第19話 誘う火の玉 前編
第19話
「ほんっとお願いっ!!
一生のお願いだから…今日の昼ご飯当番代わって!?」
紅さんが凪さんに躊躇なく抱きつく。
基本的に、
今日の昼食担当は紅さん。
彼女の料理はなんでも美味しい。
孤児院育ちで人の手料理に慣れてしまった僕にとって、紅さんの素朴な手料理は懐かしい味がした。
そんな紅さんに抱きつかれた凪さんが顔を顰める。
「お前、今まで何生分のお願い使った?」
絶対顔を顰めるところ違うでしょ、凪さん。
僕___桜坂風磨は、そっと心の中で突っ込んだ。
…紅さんに抱きつかれるの、慣れてるのか?
「どうしても、今日発売で買いたいのがあるの!
もう、やけくそよっ!
こうなったら何生分でもお願い使うから!」
…落ち着いてください、紅さん。
凪さんもそう思ったのか、大きくため息をつく。
「…それ、昼食作れないほどなのか?」
「今日発売なんだけど、人気だから下手したら完売しちゃうからさ!
ね?いいでしょ?」
彼女が凪さんを揺さぶる。
「あー、揺らすな揺らすな。
分かったから。
じゃあ、代わりに今日の調査付き合えよ」
諦めたように言った凪さんの言葉に、紅さんの目が輝く。
「え!?いいの?
ありがとう〜!流石、凪だよ!」
彼女が嬉しそうに凪さんを強く抱きしめる。
…言葉通り、締めてる。
凪さんは苦しまぎれに紅さんを引き剥がした。
どうにか自由の身となった彼は、僕に言う。
「風磨、お前も付き合え。
夢喰いの発見はお前が一番上手いからな、頼むぞ」
飛んだとばっちりだろ、これ!?
とはいえ、“頼られている”ということが分かったので、断りはしない。
「わ、分かりました。…ときに、凪さん」
「ん?」
僕は彼に大切なことを訊く。
…それは、夢喰い狩りよりも命の危険が伴うこと。
「今日の昼食、何作るつもりですか?」
凪さんは、僕の重いトーンを疑問に思ったのか、キョトンとして答える。
「オムライスだが_____」
「手伝います」
僕は食い気味に言った。
心中で、密かにため息をつく。
凪さんは頭脳明晰だし、夢術の扱いもうまい。
彼への信頼は揺るぎないものだ。
…たった一点を除いては。
彼はとてつもなく、本当にとてつもなく味音痴なのだ。
「ただいま帰還しました〜っ!」
結局、ニコニコ顔の紅さんが戻ってきたのは、2時を回った頃だった。
その手には小さな紙袋が一つ。
凪さんが紅さんに近寄る。
「…で、何買ったんだ_____」
彼が、紅さんの紙袋に手を伸ばした瞬間、彼女は目にも止まらぬ速さで、その手を弾いた。
_____パシンッ!
「________いっ…てぇ…っ!?」
紅さんがふんっと鼻息を吐いた。
「女子の買い物袋見ようとするのって御法度だからね?
変なもの入ってたらどうすんの」
凪さんがはたかれた手の甲をさする。
「いや、紅はそんなの買わないだろ…」
「はいはい。とにかく見せないからね〜」
彼女は、買い物袋の取手をくるくると指先で回しながら、階段を登ろうとする。
しかし、思いだしたように、途中で僕を振り返った。
「…ねえ、アレ大丈夫だった?
ごめん、風磨くんに迷惑かけちゃって」
「いえ、大丈夫です」
僕は親指を立ててみせ、続ける。
「味付けは僕がしたので。
…アレはもう二度と起こさせません」
僕の言葉に、紅さんが手を合わせる。
「よかったぁ。ありがとね、風磨くん!
今度好きなの作ってあげるから!」
…“アレ”とは何か。
それはつい数日前の昼食時に起こった事件だ。
その日、昼食当番だった凪さんがクリームシチューを作った。
…いや、そこまではいいんだけど!
あろうことか、彼はそこにいちごジャムを投入したのだ。
しかも大量に。
「…ぅっ」
その味を思い出しただけで吐き気に襲われる。
アレは本当にやばかった。
やばいという言葉しか出てこないほど、生命に危険を感じる味だった。
一番怖かったのは、そのゲテモノ(クリームシチューwithいちごジャム)を、凪さんが顔色ひとつ変えずに完食していたことだ。
いつだったか、玲衣さんが「トマトスパゲッティに納豆入れた」人がいることを仄めかしていたが…あれ絶対凪さんのことだろ!?
そんな大事件が起こった後、凪さんが食事当番のときは、誰かが手伝いをすることに決めていたのだ。
…実際、今日も卵にコーヒーを混ぜようとした凪さんを全力で説得して止めさせたのだ。
彼自身は不満げだったが、命より大切なものはないからしょうがない。
僕は、そんなことを思い出して苦笑した。
「紅さん、普通のクリームシチューをお願いします」
凪さんが痛みで涙目になりながら吐き捨てた。
「理不尽だ…」
しょうがないです、凪さん。
これは死活問題なんですから。
その夜。
僕と凪さんは、とある廃病院にいた。
「…凪さん、夢喰いじゃなくて幽霊かなんかが出そうですけど…。
肝試しと間違えてません?」
しかし、彼は冷たく言い放つ。
「何言ってんだ、此処が調査場所だ。
それに、幽霊も夢喰いも似たようなもんだろ」
「夢喰いは倒せばいいですけど、幽霊は倒せないじゃないですか!?
凪さん凄いですねっ、凄まじい胆力ですね!」
「____褒めてないだろ、お前」
彼が眉を顰めるが、僕はそれを綺麗に無視する。
「…紅さん、どこですか?」
「お前も言うようになったよな…。
紅には先に調査に入ってもらっている。
あいつなら一人でも大丈夫だろうしな」
そう言うと、彼はスタスタと歩き出していく。
躊躇なく、寂れた入り口から廃病院に踏みいった。
…ここ、南桜庭病院は20年ほど前に廃院になったらしい。
なんでも、不審な事故や事件が相次いだとのことだ。
そんな“曰く付き”であることから、絶好の肝試しスポットとして一部のマニアに名が高い。
…たしかに、人気になるくらいには雰囲気も寂れてるし、古いし、暗い。
要するに、滅茶苦茶怖いって!
凪さんは僕に耳打ちするように言う。
「数日前、此処で狐火のようなものが見られたようだ。
青い炎のようなものが、空中に浮かんでいたそうだ。
まぁ、肝試しに来た人の間で広まってる噂だからな。
有力な情報はあまり得られなかった」
「噂…ですか」
肝試しでそういう本当か嘘か分からないような怪談話はよくあることだ。
噂とはいえ怖いけど。
彼は僕の言葉に頷く。
「そうだ。
あくまでも噂だ。
…しかし、そういう“噂”の裏に夢喰いや夢術関連が隠れてることは多い」
確かに、見たことのない夢術に遭遇したら、“根拠ない噂”として広まりかねない。
…でも、よかった。噂の正体が夢喰いや夢術ならば、幽霊は_______
「たまに本当に心霊現象に遭うこともあるけどな」
「え"」
思わず僕は足を止める。
そんな僕に、彼はニコリともせずに呟く。
「冗談だ」
「この状況でそれは笑えないですよっ!?」
「大声出すな、風磨。
…どうだ?夢喰いはいるか?」
僕は目を閉じて、深呼吸する。
視覚情報を遮断することで、少し心が落ち着いた。
それと共に、周りの気配がだんだん読み取れるようになる。
「夢喰いの気配が散在してます。
もしかしたら、夢喰いがあちこちで夢術を使用してるのかも…。
すみません、場所までは…」
そう状況を説明し、瞼を上げる。
「十分だ」
彼は小さく頷くと、さっさと先を急ぎ出す。
埃だらけの待合室を抜け、二階に続く暗い階段を上る。
階段の先の廊下を曲がったところで、凪さんがパッと僕を制した。
「…風磨、“あれ”分かるか?」
彼の視線の先、そこにあったものを見て、僕は叫びかけた。
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