第16話 晩春、夜散歩 前編
第16話
次の日の朝、それは突然玲衣さんから告げられた。
「風磨さん、その…つ…付き合って、ください!」
彼女が恥ずかしそうに発した言葉が脳に届くまで、数秒を要した。
「_________へぇあっ!?」
突然の爆弾発言。
その場にいた全員が驚きのあまり振り返ったのは言うまでもない。
しかし、何よりも驚いていたのは僕だった。
返答の声が震える。
「な、なななななんですか突然」
え、付き合う?
今、玲衣さん…付き合うって言わなかったか?
しかし、彼女は頬をほんのりと赤らめて言った。
「あの…今日、町を見廻りしておきたいんです。
最近、夢喰いの動向も不審ですし…。
でも、ひとりだとちょっと不安なんです。
だから…見廻り、付き合って頂けないでしょうか…?」
紛らわしいわっ!
僕は心の中で叫んだ。
勝手に「そっち」の意味だと勘違いしてしまった自分が限りなく恥ずかしい。
鼓動が鎮まると共に、緩やかに虚しさが心を占める。
そんな僕の様子を見て、玲衣さんが首を傾げた。
「…風磨さん?いかがしました?」
「いえ、何でもないですから____本当に。
…こないだのこともありますし、僕が見廻り、代わります」
僕は平静を装って受け答えした。
しかし、彼女は身を乗り出す。
「ダメです!私だって甘やかされてるままじゃいけないですから。
今度こそちゃんと夢喰い狩りします!」
おぉ、近い近い。
これは何かのラブコメかと見まごうほどの近距離。
僕はそっと手を前に出し、彼女と一定の距離を取りながら言う。
「わ、わかりました…っ、見廻りご一緒しますよ」
玲衣さんはその言葉に顔を輝かせた。
満面の笑みを浮かべながら、頷く。
「はい!」
…よかった、とりあえず喜んでもらえたみたいで。
しかし、彼女はその直後に言った。
「ところで、なんで風磨さん…そんなに顔赤いんですか?」
そこは指摘しないで…!
その夜、僕は隊服に腕を通した。
今までの幾つかの戦闘の証か、ところどころにほつれができてきている。
…直さなきゃな。
僕の数少ない特技は、裁縫だ。
孤児院で幼少期を過ごしてきて、ものがあまり潤沢といえない環境で育ってきた僕にとって、裁縫が得意なことは大きな武器だった。
これでもまあまあ人に誇れるくらいには得意なんだよな。
一人でドヤ顔をしていると、突然背後から声がかけられた。
「お、お待たせしました…遅れちゃってすみません…」
「玲衣さ_______」
僕は振り返りかけて…。
…思考が止まった。
玲衣さんは隊服を身につけていた。____否、これから夢喰い狩りを行うのだからそれは当然のことなのだが…。
「…っ」
可愛い…。
僕が彼女の隊服姿を見るのはそれが初めてだった。
普段首の横で一つに結っている髪がふんわりと下されている。
その一房が三つ編みになっているのも、よく彼女に似合っていた。
それが彼女が動くたびにふわふわと揺れるのだから…もう。
普段からつけているネックレスの赤色も、群青色の隊服によく際立っていた。
僕が思わずその場で硬直していると、玲衣さんが首を傾げた。
「どうしました?風磨さん」
「い…っ、いえいえいえいえ!
何でもありませんっ」
否定した声が裏返る。
これじゃ動揺してるのが丸わかりだ。
玲衣さんはそんな僕の様子を見て、コロコロと、高い笑い声を上げた。
「ふふ…っ、今日の風磨さん、なんだか忙しいですね。
…でも、こっちの方が、私は好きですよ」
____こういうことをサラッと(しかも無自覚で)言ってしまうのが玲衣さんという人だ。
なんというか、全てにおいて天然なのだ。
純粋が故に、自分の発言が持ちうる裏の意味を理解していない。
その純粋さもまた彼女の長所なのだが…その…。
「…僕が…勘違いしちゃいそうだ…」
それも、期待の方の勘違いを。
ボソッと放った僕の呟きに、彼女は首を傾げただけだった。
夜の町というのは、どうしてこうも静かなのだろう。
もう晩春だというのに、夜の風は依然冷たい。
もちろん、海が近いから、というのもあるだろうけど。
僕は玲衣さんに話しかけた。
「玲衣さんも、見廻りするんですね」
その言葉には、多少の心配を混ぜていた。
いくら傷が治る体だとはいえ、こんな夜に一人きりで夢喰い狩りをしていたというのなら、どれだけ心細かっただろう?
一人で夢喰いに立ち向かう心細さは、誰よりも僕自身が知っていた。
しかし、彼女は気丈に笑って返した。
「もちろんです!
これでも桜庭見廻隊の端くれですから。
…とはいえ、まだまだ皆さんよりかは上手にできないんですけどね…。
私、運動苦手なんです。
だから、隊員になってもう二年以上経ってるのに、守って貰っちゃって_____不甲斐ないです。
もっと頑張らなくちゃ」
“頑張らなくちゃ”。
彼女のその言葉は、何かの呪文じみていた。
…その言葉が呪文めくほど、彼女は自分に厳しいのだ。
「甘えていいですよ」
僕は思わず彼女に言っていた。
「…え?」
「もっと、僕に頼ってください。
僕は、玲衣さんにたくさん救われましたから」
だから、その恩返しがしたい。
せめて、僕といる時だけでも、玲衣さんは自分に甘く居れるようになってほしい。
彼女は、その場で立ち止まった。
「風磨さん____」
その手が僕の方に伸びる。
…え、玲衣さん、何を…。
「___ちょっとすみませんっ」
そう言って、彼女は僕を引き倒した。
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