いを狩ることに見出した者たちだ。


私が見出したのは、怒りだった。


“大切な人”を悲しまさせられて、“大切な時間”を奪われた…怒り。


「あー…どうせ、十年前だろ?」


さもつまらなそうに、夢喰いがそう呟いた。


…そう、十年前だ。


大災害。


その日、私は神社から“こいつ”を見たのだ。


気まぐれにどこかの民家に立ち入っては、血まみれで出てくる。

それを繰り返していたこの夢喰いを。


…そして、その“民家”のうち一軒が凪の家であったことも。


「…良かった、覚えていてくれて。

これで、気負いなくあんたを狩れる」


私は扇を取り出した。


夢喰いはパチン、と指を鳴らす。


その指先から何かが紡ぎ出た。


…幾本もの、太いつた


私は跳び上がる。


蔦が私が一瞬前にいた地面に突き刺さった。


蔦の先は刃のように尖っている。


…あんなの、刺さったら無傷でいられるわけがないじゃない。


蔦の上に着地し、もう一度跳ぶ。


次々と繰り出される蔦の間を跳び回り、後ろに宙返る。


私は扇を交差させ、それを横に薙いだ。


____夢術:ほむら


「…陽炎ようえん!」


扇の風と呼応するように、炎が立ち昇った。


蔦が炎に呑まれ、灰になり、そして消える。


夢喰いがもう一度夢術で蔦を出現させた。


その隙に、私は夢喰いとの距離を詰める。


火扇を回し、相手に叩き込んだ。


夢喰いがふらりと一歩退く。


その指先からまた蔦が放たれた。


蔦を扇で斬り、焼き、そして消す。


炎で焼き切っても焼き切ってもキリがない。


だけど、ここで諦めちゃだめだから。


私は夢喰いから目を離さない。


諦めちゃいけないんだ。


だって、もし諦めたら…また誰かが死んでしまうから。


私は跳び上がり、蔦を根元から叩き切る。


蔦が頬を擦り、痛みが走った。


「っ!」


赫く飛び散る血。


私は体をしならせ、もう一度夢喰いの間合いに入った。


体ごと扇を回転させ、夢喰いの核を狙う。


今更、火力を出し惜しむ必要なんてなかった。


「_____炎刀回環えんとうかいかん!」


炎の渦が現れ、相手を巻き込む。


火力…全開。


炎は、盛大な音を立てて燃え盛った。


扇を突き出し、飛び退く。


自らすら危うく巻き込むような灼熱。


…そんな中で夢喰いが生きのこれるはずがなかった。


ふっと息をついた瞬間_______


「_____え」


眼前に、蔦が迫った。


…避けられない。


咄嗟に顔を庇った左腕を、蔦が貫通した。


激痛が走る。


赫い色が着物を染めた。


…出血…酷いな。


身体から体温が奪われていくのを感じた。


ぎゅっと腕を掴んで、出血を抑える。


火力を少し弱めると、炎の中から夢喰いの姿が現れた。


…作戦変更だ。


あんな火力で生き残れる夢喰いなんて…普通じゃない。


こんなバケモン、私がどうやったって勝てる相手じゃなかった。


…出来るだけ、人のいない方向に誘導する。


この夢喰いが町に放たれたら______何百という被害者が出てしまう。


それだけは絶対に避けなきゃ。


人のいない方に誘導した後は____その時に考える。


私がそう決意した時、後ろから激しい足音が聞こえた。


「_____紅っ!大丈夫か!?」


…最悪だ。


なんで、今_____。


私は唇を噛んだ。


…来て欲しくなかった______凪には。


だって、今から自分がすることは命を危険に晒すことだから。


もう二度と帰れなくなるかもしれないから。


…だから、凪にだけは来て欲しくなかったのに。


思わず、声がこぼれ落ちる。


「こんな…タイミングで、来ないでよ…馬鹿…」


凪だけは、安全な場所でいて。


彼は、私と夢喰いの間に割って入った。


夢喰いを捉えた彼の目が、大きく見開かれる。


「____っ!」


彼の喉から、声にならない声がもれた。


…気づいてしまったのだ。


この夢喰いこそが、彼の両親を奪った夢喰いであることに。


「…凪」


私は彼の腕を掴む。

そして、下を向いたまま告げた。


「コイツは…私じゃ、倒せない。今までの夢喰いとは桁違いだよ」


…私一人じゃ、倒せるわけない。


それは凪も同じ。


だから…どうしても凪を引き止めたかった。


しかし、彼は私の手をつかみ返す。


「…よく、今まで一人で頑張ったな、紅」


私を労った彼の声は、存外に落ち着いていた。


彼は私に振り向いて、笑いかける。


「____もう大丈夫だ。なら」


…そっか。


一人じゃダメでも、二人なら。


そんなこと、私だけでは考えられなかった。



私は顔を上げた。

「…うん!」


やっぱり仁科凪は、私の幼馴染であり、大切な人であり______隊長最高の仲間だ。



* * *



ぼく、シオンは町を駆け巡った。


走りながら周りの人に声を掛ける。


「北桜庭病院に逃げて下さいっ!」


ぼくがた様子、北桜庭病院には夢喰いは来ることはない。


町は粗方見廻った。

あとは…


「森の中っすかね」


ぼくは森を見据えた。

町に程近いところなら、人が居てもおかしくない。


「…よし」


ぼくは森に向かって走り出した。





23話に続く。

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