第20話 踊る蒼と紅 後編


彼(…と仮定しておく)が首を傾げると、それに合わせて長い髪が床に流れた。


僕は、それを無視して刀を構える。


しかし彼はあくまでも余裕だ。


「あれぇ?もしかしてボクを倒す気でいるのぉ?

…呑気だねぇ。これから君はボクに殺されるのに、ねぇ?

冥土の土産だよ、ボクとちょっとお話ししようじゃないか」


「…話すことなんてない」


早く、倒すこと。


それが一番今必要なことだ。


夢喰いは、大袈裟に肩をすくめて見せる。


「あーあー、つまんないなぁ。

どうやらキミは生意気みたいだねぇ?

どう足掻いてもキミに勝ち目はないんだから、ちょぉっとくらい寿命伸ばしてあげようかなぁ…っていうボクの優しさ、分かってよぉ」


「…」


答える必要はない。


僕はそう判断した。


刀を振りかぶり、彼に斬りかかる。

夢喰いは軽く舞い上がると、花が落ちるように隣のベッドに降りた。


「人の話は最後まで聞かなきゃだめだよぉ?」


彼は宥めるようにそう言うと、軽く指を振った。


______りん 


その指先から、蒼炎の帯が現れる。


燐…?

燐ってなんだ?


残念だが、その答えを探す暇はなかった。


帯が僕の周りにまとわりついてくる。

絡みつくように、捻れ、廻る。


僕は刀を振った。

縦横無尽に繰り出す斬撃は、帯を裁断していく。


…凪さんの言う通り、多少帯の炎に手が触れても熱く感じない。


よく見ると、帯の端っこに白い粉末がくっついていた。


それに気をつければいいのか…。


僕は一歩退いて、体制を立て直す。


夢喰いは相変わらずベッドに脚を組んで座っている。


なら、狙うべき方向は一つ。


からだ。


急に立てない体制ならば、上から狙えば一番避けられづらい。


僕は炎の帯を断ち切りながら走り、夢喰いの眼前で床を蹴った。


夢喰いの頭上に跳び上がる。


彼は、僕が一瞬前にいた場所に火を放った。

炎を間一髪で避け、夢喰いに刀を振り下ろした_______


はずだった。


「ぅ…っ!」


腹部に強い痛み。

あまりの衝撃に、刀を取り落としてしまう。


「…ねぇ?だから言ったでしょ?

キミにボクは倒せないよ…って」


夢喰いが拳を開く。


刀が振り下ろされる寸前、夢喰いは拳を僕に叩き込んだのだ。


放たれた炎に気を取られて、拳の動きが見えなかった。


僕は床に転げ落ちる。


腹部をやられ、呼吸が苦しい。


それでも立ちあがろうとした僕を、夢喰いは床に押さえつけた。


彼の長い髪で視界が塞がれる。


「…キミの思うこと、考えること…全部、んだよぉ?

キミが何をしようとしてるかなんて、お見通し。

そもそも最初から、キミらに勝ち目なんてないんだよぉ?

さぁさ、どうする?死に方くらいは選ばせてあげる」


身動きが取れない。


夢喰いの言う通り、勝ち目はなかった。


…力量の差だなんて、明瞭だった。


夢喰いがくすりと笑う。


「あぁ…いいねぇ…。

いい顔してるよぉ。

怖くてたまらないんでしょ?

首を焼き切られたい?

それとも、心臓を食い破られたい?

…大丈夫。たっぷり 可愛がって痛ぶってあげるからぁ」


彼は僕を押さえつけていない方の手で、炎を生み出す。


もちろん、白い粉末上のものも。


その炎が僕の首筋の真横で揺れる。


「…っ」


助けて…誰か。


こんな入り組んだ病室の一室じゃ、誰も助けなんて来ない。


そう分かっていても、思わず願ってしまった。


青白い炎の先が首筋に触れ、ぎゅっと目を瞑る。


その時だ。


ドアの方から凄まじい音がした。


「…遅くなったね、風磨くん!」


重いドアを蹴破った彼女が、僕に笑いかける。


「っ…紅さん…!」


彼女は、僕から夢喰いに視線を移すと、静かに言った。


「…で?うちの隊員から手を離してもらえますかね?」


しかし、夢喰いも怯むことなく答える。


「こんばんは、お嬢さん。

手荒いマネはしたくないんですよ…すぐ終わらせますから黙っててもらえます?」


「…私の言ってる意味わかります?

とりあえず、その炎消しなさい」


紅さんは笑顔を崩さないまま夢喰いに応対している。


…目だけを除いて。


僕に向けられているものじゃないと分かっていても、とにかく目が怖い。


人を殺せそうなほど冷たい目を、彼女は夢喰いに向けていた。


しかし、夢喰いも夢喰いで、その冷たい目をさらりと流している。


「わぁ、生意気盛りだねぇ。

キミから可愛がってあげようか?」


「奇遇ね。私も全く同じ気分」


彼女が扇を持つ手に、青筋が立っている。


夢喰いは、うんうん、と満足そうに頷いた。


「それは嬉しいなぁ。ねぇお嬢さん。仲良くしよう、ね?」


ブチッ…という音がした。


その途端、紅さんから笑顔が掻き消える。


…さっきの音は彼女がキレた音…なのか…?


「ごめんね、風磨くん。

耳障りだよね?

…大丈夫。すぐ静かにさせるから」


彼女はそう低く呟くと、扇を構えた。


________夢術:ほむら


彼女が床を蹴って、跳んだ。


僕の“跳ぶ”、とは比較にならないほど軽やかに。


舞い上がった火の粉のように。


扇の周りに赤い炎が現れ、美しくひらりひらりと回る。


空中で踊るように回った彼女は、僕に_____僕の上にいる夢喰いに向かって舞い降りた。


…でも、夢喰いは攻撃を読めてしまう。


当然、夢喰いが炎の帯を出現させた。


夢喰いの蒼炎と紅さんの紅炎。


その二つが交わった瞬間、炎が青白く燃え上がった。


「…っ」


夢喰いの方が、火力が強いのか…?


僕が青い炎に照らされながら唇を噛んだ時。


紅さんの思考を“教えてもらった”夢喰いが目を見開いた。


それと対照的に笑う紅さん。


「_______八熱地獄はちねつじごく


彼女の呟きと共に、炎の動きが変わった。


それが横に広がるように伸びて、渦を描く。


「残念ね。アンタには


彼女が空中で扇を合わせる。


炎に合わせるように鋭く回る紅さんが、夢喰いの核を穿った。


彼女は柔く夢喰いの胸を押すと、僕のすぐ横に着地する。


一瞬遅れて、夢喰いは灰になった。


「…大丈夫?風磨くん、怪我はない?」


振り返った彼女は美しく、そして強かった。


彼女が差し伸べてくれた手をとって、僕はどうにか立ちあがる。


紅さんは、僕の服についた埃を払いながら言った。


「…リンは、条件によれば30℃ちょっとでも発火するのよ。

だけど、燃やされたリンは皮膚を侵す。

だから炎を操ってるみたいに見えたけど、あの夢喰いが本当に操れるのは“リン”だけ。炎はできないのよ」


彼女が夢喰いの説明をして、にっこりと笑った。


「そ、そうなんですね…」


…すみません、化学苦手なんです。

1ミリも分からないです。


でも、流石にそうとは言えない。


僕が曖昧に笑って誤魔化そうとした時、外から誰かが駆け込んでくる音がした。


振り返ると、凪さんがドアに手をついて立っていた。


…主を失った夢術が解け、あの狐も消え去ったのだ。


彼は僕らを見て、安堵したように息を吐いてその場に崩れ落ちる。


「凪っ!」

「凪さん…!?」


紅さんが凄い速さで駆け寄り、彼の体を支えた。


彼はさっと右手を背中に隠すと、弱々しい笑みを見せる。


「…あぁ、少し疲れただけだ。心配ない」


しかし、紅さんが彼が隠した手を見逃すはずがなく。


「凪、ひどい火傷…!」


彼の赤く爛れた腕が痛々しい。


しかし、凪さんはあくまでも静かに言った。


「大したことはない。それよりお前ら怪我は_____」

「病院の表の公園に水道あったはずよね?早く行くわよ」


「____え」


紅さんの言葉に、キョトンと凪さんが口を開けた。


「凪、自分の心配くらい自分でしてよね?

…痛い?動かしても大丈夫?」


「……ちょっと、だけ」


宥められる子供のように、彼は呟く。


ちょっと恥ずかしそうにふてくされて。


僕はそんな二人の様子を見て思わず微笑んだ。


…本当に、仲いいな。


僕にも、そんな関係の人ができたら________


紅さんは凪さんの手を取ると、僕を振り返った。


「ほら、風磨くんもおいで。早く応急処置しよ」


「…はい!」


_______少しは幸せになれるのだろうか。


“幸せになりたい”。


そんな当たり前の願いを感じたのは、すごく久しぶりな気がした。




* * *



“ジャック”は、ゆっくりと目を開いた。


「…」


廃病院にて、夢喰いの指揮をしていたことを思い出すのに時間がかかる。


「…終わったんですね」


“心”の終わり。


それは彼が意識を取り戻す時であり、戦闘が終わる時でもある。


夢喰いから何も反応がないことからすると、おそらく“狩られた”のだろう。


しかし、特に落胆はなかった。


強いて言うなら、せっかく考えた作戦が無駄になった残念さくらいか。


…でも、大丈夫。


彼は明るい月の下に出た。


掌を空にかざす。


「…大丈夫ですよ、“教祖サマ”?」


全て壊して見せますから。


このわたくしが。



3、それが決行の日。


そう、そのに仮に名をつけるなら_______




_______第二の大災害、だ。







21話に続く。


______次回、『第二の大災害編』開始。



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