第22話 ひび割れる面 前編
第22話
「っはぁ…はぁ…」
流石に、走った後に鉄塔をよじ登ったら息も上がる。
俺____竹花優希は、息を深く吸った後、もう一度鉄骨に手をかけた。
鉄塔の上まで行けば、街が一望できる。
何が起こってるのかも分かる。
汗を拭って、俺は鉄骨に掛けた腕に力を込めた。
鉄骨に足をかけ、身を起こす。
俺は立ち上がって、そこから街を見下ろした。
風が強く、隊服のマフラーが靡く。
暗いせいではっきりとは見えないが、あちらこちらに夢喰いのような影が見えた。
逃げ惑う人々の影も。
しかし、まだ被害は甚大とまではいえないようだ。
俺はそっと息をついた。
…これ以上被害が広がる前に隊の皆に加勢したい、が____
振り返って、背後を見る。
____こいつを始末してからみたいだな。
黒いローブに狐面。
いつしか見た、“救済の暁”とかなんとかいう集団の格好をした者がそこに居た。
…途中から、
だからこそ、人気のない方に誘導してきたのだ。
できるだけ関係ない人間に被害が出ないように。
俺は鎖鎌を右手で弄ぶ。
相手は、ローブの下からそっと小さなカッターを取り出した。
…カッター?
俺は内心首を傾げた。
たしかに、カッターは武器になる。
しかし、鎖鎌を持った相手と戦うのにそれじゃ、あまりにも小さすぎる。
二つがぶつかり合ったら、カッターなんて簡単に弾き飛ばされてしまうだろう。
そう思った瞬間、敵は自分の腕にカッターを突き刺した。
「なっ…!?」
思わず声を上げてしまう。
自分でカッターを刺した!?
しかも、相手はまるでそれが当然の行為であるかのような表情をしている。
彼…彼女?かは分からないが…は、躊躇なくカッターを腕から引き抜いた。
当然、赫い色がその白い肌から飛び散る。
______夢術:
垂れた血が地面に落ちる寸前、敵は夢術を使用した。
敵の体から血が浮かび上がり、蠢き始めた。
ぼこぼこと隆起し、やがて形を作り始める。
やがて現れたそれは、深い赫色をした剣だった。
敵は、その切っ先を俺に向ける。
「…なるほどな、血を操る夢術か」
俺は相手を軽く睨んだ。
「なぁ、そこどいてほしいんだけど。
大人しくどっか行ってくれれば、今は見逃すからさ。
俺も此処で時間食いたくねぇしな」
しかし、相手は動く様子がない。
落ち着いた声が狐面の下から聞こえた。
「…退かない。
“夢喰い狩り”を殺すのがヨザキ様からのご指令だから。
…それがうちの
声から察するに、おそらく相手は女性のようだ。
「お前、“救済の暁”だよな。
お前らは、何が目的なんだ?
罪ない人狙ってさ、何か楽しいことでもあるわけ?」
俺の問いかけに、彼女は自分の手を胸に当てた。
「…“救済の暁”が求めるのは崇高なこと。
“死”からの逃避。
究極の救済。
無駄の排除。
夢術者が夢喰いになることは、全ての苦しみや死から解放されること。
夢喰いに喰われた人は、夢喰いの血肉となり、永遠を生きることになる。
それも、全ての苦しみや死からの解放。
…それって素晴らしいことじゃない?」
「はっ」
俺は吐き捨てた。
_____「苦しみや死からの解放」だ?
夢喰いになることの正当性をグダグダ言ってるが…自我を失って周りの人間を殺すことしかできなくなることを、どうして「生きている」なんて言えるんだか。
…そんなもの、生きる屍よりたちが悪い。
「悪りぃな、お前らとは分かり合えねぇわ」
相手に退く意思がなく、分かり合えもしないなら、残された道は血の道しかない。
俺は一つ息を吐くと、相手に向かって鎖鎌を放った。
彼女は高く跳び上がると、鎖の軌道を避ける。
…だが、そんなの織り込み済みだ。
俺は足で自らの鎖を絡め取り、軌道を曲げた。
鎖は上に跳ね上がって、彼女に襲い掛かる。
彼女は空中で舞うように回ると、俺のすぐ横に着地した。
重力なんて感じさせないように、軽々と。
彼女の華奢な体に似合わない、大振りの剣を振りかぶる。
その剣先が眼前に迫るまでそう時間は掛からなかった。
「っ…」
俺は体をのけぞらせて、どうにかそれを避ける。
そのまま数歩退く。
俺は宙を舞う鎖を引き、彼女の頭部を狙ってそれを回した。
彼女はそれを避けるように俺の方に踏み込み、間合いへと入る。
俺が後ろに下がる暇もなく、彼女の剣が俺を捉えた。
「いっ、て…ぇ」
腕の皮膚が深く切れ、痛みが鋭く走る。
俺は鎖で彼女の剣を突き放した。
彼女は軽く後ろに下がる。
そこを鎖の先のくないで突く。
彼女の胸すれすれで、それは空を切った。
しかし、彼女の体勢が崩れかける。
そこを続け様に狙う。
鎖の先が彼女を捉えた。
ピッ、と彼女の面にヒビが入る。
「ぁ…っ」
彼女の体が傾ぎ、鉄骨を踏み外した。
考えるよりも先に体が動く。
「あぶな…っ!」
敵だというのに、反射的に俺は彼女の腕を掴んでいた。
ギリギリのところで彼女は踏みとどまる。
…馬鹿。
何やってるんだ、俺は。
遥か下の地面に落ちるのは、彼女の割れた仮面。
彼女は俯いたまま、唇を動かした。
「…なぜ、助けた?
自分を殺そうとした人間を」
彼女は顔を上げ、俺を睨んだ。
その眼は、赫くも何ともなかった。
…美しい、黒。
それは、俺の知っている色だった。
思わず、俺は彼女の名を呟く。
「_____な、撫子…?」
枸橘撫子…“私”の親友の名を。
* * *
「_____その部隊は町の北東部に。出来るだけ町全体を囲い込め」
その言葉で、私は“その夢喰い”が今回の中心だと悟った。
だからこそ、その夢喰いが単独になった時に姿を現す。
…ここは、桜庭町から少し離れた森の中。
すぐ側には、切り立った断崖絶壁が垂直に降りていた。
夢喰いが、私の_______鬼ヶ崎紅の姿に気づき、薄い笑みを浮かべる。
「…夢喰い狩りか。悪いことはいわない。逃げるなら早い方がいいよ」
甘い言葉で、夢喰いは私に背を向けさせようとする。
…その目は虎視眈々と私を狙っていて、初めから逃げさせる気すらないというのに。
「馬鹿にしないで。…忘れたとは言わせないから」
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