第14話 花冠が散る 後編
私は正直、金銭的にはものすごく恵まれた人間だと思っている。
私の実家は、現在この国を支える幾つかの大企業のうち一つ…“竹花グループ”の本家本元だ。
私は____竹花優希は、その次女として生を受けた。
次女とはいえ、姉とは同じ日に生まれた双子だ。
彼女の名前は心呂と言う。
お転婆でやんちゃな私と違い、心呂は物心つく前からお淑やかで、将来竹花グループの頂点となる人間として、厳しく育てられていた。
対照的であるものの、私たちは仲が良かった…と思う。
今となっては完全に過去の話なのだけど。
そんな日々が終わったのは、私たちが小学生になる前の年だった。
「おねーちゃん!あそぼ!」
私は、華道の稽古が終わった姉に叫んだ。
姉はお華の先生に何か言うと、私の方に駆けてきた。
嬉しそうに、「うん!」と答える。
そして、彼女は私の手を握った。
「今日はどこいくつもりなの?」
「お花がたくさんさいてるところを見つけたんだ!
だからおねえちゃんに見せたくて…」
私はワクワクした気持ちを抑えて答えた。
その前日、散歩をしている最中に見つけたのだ。
彼女は目を輝かせた。
「すてき…!どんなお花なのかな…」
「きいろとかしろのお花がいっぱいなんだよ!
クローバーもいっぱいだった!」
思わず言葉に熱が帯びた。
おねえちゃんを喜ばせたい。
一緒に遊びたい。
そんな純粋な気持ちだった。
私たちは手を繋いだまま、森の奥に歩いていった。
視界が開けた先にあったのは、一面の黄色と白色。
「うわぁ…」
心呂が目を輝かせた。
「きれいでしょ?」
私は彼女が喜んだことに嬉しくなった。
お稽古で忙しい彼女と一緒に遊ぶことは中々できない。
たまに共に遊べる時間が、私にとって何よりの宝物だった。
「すごい、すごいよ優希!
いっぱいある!」
華道の稽古をしているからだろうか、彼女は花が好きだった。
花畑の真ん中でしゃがみ込むと、私は彼女を手招いた。
「おねえちゃん、はなかんむり作ろう!」
心呂からこの前教わった、花冠の作り方はちゃんと覚えている。
彼女はすぐに走ってきて、私と一緒に花冠を作り始めた。
「これは、菜の花」
しばらくして、彼女は黄色く小さな花を指して言った。
「これは、シロツメクサ」
今度は、彼女は白い花を指す。
その花の側にはクローバーがたくさんあった。
私は彼女に言った。
「これはクローバーだよね!」
「そうだよ。
クローバーは、シロツメクサのはっぱなんだ」
「そうなんだ!」
私は彼女に相槌を打つと、花冠の輪っかを閉じた。
笑顔で彼女に差し出す。
「じゃあ、ものしりなおねえちゃんには、私のはなかんむりあげる!」
「え、いいの?
じゃあ、私のは優希にあげる」
そうやって、私たちは互いに花冠を互いの頭に乗せた。
そのあとだった。
私が心呂の後ろに赫い目を見たのは。
「おねえちゃん、うしろ…!」
反射的に私は叫んだ。
当時の私は夢喰いについての知識はなかった。
しかし、英才教育を受けていた心呂は違う。
彼女は振り返るやいなや恐怖に目を見開いた。
彼女の震えた声が小さく鳴る。
「…夢喰い…?」
固まってしまった彼女の手を、半ば強引に掴む。
夢喰いのことを知らなくても、それが危険だってことくらい、本能で分かった。
「おねえちゃん、にげよう!」
それは身に染みついた教えからの発言だった。
_____優希は、何があっても…命を懸けても心呂を守りなさい。
長女を守ることが、次女の存在理由ですよ。
「ゆ、優希、怖い…怖いよ…っ」
心呂は既に泣いていた。
でも、逃げなくてはいけない。
私は、彼女の手を引っ張って走る。
「っ!」
声にならない叫び声がし、手が後ろに強く引っ張られた。
心呂が転んでしまったのだ。
追いかけてきた夢喰いは直ぐに追いつき、彼女を襲おうとする。
「だ、だめ…っ!」
私は竹花家次女、竹花優希。
心呂を守る為なら、自分の命を喜んで投げ出さなければいけない。
そんな教えが脳内に満ちていた。
私は夢喰いと心呂の間に割ってはいる。
しかし、夢喰いの赫い目が私を射抜いた瞬間、感じではいけないものが私を満たした。
怖い、死にたくない。
思わずギュッと目を瞑ってしまう。
それでもそこから動かなかったのは、私なりの覚悟だった。
しかし、夢喰いの腕は私の隣を通り過ぎた。
「…え」
花冠が赫く染まる。
着ていたワンピースも、その色が染め上げて、元の色を失ってしまう。
…なんで。
私は混乱した。
その行動は、夢喰いの気紛れだったのかもしれない。
だけどその気紛れが____
…なんで、私じゃないの?
「心呂…」
私の喉から小さな声が絞り出た。
彼女の怯えた目が私を捉えた。
助けを求め、死に怯えるその目が。
彼女の口が小さく動く。
「たす、け…」
もう一度、赫い色が容赦なく飛び散った。
「いやあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ…!!」
私だけが生き残ったからって、歓迎されるような家じゃない。
そんなことはとうに分かっていた。
「優希、なんでお前は代わりに死ななかったんだ」
そう家族に言われた。
…なんで、私は心呂の代わりに死ねなかったのだろう。
なぜ、あの時怖がってしまったんだろう。
「…だから、お前は“心呂”になるんだよ、分かったかい?」
…そうか、私が“心呂”になれば。
死んだのは心呂じゃなくて、優希だってことにすればいいのか。
私は笑った。
そうすれば、心呂は生きていられる。
「はい」
家族にそう答えた瞬間、私は“竹花優希”を殺した。
嫌いな勉強も、お稽古も、全部全部頑張った。
だって私は竹花心呂だから。
心呂は、そんなの出来て当然だもの。
姉の為、家族の為、自分自身の為。
だけど頑張るたびに、「竹花心呂」だと言うたびに、どこかで私は思っていた。
…ねえ、私って、死んじゃったのかな?
15話に続く。
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