第17話 想い合い 後編
* * *
私_____神奈月玲衣は、弓を構えた。
生憎、風磨さんを侮辱するような夢喰いに手加減するほど、私は優しくない。
目の前の夢喰いは、待ってましたとばかりにシャボン玉を吹いた。
現れた泡は、宙を舞いながら私の方にやってくる。
私はそれから逃げるように走り、矢を放った。
背後で爆発が起き、背中を炙るような熱さが襲う。
夢喰いは軽く一跳びすると、私の矢を避けた。
そのまま、シャボン玉を大きく膨らませる。
そのシャボン玉が爆発したのは私の眼前だった。
「…きゃっ!」
強力な衝撃波が私を襲う。
足が浮き上がり、後ろに軽く吹っ飛んだ。
だけど、それくらいで挫けるようじゃ、夢喰い狩りはできない。
私は空中で弓を引いた。
木の幹を蹴って体勢を整えながら、それを放つ。
続け様に二本。
それは曲がった軌道を描いて夢喰いに飛んでいく。
しかし、夢喰いは高く跳躍した。
その顔には無邪気な笑み。
「あっれェ?」
彼女はこの状況を愉しむように言う。
「お姉さん、とっろいねェ?
これじゃぁ殺るのも簡単すぎだよォ」
私は地面に着地する。
先程の爆発で生まれた傷はすでにもう塞がっていた。
矢尻の先を夢喰いに向けて、夢喰いに問う。
「…貴方達の狙いは私…そうですよね?」
そう読んだからこそ、私は風磨さんと二手に分かれることに同意した。
目的が私である以上、風磨さんを襲う目的は「足止め」のみ。
…それなら少しでも彼を危険な目に遭わせないですむ。
夢喰いは、悦ぶように答えた。
甲高い声が響く。
「すっごぉい!
オネエサンだーいせーかーいだよォ!」
「…なんで、私をそこまで狙うんですか?」
夢喰いのペースを壊すように、低く言う。
しかし、夢喰いはぺろっと舌を出した。
「えへへ、ひみつゥ」
私は弓を引く。
矢を放つ覚悟は既にできている。
「…答えてくれないんですか?」
夢喰いが口を尖らせる。わざとらしく、肩をすくめて見せた。
「そーゆーの、脅しってゆぅんだよォ?
オネエサンを襲う理由?
そんなのォ、“あの方”の為だよ!
あの方にとって、オネエサンは邪魔なんだってェ。
だから、消えてね?」
おぞましい言葉達が、無邪気な笑顔から出てくる。
私は質問をやめない。
「“あの方”とは、ヨザキのことですか?
なんでヨザキにとって私は邪魔な存在なんですか?」
私は一介の夢喰い狩りだ。
しかも、夢喰い狩りの中でも弱い部類の。
夢喰いの始祖の邪魔にすらならないような、存在なのに。
夢喰いは、大袈裟に耳を塞いだ。
「アーン、五月蝿いなァ。
そんなに矢継ぎ早に質問しないでよォ〜。
“あの方”はヨザキ様だよ、オネエサンのいうとーり。
なんで邪魔なのか?」
そこまで言って、夢喰いはニタリと笑った。
「…そんなの、オネエサンが一番分かってるくせに」
「…?」
分からない。
なぜ夢喰いの始祖に狙われなければならないのか、そんな理由など心当たりがあるはずがなかった。
一つ分かったことといえば、この夢喰いには話が通じないということぐらいか。
黙りこくった私に、夢喰いは挑発するように髪を揺らした。
「ほーんとに、何も覚えていないんだねェ。ま、いっか。
ねぇね、オネエサン。
この世の中にはね、何も知らないまま死んだ方が幸せなこともあるんだよォ?
これ、忠告」
そうして、夢喰いはストローを咥えた。
ストローの先に巨大な泡が膨らむ。
それは、ゆうに人を呑み込めるほどの大きさになっていた。
その泡の向こうで、夢喰いが嘲笑った。
「…っ」
…こんな爆弾、まともに食らったら死ぬ。
そう本能が警鐘を鳴らしていた。
それが爆破される前に、私は矢をつがえる。
3本、夢喰いを威嚇するように見せつけながら。
手首を返し、私はそれを放った。
夢喰いはストローから口を離す。
そして、後ろに宙がえった。
1本めの矢は、夢喰いの足元の地面を抉る。
宙返りをした夢喰いは、片手だけで体を支えると、もう一度地面を突き放した。
2本目の矢は、その腕のすぐ横を通過した。
3本目は、しゃがみ込むように着地した夢喰いのすぐ頭上を擦る。
…読まれてる。
軌道を、私が狙っている場所を。
3本とも避け切った夢喰いは、勝ち誇ったように立ち上がり、笑みを浮かべた。
そんな夢喰いを見て、私は_______
「…ェ?」
夢喰いが目を見開く。
唖然とし、その場に硬直する。
私は_____笑った。
4本目。
矢をつがえる時、夢喰いに見せつけるようにつがえた。
その時、4本目の矢を手の甲に隠していたのだ。
見せつけたのは、3本しかないと思わせる為。
3本の矢で、夢喰いの行動できる範囲を狭めておき、4本目で穿つ。
放たれた4本目は、弧を描いてシャボン玉を破る。
そして、そのままそれは夢喰いの核を貫いた。
夢喰いが、ゆっくりと灰になって消えていく。
音もなく、静かにそれは闇に溶けた。
夢喰いが消えた後、辺りには静寂が戻る。
私は空を仰いだ。
「_____ごめん、なさい」
つい、夢喰い狩りの時のいつもの口癖が口をついた。
18話に続く。
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