第18話 優しい唄と不安の波紋 後編



「…って、良い話で終わるとでも思ったのか?」


あまりに冷たい、凪さんの視線。


「うぅ…」


絶対零度よりも冷たいその視線に耐えられず、僕は俯く。


襲撃されたとはいえ、一応“夢喰い狩り”にあたるので、ことの有り様を彼に説明する必要がある。


…そして、やっぱり怒られた。


まぁ、予想してなかったわけではないのだ。


無茶しないって紅さんと約束したのに、あれだけ無茶苦茶な戦い方したし。


ぶっ倒れたのも事実だし。


凪さんが大きくため息をつく。


「はぁ…なんですぐ無茶するんだよ、お前ら…」


「あ、で、でも…ほら、私の夢術ありますから…」


玲衣さんが弁解するが、どう聞いても言い訳にしか聞こえない。


「…確かにそうだが、玲衣」


「ひゃい…」


さすがの彼女も、この程度の言い訳で怒られるのを逃れられるわけないと分かっていたのだろう。


彼女は観念したように苦笑した。


凪さんは、僕たちを軽く睨みながら言う。


「…狙われてるって分かってる上で一人で行動する玲衣も玲衣だし、自分の限界以上の夢術を使ってぶっ倒れる風磨も風磨だ」


「はい…」


…返す言葉もございません。

全く、凪さんの言う通りです。


凪さんは腕を組んで続ける。


「玲衣の夢術も万能じゃない。

お前らは不死身っていうわけじゃないんだぞ。

生身の人間だ。

ちゃんと実力とか現状をわきまえて______」

「まぁまぁ、良いじゃないのぉ。

二人とも無事なんだし」


彼の言葉を遮って、紅さんが僕らの頭をぐりぐりと撫でた。


「ね?」


「ね?じゃないだろ、人が話してる時に…」


凪さんがうんざりとした表情になる。


しかし、それをガン無視して、紅さんは僕らの顔を覗き込む。


「凪、二人のことすっごく心配してたんだよ〜?

もう無理はしちゃだめだからね」


僕はコクコク、と頷いた。


凪さんの雷が落ちるのだけは回避でき、とりあえず一安心だ。


当の凪さんは、耳たぶを真っ赤にしている。


「べ…別に、心配とか…」


ボソボソと彼がつぶやく。


「えぇ〜?」


紅さんが、自らの手を口元に当てた。


ニヤニヤと笑いながら、言う。


「“二人が怪我したらどうしよ〜”ってあんなにオロオロしてらっしゃったのは、どこのどなた様かしらぁ?」


「ばっ…!」


耳だけでなく、彼の顔全てが真っ赤になった。


それを見て玲衣さんが目をキラキラさせる。


「凪さん…」


「やめろ、玲衣っ、そんな目を輝かせるな!

あ、あれはただその…っ」


凪さんが慌てまくっているのが分かりやすく伝わる。


「もぉ〜、凪は素直じゃないんだから」


慌てた彼を見て、余計紅さんが笑った。


_______幼い子供を見ているような目で。


彼は諦めてそっぽを向き、拗ねてしまう。


…本人は絶対認めないだろうし、言ったら怒るだろうけど…凪さんは、なんだかんだ優しい。


ただ目つきが悪くて、言葉が硬くて、不器用なだけだ(これも言ったら怒るだろうけど)。


「風磨くんも玲衣ちゃんも災難だったね…かわいそうに…」


紅さんに頭をなでなでされる。


この歳になって撫でられるのは恥ずかしいことには恥ずかしいのだが、実を言うとちょっと安心するので、されるがままにしておいた。


「…しかし、玲衣が狙われてるっていうのは思い違いではなさそうだな」


凪さんが考え込むように言った。


ただ拗ねてたわけではなく、考え事をしていたのだろう。


「“ヨザキ”に迎え撃つのはほぼ不可能だ。

一端の夢喰い狩りが勝てるような相手じゃない。

…ということは、“ヨザキ”の狙いを明らかにする必要があるな。

何が原因かを見つけ、それを取り除く」


…“ヨザキ”。


その名前は、どこかざらついた耳馴染みがあった。


あいつは、何を企んでいるんだ…?




* * *





山奥、人が決して踏み入れないようなところ。


そこに、塔が一つ建っていた。


“普通の人”ならば誰も知らない、知る由もない塔。


そこの最上階に、少年_______の姿をした夢喰いがいた。


その目は血よりも濃い赫。


彼はその部屋の奥に設置された仰々しい玉座にて、身体をくつろがせていた。


頬杖をつき、ひな壇の下に目を遣る。


そこには、跪き、薄い笑みを湛える少年がいた。


彼は夢喰いではない。


…“人”であることを捨てた人間だ。


「_____なので、“双子の夢喰い”は夢喰い狩りに殺されました。

いかがしましょう、?」


燕尾服にシルクハット。


夢喰いの少年に報告をする彼は、さながら奇術師マジシャンのような服装だった。


帽子の下から覗く目に宿るのは、好奇心と嘲笑。


夢喰いは、そんな彼に静かに言った。


「…その呼び方を止めろと何度言ったら分かるか?」


「申し訳ございません、様」


少年は首を下げて謝るが、そこに反省は微塵も見られない。


ヨザキは、それを気に留めずに語りだす。


「“双子の夢喰い”には元より期待していない。アイツらが無能だった。

それだけのことだ。

レイ_____神奈月玲衣の始末は、そう簡単にはいかないだろう。

アイツには桜坂風磨もついている」


ヨザキはコツコツ、と指先で肘掛けを叩いた。


これは彼が考える時の癖。


それを理解していたからこそ、少年は静かにヨザキの言葉の続きを待つ。


ヨザキは、眉一つ動かさずに言った。


「…桜坂風磨を殺せ。

そっちから始末した方が楽だろう。

別に犠牲は厭わない。

代わりはいくらでもからな」


ヨザキがさぞつまらなそうに言った言葉に、少年は密かに笑う。


____嗚呼、やっと面白い展開だ。 


負け戦じゃない、本気の“殺し合い”。


そこで何が起きる?


何を見せてくれる?


そんな本心を隠し、少年は静かに応えた。


「…御意」




長い長い廊下を歩きながら、少年はほくそ笑む。


…ヨザキ様には感謝している。


尊敬をしていないわけじゃないし、ヨザキ様の為ならこの手だって躊躇なく汚す気でいる。


…だけど、それとこれとは別。


あくまでもわたくしは自分の意思で彼に仕えている。


必要があるなら見捨てる。


それが得策ならば裏切る。


わたくしにとって、得だから。


それが、元の名を捨てたわたくしが____________“ジャック”がヨザキに仕える理由。



少年は、長い廊下を振り返り、ヨザキがいる部屋を見遣る。


彼は少しだけ笑い、そして姿を消した。





19話に続く。

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