第21話 第二の大災害 前編
第21話
____10年前。
後に「大災害」と呼ばれる事件があった。
“救済の暁”のうち丸々一隊が動員され、桜庭町を含む広範囲を襲った。
結果的に莫大な人が亡くなったのはいうまでもない。
それは、正に地獄だった。
たった一隊で、しかも広範囲でそれだ。
同じ軍勢を、狭い範囲_____例えば、一つの町に送り込んだらどうなるだろう?
赤い夕日の下、救済の暁・第四隊が動きを開始する。
それは、この世の地獄の門が開く合図だった。
* * *
音が響く。
琴の音だ。
誰もが息を止め、音を奏でることに集中する。
幾重にも重なり、交わり、溶け合う音。
此処は、東桜庭大学附属高校の西部室棟。
私____竹花心呂は、琴部の部長だ。
弦を爪弾きながら、全身で音を感じる。
一見美しい音の重なり。
しかし、小さな綻びは隠せはしない。
音を奏でながら、その原因を探っていく。
最後の一音と共に、その理由は明らかとなった。
______主旋律が、まとまってない。
私はそっと部員の方を振り返ると、感じたことを言葉にする。
「…一年は、形になってきています。今後も頑張ってください。
二年は、一音一音を大切にしてください。音の切れ目が少し目立ってますよ。
三年、全体の音を聞きながら演奏してください。
それと、主旋律。もっと自信を持って弾いてください。
音が小さく、全体がぶれています」
主旋律パートが、少し眉を顰める。
「…す、すみません、部長」
主旋律パートの一年がおずおずと手を上げた。
「あの…パートリーダーの枸橘先輩、休みなので…」
主旋律パートのパートリーダーであり、副部長。
彼女はここ最近学校を休みがちになってしまっていた。
主旋律パートは、撫子を除くと、ほぼ一、二年で構成されている。
…たしかに、彼女がいない状態で主旋律パートを纏めろ…っていうのは酷ね。
「…そうですね。
では、一人一人が互いの音を聞きあえるように練習して下さい。
今日はもう遅いですし…解散」
私の掛け声と共に、部員たちが頷く。
彼らは各々琴を片付け始めた。
静かだった部室が一気に騒がしくなる。
「…枸橘先輩、来ないね」
「来てくんないと私らが困るんだけど」
二年生たちがそんな会話をしているのが耳に入る。
「…撫子」
思わず彼女の名前を呟く。
特に理由もなく学校を休む子じゃないのに、どうして。
何も相談なく学校に来なくなるなんて…、私たちは“友達”じゃなかったの?
思考が悪い方向に落ちていく。
そんな思考を捨てるようにため息をついた時、足元が揺れた。
ドォォォン________
重低音と共に、地響きが床を揺らす。
…今の、爆発音!?
戸惑う部員たちに、私は言った。
「走らず、全員体育館に避難。
身の安全を確保してください」
指示に従い、部員たちは我先にと部室を出て行く。
部室に残ったのは、私だけ。
他に誰もいない事を確認すると、私は鞄の中に手を突っ込んだ。
鞄の奥から、鎖鎌を引き摺り出す。
そして、窓に縋り付くと、その窓枠に手をかけた。
…ここは三階。
飛び降りれないこともない。
一瞬のためらいののち、窓枠を飛び越えた。
遥か下の地面に着地する。
…何か只事でないことが起きているのは明らかだった。
他の隊員と連絡を取る為にも、現状をいち早く把握するべき。
その為には、高いところから町の様子を確認するのが一番手っ取り早かった。
ここの近くで高いところ…。
「…あそこだ」
目線の先は、山の上。
電波塔として利用されている鉄塔がそこにあった。
私はそこに向かって走り出した。
…10年前、“大災害”の口火を切ったのは、一つの大爆発だったらしい。
もし_______もしも、仮にそれと同じような事が今起きようとしているのなら____。
私は山道を駆け上がりながら、鎖鎌を構えた。
_____夢術:
悲劇が起きようとするなら、俺が止めてみせる。
絶対に、誰にも俺の居場所は奪わせない。奪わせて、たまるものか。
* * *
その瞬間が訪れたのは、突然だった。
「っ!?」
ぐらり、と視界が揺らいだ。
僕は______桜坂風磨は、その場にしゃがみ込む。
き…気分が…悪い。
頭の中がかき混ぜられるようだ。
吐き気すら感じる。
…何なんだ、これは…?
拭えない恐怖感と不安感。
それらが僕を襲い、深い沼の底に落とす。
そんな僕を現実に引き戻したのはシオンの声だった。
「風磨!大丈夫っすか!?」
倒れかけた体をグッと引き上げられる。
そのおかげで、少し意識が明瞭になった。
「…ぐ、具合悪い…」
僕の情けない返答は、凄まじい音にかき消された。
ドォォォン________
凪さんが反射的に窓に近寄り、それを乱暴に開いた。
彼は目を見開いて、唇を小さく動かした。
「爆発…?」
その小さな呟きが、僕の耳に入る。
____あぁ、これは。
僕は、自分がなぜ具合が悪くなったかを理解する。
これは…“あの時”と____大災害と、同じ気分なんだ。
キャパシティを遥かに超える量の夢喰いの気配。
僕は思わず呟いていた。
「…夢喰いが、たくさんの夢喰いが、来ます」
「「っ!?」」
その場にいた全員が息を呑む。
…そう、みんな怖いのだ。
夢喰い狩りになる人の大半は、親しい人を夢喰いに殺されている。
…その
しかし、凪さんが勢いよく振り返った。
「全員、隊服に着替えろ!
桜庭見廻隊は、これより見廻を開始する。
夢喰いは即、倒せ。
だが、無理だと思ったら迷わず退け。
無茶はするな」
それは、よく通る声だった。
恐怖で固まった心に、彼の言葉で血液が流れ出す。
…怖い。
夢喰いがまた“あの”惨劇を起こすんじゃないかと考えると、怖い。
だけど。
その惨劇を止める為に、僕らは夢喰い狩りになったんだ。
その為の夢術だ。
「…了解です、
紅さんがすかさず反応した。
それに続き、その場にいた玲衣さんとシオンが隊服を取りに部屋に駆け戻っていく。
僕も立ち上がる。
しかし、まだ夢喰いの気配に呑まれているのか、足元がふらついた。
揺らいだ身体を支えてくれたのは、凪さんだった。
「____体調、大丈夫か?
キツいなら休んでて良い。俺らでなんとかするから」
僕は、かぶりを振る。
「大丈夫です、問題ありません。
…僕は、僕の役目を全うします」
僕はそっと彼の支えを外した。
彼の腕から離れ、しっかりと自分の足で立つ。
もう誰も失わせない。
「…僕は、戦えます」
凪さんは一瞬呆気に取られたようだったが、すぐに口元を綻ばせた。
「よく言ったな、風磨。だが______」
彼は僕の頭にぽん、と手を置いた。
「____何度も言うが、無茶はするなよ。
お前が居ないと悲しむ奴もいるんだから」
僕は彼の手の下で強く頷いた。
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