第21話 第二の大災害 後編





…残念だが、今回は僕の“夢喰いの気配を感じる”特技は役に立たない。


なにしろ、夢喰いの数が多すぎるのだ。それに、個体個体の夢術が強い。


だから気配が混線して、場所まで把握できない。


僕は町の中を走り回った。


これだけの夢喰いが一気に襲ってくるということは、それを統率する者がいるということだ。


その“本丸”の捜索と破壊は紅さんと凪さんに任せている。


僕の役目は、町の被害を止めること。


僕は、より夢喰いの気配が濃い方にと歩みを進めていた。


逃げる人々と逆の方向へと。


より血の匂いが濃い方へと。


その時、僕のすぐ横で土煙が上がった。


轟音と、悲鳴。


辺りに土埃が舞い上がり、一瞬怯む。


しかし、それはそこに夢喰いが存在していることの証明だった。


…怯んでる暇なんて無いよな。


僕は咳き込みながら、目の前にあるものを睨んだ。


太い触手のようなものが生き物のように蠢いている。


半透明のそれには吸盤がいくつも付いていて、さながら蛸のよう。


幾本もある触手は僕を認知すると、僕に襲いかかった。


夢術:やいば


刀を空中で掴み、周りの触手に斬りかかる。


しかし、あまりの手応えに僕の刃は止まった。


なんだこれ…弾力が、すごい…!


刀を押し返されそうになりながら、どうにか触手を叩き斬った。


土埃の向こうに黒いローブを着た夢喰いがいるのを見える。


その“本体”を守るようにして、半透明の触手が絡みついていた。


…蛸の触手を操ってるのは、こいつか。


夢喰いが腕を振ると、それに呼応するかのように触手が動いた。


しなりを帯びたそれは、真っ直ぐ僕に向かってやってくる。


僕は刀の峰を左手で支え、それを防いだ。


そのまま押し合いになる。


…しかし、小柄な少年一人と、巨大な触手。


どちらが優勢かは言わずもがなだった。


強く押し込まれ、足が地面を滑る。


そこに、横から他の触手が襲いかかった。


「っ…ぁ…!」


僕の体は最も容易く弾き飛ばされる。


視界が回り、数メートル先の地面に激突した。


痛む脇腹を押さえ、僕はなんとか立ちあがろうと手をつく。


僕が立ち上がるのと、触手が上から覆いかぶさってきたのはほぼ同時だった。


…間に合わない。


僕はその場に転がった。


間一髪、触手が僕のすぐ横に落とされる。


しかし、すぐに触手は軌道を変えた。


体勢を立て直せないまま、刀を振るう。


その斬撃は、触手の攻撃を弾いた。

斬りつけられた触手が一瞬、怯む。


僕はその隙に立ち上がって走り出す。


…夢喰いの方に。


襲いくる触手の合間を縫うように走る。


夢喰いのすぐ近くまで走り寄ると、僕はその根元に刀を刺した。


夢喰いを護るように生えていた触手が千切れ、灰となる。


僕は刀を握りなおすと、夢喰いの核に向かって刀を振るった。


「届、け…っ!」


あと、ほんの少し。


それだけで、核に刃が届く。


しかし、次の瞬間には、僕の体は遥か上空に撥ね上げられていた。


「_____え」


残った触手が、僕を撥ね上げたのだ。初め、そうだと気が付かなかった。


なす術もなく、視界が半回転して体が落下する。


僕が叩きつけられるように落ちたのは、近くの民家の屋根の上だった。


骨が軋む。


痛みに耐えながら身を起こすと、眼前に触手が迫るのが目に入った。


…これ、無理だ。


そう思ったが、時すでに遅し。


夢術で対抗する時間も、避ける気力も残っていなかった。


ただ姿勢を低くすることしかできず、僕は縮こまって目を瞑る。


…しかし。


僕の身体を触手が貫通することはなかった。


触手の先が僕に届く寸前、それが折れ曲がったからだ。


何か棒のようなものがそれに突き刺さり、ブツッという音がする。


触手の軌道が変わり、僕の頭上すれすれを通る。


それに刺さった物を見て、僕は息をついた。


「玲衣、さん…」


玲衣さんの矢が、触手に突き刺さっていた。


「風磨さん!ご無事ですか!?」


屋根の下の方から彼女の声が聞こえる。


僕は痛む身体を鞭打ち、屋根から飛び降りた。


「ありがとうございます…助かりました」


僕の言葉に彼女は少し頬を赤く染める。


「間に合ってよかった…」


それから慌てたように表情を固くし、弓矢を構えた。


「…町の見廻はシオンさんにお願いしました。

私たちはこの夢喰いに集中しましょう」


「ですね」


僕も頷く。


その声に呼応するかのように、触手が玲衣さんに襲い掛かる。


彼女は身を翻すと、触手から飛び退いた。


矢を弓に素早くつがえると、数本纏めて放つ。


少しだけ指を放つタイミングをずらしたのだろうか。


矢はそれぞれ異なった軌道を描いて飛んでいく。それは、蠢く数多の触手の間をすり抜け、“本体”の方に飛んで行った。


夢喰いは、素早く体の前に触手を生やし、射撃を防ぐ。


僕は夢喰いが矢に気を取られている間に、その本体に走り寄った。


地面を強く蹴る。


体が宙に舞う。


空中で刀を振りかぶった。


触手の防御が緩んだ瞬間。


僕は核に向かって思いっきり刀を振り下ろした。


しかし、核は砕かれなかった。


別の触手が僕を襲ったのだ。


慌てて着地して避けるが、酷く触手に打ちつけられる。


脇腹に痛みが走った。


おまけに無理な体勢で着地したせいで、バランスを崩し、僕はその場に転がった。


「っ…ぅっ…」


先程からの怪我が重なり、すぐには立ち上がれない。


太い触手がまた僕を弾き飛ばす。


防御できず、僕は地面を跳ねるように転がった。


鈍痛が頭に響き、意識が遠のいていく。体に力が入らない。


…まずいな、これ。


脳震盪のうしんとうだ。

体がうまく動かない。


数本の触手が僕を串刺しにしようと伸びてくるのが見えた。


しかし、視界が塞がれる。


玲衣さんが僕の前に立ち塞がったのだ。


「危、な…っ」


思わず僕は呟いたが、心配する必要はなかった。


彼女は弓を当てて触手の軌道を逸らす。


触手に弓を付けたまま、矢を放った。

それは深く深く触手に突き刺さる。


驚いたように触手が退いていった。


その一瞬の隙間を狙って、彼女は僕を振り返る。


抵抗する間も無く身体を抱きかかえられ、民家の後ろに連れて行かれた。


「ちょ…れ、れれれ玲衣さん!?」


戦闘中ということを忘れ、思わず叫んでしまう。


お姫様抱っこなんですが!?


「す、すみません…すぐ治癒しますから!」


違う違う!


謝るとこじゃないし、問題そこじゃない!


混乱する僕を、玲衣さんはそっと地面に下ろす。


頭に優しく手を当てられて、そして。


_____夢術:いやす


仄かな光が僕を包んだ。


だんだんと痛みが退いていく。


数秒後にはもう僕は立ち上がれるくらいに回復していた。


身体の回復と共に、精神も落ち着きを取り戻す。


…大丈夫、まだいける。


お姫様抱っこで受けた衝撃も治まり、僕は立ち上がった。


そんな僕を、玲衣さんが慌てて止める。


「だ…っ、駄目です!まだ、安静に…!」


僕は制止を振り払って夢術を使った。


_____夢術:やいば


「…玲衣さん、ありがとうございます。

でも、僕は戦わなくちゃいけないんです。

僕が決めたことだから、僕が果たすんです」


夢喰いを倒して、を救う。


僕は拳を握りしめた。


それに一歩でも近づけるのならば、その歩みを止める暇はない。


その拳を、玲衣さんの手が包み込んだ。


「…大丈夫です。私も一緒です」


僕らは手を取り合って、夢喰いへと駆け出した。





22話に続く。



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