第17話 想い合い 前編
第17話
夢喰い達がシャボン玉を吹いた。
シャボン玉が大量に宙に舞う。
僕はシャボン玉の僅かな隙間を縫うように、夢喰いに向かって走った。
周りでそれらが爆ぜる。
爆風で、頭を揺さぶられるような感覚に陥った。
「っ!」
衝撃でふらついた足を叱咤し、刀でシャボン玉を払う。
ただ真っ直ぐ前だけを睨み、対象に近づいた。
刀を逆手に持ち、その核に叩き込む。
しかし、夢喰いは軽々とそれを避けてみせた。
およそ3メートル。
人であれば不可能な跳躍高度。
しかし、夢喰い達は、それくらいの高さをいとも容易く飛んでしまった。
不安定であろう空中にて、夢喰いが互いのストローの先をくっつける。
ストローの先の泡沫が大きく膨らみあがった。
_______ドォォォン…
およそシャボン玉が放つ音とは思えない低音で、破裂した。
大爆発。
咄嗟に姿勢を低くしたが、歩みが止まる。
当の夢喰い達は、木の裏側に飛び降りたことで爆風を逃れたようだ。
「オジ…オニイサン、もぉ終わりィ?
これからが面白いって言うのにィ」
僕は刀を握りしめ、立ち上がる。
「…そんなにいうなら、楽しませてあげるよ」
声に怒りがこもっているのが、自分でも分かった。
ここまでおちょくられて、何もしないままで終われるわけない。
僕は夢喰い達に突っ込んでいく。
「アハハっ、それじゃぁさっきと何も変わらないよォ」
夢喰い達は、嘲笑いながらまた跳んだ。
…たしかに、そうだ。
やっていることは何もさっきと変わらない。
しかし夢喰いを木の向こうに追いやることはできた。
…僕には、それで十分だ。
「______玲衣さん!」
僕は叫んだ。
そう、僕は一人じゃない。
「はい!」
夢喰い達の背後の木の枝で、玲衣さんが答える。
敵を引きつけている間に、彼女に背後を取ってもらったのだ。
高い跳躍は、それだけ落下に時間を要する。
空中で射撃を回避することは不可能だ。
玲衣さんは、躊躇いなく2本の矢を放つ。
「「オワッ」」
夢喰い達が声を上げた。
それでも射撃を避けようとして、体勢を崩したのだ。
それを見た玲衣さんが木から飛び降りる。
しかし、夢喰いも直ぐに立ち上がった。
僕は地面を踏みつける。
エネルギーの消耗を感じると共に、出現する鎖。
その一端を掴み、全身を使ってそれをしならせる。
鎖のもう一端は、夢喰い達の間に放たれた。
巻き上がる砂埃。
二体の距離が離れ、その間に玲衣さんが素早く割って入った。
…一体を敵に戦う時と、二体を敵に戦う時では、大きく戦術が変わる。
連携の取れている二体の場合、この連携を崩すのを第一に考えるべきだ。
シャボン玉爆弾(と呼ばせてもらう)の威力も、一体の時と二体の時では、雲泥の差だ。
間に割って入られた夢喰い達は、そのまま反対方向に駆け出した。
「ワアィ、次は鬼ごっこだよォ!」
二体は甲高い声をあげて、バラバラに走り出す。
撹乱か。
「…っ!
玲衣さん、もう一体をお願いします!」
僕はほぼ反射的に片方の夢喰いの後を追った。
その夢喰いの走り出した方向には、住宅街がある。
下手すれば、関係ない一般市民を巻き込むことになりかねない。
…それは、どうしても避けたかった。
鎖を刀と変化させ、細かく突く。
しかし、夢喰いのすばしっこさは、突きを受け止めてはくれなかった。
「わ、わかりました!」
若干呆気にとられたかのように…しかし、しっかりと玲衣さんが返事をくれる。
もう一体のことは、玲衣さんに任せよう。
危ない目には合わせたくないけれど、そうも言ってられる状況じゃない。
それに、玲衣さんなら大丈夫。
そんな確信があった。
「オニイサン、鬼ごっこお上手ゥ」
キャハハ、と高く夢喰いが笑う。
「これでも周りの子と遊んでましたからっ」
褒められてるとは思えないが、一応そう返す。
孤児院、というあまり裕福とは言い難い環境下で、鬼ごっこやかくれんぼは、お金のかからない、良い遊びだった。
その経験が今生きているのだとしたら、それは凄く嬉しいことだ。
僕は刀を握り、次々と生み出されるシャボン玉を一つ残らず潰していく。
そして、夢喰いの腕に刀を振った。
「ウワワッ」
夢喰いは素っ頓狂な声を上げて、飛び退いた。
しかし、その腕には斬り傷。
…当たった。
夢喰いは、シャボン玉爆弾を作る際にストローを吹く。
ある程度大きなシャボン玉を作るためには、腕を大きく動かすことはできない。
狙うなら、そこだ。
僕はもう一度振りかぶる。
爆発という攻撃方法は、決まった方向にのみ攻撃を与えられることはできない。
接近戦にもちこんでしまえば、夢喰いも容易には爆発させられなくなる。
強く踏み切り、刃を夢喰いに突き立てた______その瞬間。
目の前が、真っ白になった。
激しい痛みと共に、平衡感覚が滅茶苦茶に壊される。
特大の爆発が起こったのだと気付いたのは、僕の身体が地面に叩きつけられた後だった。
…なんで?
うっすら目を開けると、夢喰いも血だらけになっていた。
赫に染まったそれが、薄い笑みを浮かべる。
…自分も傷つく覚悟で、爆発させたのか?
夢喰いが襲ってくる理由の本質は、「人を殺して喰らう」ことだ。
我が身を犠牲にしてまで、対象を殺そうとするだなんて、本末転倒。
普通だったらあり得ない。
「ごめんねェ、オニイサン。これがお仕事なんだよォ」
己の血で前が見えないのか、夢喰いは不気味に頭を揺らす。
…普通だったら、相打ちだなんて有り得ない。
だけど、それがもし…指示されたことならば。
脳裏に、先日玲衣さんを襲った夢喰い達が浮かんだ。
「…ヨザキ、の…」
口の中に鉄の味が広がるのを感じながら、僕は呟く。
夢喰いは、僕が最後まで言い切らなかった言葉を継いだ。
「だいせーかいッ!
賢いオニイサンは特別に_____」
夢喰いの周りに沢山のシャボン玉が浮かぶ。
「____たっぷり、苦しめてあげるッ!」
…まずい。
僕の今この状況も相当まずいが、それ以上に…玲衣さんが危ない。
奴等は何故だか知らないが、玲衣さんを狙っている。
僕は刀を握り直した。
今から僕がやることは、かなり無茶苦茶なことだ。
…それでも、これが一番手取り早いのは分かっている。
____夢術:
僕は自らの夢術エネルギーを全開にした。
身体への負担は格段に多くなるが、その分強力な夢術を使うことができる。
右手で刀を握りながら、左手に鎖を出現させた。
爆破の衝撃を鎖のしなりで殺しながら、僕は前に進む。
刀を逆手で振るい、夢喰いに躍りかかる。
一撃、二撃。
夢喰いは飛び跳ねながら、軽々と身を退いた。
その間も爆発が起き、僕の体力を削っていく。
刻々と、身体の限界が迫っていた。
僕は、疲労を消し払うかのように鎖を投げる。
その一端が、夢喰いに掛かった。
「キャァッ!」
鎖を引くと、それが夢喰いの動きを封じる。
しかし、その一秒後に来たる衝撃。
夢喰いが鎖ごと爆発させたのだ。
衝撃で鎖が外れそうになる。
身体が軋んだのが自分でも分かった。
…だけど。
僕はそれでも刀を離さない。
止まれないんだ、ここでは。
衝撃波に逆らうように、僕は斬撃を放った。
不恰好だけど、強く。
横に薙いだそれは、ついに核を貫いた。
あまりに呆気なくシャボン玉が消える。
その直後、僕はその場に倒れ込んだ。
「…はっ…はぁっ」
地面に血が垂れる。
夢術の使いすぎで吐血したのか。
ぼおっとした頭でそう思った。
ここまで夢術を酷使したのは初めてだっけ?
体がもう悲鳴を上げている。
…ダメだな、僕。
玲衣さんを助けに行かなくちゃいけないのに。
全身の痛みと疲労に、身体が言うことを効かない。
映像が終わるように、ブツリ、と意識が途切れた。
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