第18話 優しい唄と不安の波紋 前編

第18話


_________歌が聞こえる。




なんの歌だっけ?

名前、思い出せないな。


どこで聞いたかも、思い出せない。


…だけど、凄く綺麗で…懐かしい。


歌声に優しさが滲み出ているのを感じた。


“…あのね”


脳裏に声が響く。


甘えるような、幼い子供の声だ。


まだ喋るのもおぼつかない、幼児の声。


“ぼくね、______のうた、だいすきなの!”


…あ、これ。


だ。


三歳かそこらくらいか?

それなら、物心が未だついていなかった頃か。


じゃあ、この歌を歌っているのは誰なんだ?


意識が覚醒を始め、草の匂いが鼻をつく。


いつの間にか、幼い僕の声は消えていた。


しかし、未だ歌声は響き続けている。


僕はうっすらと目を開いた。


それと同時に、薄暗い空が目に飛び込んでくる。


______あ、そっか。

僕、夢術を使いすぎて倒れて…。


地面に寝転んだ状態のまま、目だけを動かす。


「あ…」


思わず声が漏れる。


そこでは、玲衣さんが目を瞑って心地よさそうに歌っていた。


_____夢術:いやす


彼女は歌いながら、僕の手を握っている。


夢術を使ってくれているのだろう。


ゆっくりと身体に活力が戻ってくるのを感じた。


僕は横になったまま息をつく。


…玲衣さん、こんな綺麗な声だったんだ。


未だ朦朧とした頭で、ぼんやりとそう思った。


彼女の歌は、不思議な安心感がある。


あたかも、懐かしい子守唄のような_______


その時、玲衣さんがパチリ、と瞼を上げた。


「…あ、風磨さん。おはようございます」


彼女がはにかむように微笑する。


「お、おはようございます」


“おはよう”というべき時間帯ではないのだが、僕はそう返す。


彼女は眉を下げて僕に尋ねた。


「痛いところはないですか?

苦しいとかも…」


「大丈夫です、ありがとうございます」


僕は首を横にふり、身を起こした。


先程血を吐いて倒れたとは思えないほど、元気になっている。


やっぱり、玲衣さんの夢術すごいな…。


夢術の内容もさることながら、量もすごい。


あれだけ多くの深い傷を連続で治してしまうなんて…。


玲衣さんは、そんな僕に手を伸ばす。


「え…っ」


また引き倒されるんじゃ!?


一瞬、先程引き倒されたことが脳裏をよぎるが、それは杞憂だった。


反射的に目を瞑った僕の頬に、冷たい手が当たる。


恐る恐る目を開けると、すぐ目の前に彼女の顔があった。


ちょ、ちょっと待って、近い近い近い!


下手すれば前髪すら触れ合いそうな、至近距離。


そんな距離で、彼女の柔らかい微笑みを見せつけられる。


「…よかった。風磨さんが無事で。

でも、もう無理しないでください。貴方に何かあったら、私…」


ほんのりと上気した頬、潤んだ目。


僕は、そんな彼女に見惚れていた。


いや…目を奪われていた、といえばいいだろうか。


彼女のが、どうしても僕に目を逸らさせてくれなかった。


その何かは、恋愛とかそういうものじゃなくて_________


「初めて風磨さんにあった時、“私は、きっとこの人に会ったことがある”って、そう思ったんです」


玲衣さんの目から、ポタポタと涙が落ちた。


「もう、二度と失いたくない、離したくない人だって_______」


______既視感デジャヴ


そう、それだ。


懐かしいような、どこか悲しい雰囲気。


手を離したら、消えてしまいそうで、僕は動けないままだった。


「風磨さん…」


ふと、玲衣さんの声がぶれて聞こえた。

僅かな歪みが、彼女の声に混じる。


_______』


「玲衣さん…?」


僕は思わず彼女の名前を呼んだ。


玲衣さんは、僕の声に反応するように肩を小さく跳ねさせた。


彼女は我に返ったように顔を上げると、慌てて僕から飛び退く。


そして、恥ずかしがるような笑みを浮かべた。


「あ…あはは、私、何言ってるんでしょう…っ。

ごめんなさい、今の、忘れてください…!」


顔を真っ赤にして、あたふたと立ち上がる。


「あ、あの!」


僕は、彼女の手を掴んだ。


「きゃふんっ!?」


びっくりして叫び声を上げた彼女に、僕は言う。


「僕…絶対に、玲衣さんの前から居なくなったりしませんから…っ」


振り返った彼女の目が瞬かれる。


…こんな気持ちなんて、伝わりっこない。


だけど、それでも良かった。


それでも、言いたかった。


「絶対、置いていきません」


数秒の間の後、玲衣さんは柔らかく笑った。


「…ええ、私もですよ」

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