第16話 晩春、夜散歩 後編


「ぐぇっ!?」


話の流れ的に、完全に気を抜いていた。


お陰で顔面から地面に突っ込む。


「れ、玲衣さん______」


___何をしてるんですか。


その言葉は、爆音と爆風にかき消された。


何かが爆ぜたのだと気づくのに時間がかかる。


それは、もし立ったままだったら直撃していた距離だった。


慌てて顔を上げると、側に玲衣さんがしゃがみ込んでいる。


彼女は乱れた髪を直すように頭を上げると、笑って親指を立てた。


…そうか。

彼女は、爆発の兆しをいち早く察知して、僕を守ってくれたのだ。


僕は立ち上がる。


…駄目だ、完全に油断していた。


鼻をつく濃い瘴気。


肌を伝う緊張。


「アハハッ、避けられちゃったァ」

「マァマァ、次殺れれば良いよねェ?」


子供特有の甲高い声が響く。


そこには、幼い女児の姿をした夢喰いが二体立っていた。

年の頃は7、8才くらいか?


二体は、一見見分けがつかないほどよく似ている。

元々双子だったのだろう。


その手に握られているのはストロー。


…ストロー?


え、なんでストローが…。


困惑する僕を気にも留めず、夢喰いたちはストローを口元に持っていく。


その先から出てきたのは、大きなシャボン玉。


それはふわふわと宙を漂って、僕らの方に飛んでくる。


僕は訳がわからないまま、跳び退いた。


次の瞬間。


______パアァァアン…ッ______


宙を舞っていたシャボン玉が、盛大に爆発した。


辺りに爆風が吹き荒れる。


…嘘だろ?

シャボン玉って爆発するもんだったっけ?


まるでシャボン玉が爆弾であるかのように、爆発を起こした。


僕はそっと夢喰い達の手元を窺い見る。


______あわ


夢喰い達の左手にはその字が浮かんでいた。


「泡」の夢術。


推測だけど…泡状のものを使役できる夢術か何かだろう。


地面に臥せて衝撃波を耐えた玲衣さんが、立ち上がって僕に囁く。


「ちっちゃい子で良かったです…。

夢喰いとはいえ、爆弾さえ避けれればどうにか」


玲衣さん、お願いだからこういう時に耳元で囁くのやめてくれませんか。


内容が入ってきづらい。


内心思っていることを顔に出さないように注意して、僕は彼女に答える。


「…玲衣さん、夢喰いは不老です。

見た目は幼くても何百年も生きている可能性もありますから。

侮っちゃいけません」


僕らの会話が聞こえていたのだろう。


夢喰い達が悪戯っぽい笑みを浮かべて言う。


「ソーだよォ?

わたしたち、オジサンよりかは長く生きてるからねェ!」

「ソゥソゥ、年功序列!

だから、大人しくわたしたちに殺られてよねェ?

痛くはしないから」


僕は夢喰い達の言葉に唇を噛んだ。


夢喰い達の言葉は僕たちをおちょくっているように聞こえる。

僕はそれに反論した。


「僕達、まだオジサンとか言われる年齢じゃないんだけど。

…そもそも僕がオジサンだったら君らオバアサンじゃんか」


「風磨さん、そこ今ムキになるとこじゃないです」


玲衣さんから控えめに突っ込まれる。


しかし、子供扱いされるこはよくあっても、オジサン扱いされたことのない僕からしたら、かなりこれは由々しき事態なのだ。


僕はむくれたまま夢術を使った。


夢術:やいば


刀を出現させ、それを構える。


「さっさと片付けてちゃいます。

玲衣さん、下がっててください」


僕は刀を持ったまま走った。


振りかぶり、滑り込むように刀をふる。


しかし、夢喰いは戯れるように飛び上がった。


「ワァ、オジサンこわァいっ!

そんなに怒んないでよォ、大人でしょ?」


…癪にさわるっ!


この夢喰い達、煽りがうますぎだ。


僕はその勢いのまま地面に手を突き、エネルギーを送る。


地面越しに夢喰いの行く先に鎖を出現させた。


「「ワッ」」


夢喰い達は、突然現れた鎖に足を絡まれる。


そのまま鎖を引き上げると、文字通り宙ぶらりん状態になった。


夢喰いの動きを奪った僕は刀を振るう。


しかし、その直前。


「「うたかた狂乱!」」


どんなネーミングセンスだよ、と突っ込む暇もなく、目の前に大量の泡沫が浮かんだ。


「…っ」


慌てて姿勢を低くしたが、その程度で避けれるような代物ものじゃない。


間近で大量のシャボン玉爆弾が、一気に爆発を起こした。


…激しい痛みと、衝撃。


小柄な僕の体は易々と吹っ飛ばされた。


地面を跳ねるように転がる。


「ふ、風磨さんっ」


玲衣さんが慌てて受け止めてくれ、どうにか僕は身を起こした。


夢喰い達が楽しそうに笑っているのが目に入る。


爆発の衝撃で、鎖が壊れてしまったのだろう。

自由の身となったそれらは、あたかも遊んでもらえた子供のような、無邪気な笑みを浮かべる。


「アハハハッ、オジサン楽しいねェっ!なかなか上手だよォ」

「もっともぉっと、楽しませて_____」


___ヒュッ


僕の耳のすぐ横で、何かが風を切る音がした。


後れ毛が風に一瞬たなびく。


「___ヒキャッ!?」


その音の正体を確かめる間もなく、夢喰いの持っていたストローが弾け飛んだ。


「…あんまり、オジサンオジサン言わないでください」


僕の背後から、玲衣さんの低い呟きがした。


怒りを必死に堪えているかのような、低く震えた声。


僕は恐る恐る彼女の方を振り返った。


玲衣さんは、自らの弓に矢をつがえて立っている。


ストローが弾け飛んだのは、彼女の射撃によるものなのか。


その目には、気のせいじゃ済ませられないほどの殺意が込められていた。


彼女はその目のまま、夢喰い達に言う。


「…風磨さん、嫌がってるじゃないですか…?」


…これ、相当怒ってない?


ほぼ直感的にだが、彼女の怒りが凄まじいことを知る。


「へェ…」


夢喰い達から、先ほどまでの愉しむような雰囲気が消えた。


そこに残るのは、ただ野生的な殺意だけ。


見開かれた眼には、ただ赫だけがあった。


「面白いじゃん、オバサン____いや、オネエサンかなァ」


「私達を本気にさせたこと、後で謝っても知らないからねェ?」


玲衣さんは、夢喰い達を睨みつけた。


「…大丈夫です、私たちを狙ったこと、後悔させてあげますから」


彼女が矢を引くのを見て、僕も刀を構える。


大丈夫、2対2で負けるほど、桜庭見廻隊僕らはヤワじゃない。



17話に続く。

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