第14話 花冠が散る 前編

第14話



一番始めに生まれた“夢喰い”は、2人の姉弟でした。



姉の名は「アサギ」、弟の名は「ヨザキ」。



この世に夢喰いが生まれたと同時に、夢術も誕生しました。


2人の夢喰いが生まれたように、夢術も2つ生まれたんです。



一つは「左」の夢術。


遺伝性が強く、当人の個性は基本的に関係なく覚醒します。


これは、姉の「アサギ」と共に生まれたものなんです。


夢術を使用すると、文字が左手の甲に現れます。

私やシオンさん、凪さんと紅さんはこっちです。



もう一つは「右」の夢術。


これは殆ど当人の個性や強い想いによって覚醒します。


こちらは「ヨザキ」と共に生まれました。

文字は右手に現れます。


優希さんと風磨さんはこちらです。



ある時、ヨザキは自らを教祖として祀りあげ、夢喰いを統率し出しました。


それが「救済の暁」です。


もしかしたらですけど…私たちを襲ってきた夢喰いは「救済の暁」の夢喰いなのかもしれないですね…。






玲衣さんは、神妙な面持ちで大体こんなことを言った。


夢喰いのルーツってそんな感じだったんだ…。


一人納得しながら、しかしながら疑問点もあった。


僕、風磨は小さく手をあげる。


「あの…最初の夢喰いは“アサギ”と“ヨザキ”って言いましたよね…。

でも、さっきの夢喰い達からは“アサギ”って言葉は一度も出てきませんでしたよ?」


「ま、“アサギ”は救済の暁の教祖じゃないからな。

…とはいえ、彼女もかなり教祖に近しい存在っていうし…確かに全く出てこないっていうのは、不自然っちゃぁ不自然だな」


優希は既に夢喰いのルーツを知っていたのか、さらりと答えた。


玲衣さんも首を捻る。


「うーん…。

私も凪さんから聞いた話をそっくりそのままお話ししたって感じですし…正直、分からないです。

もしかしたら、救済の暁の内部で何かあったんでしょうか?」


シオンが包帯を弄びながら尋ねる。


「ねぇ玲衣さん、本当に襲われるような心当たりないんすか〜?」


「いや、そんな心当たりあったら怖いから」


優希がすかさずシオンに突っ込む。


玲衣さんは、ふるふると首を横に振った。

しかし、思い直したように小さく声を上げる。


「あ…もしかしたら」


「ん?」


シオンが話を促した。


彼女は、少し不安げに言う。


「ちゃんとは覚えてないし…確証はないですけど…。

もしかしたら…私を座敷牢から出した夢喰いが、救済の暁関係だったってありえますかね…?」


「あぁ…なるほど」


僕は頷く。


しかし、優希は懐疑的だった。


「だけど、もしそうだとして…それが、玲衣さんを襲う理由になるか?」


「うぅ…そう言われれば、確かにそうですよね…。

不甲斐ないです…迷惑だけ掛けて、その理由すら自分で分からないだなんて…」


玲衣さんがしゅんとしてしまう。


僕は慌てて彼女を擁護した。


「そ、そんなことないです…!

玲衣さんには、凄く凄く助けられてますから!

僕の方こそ玲衣さんに迷惑かけてばっかりですよ…!」


「…!」


玲衣さんが驚いたように僕を見上げる。


「…何はともあれ、助けられたし。

結果オーライだな」


「まあまあ、みんな無事ってことでいいじゃないっすか〜!」


優希とシオンも声を上げる。


玲衣さんは、そんな僕らを見て、満面の笑みを浮かべた。


「…はい!」


彼女の嬉しげな声が響いた。



* * *


シャツのボタンを上まで閉め、自分の姿を鏡に映す。


ぼく、シオン・アルストロメリアは一人で頷いた。


今ぼくが居るのは、ぼくがバイトしているカフェ、“Cherry”のバックヤード。


店員制服に着替え、最終確認をする。


…よし、皺なし、汚れなし!


普段はズボラだとかだらしないだとか言われるぼくだが、お金を貰って働く以上、こういうところはちゃんとしておきたい質なのだ。


一人で気合を入れていると、ふと背後から声がした。


「あれ、シオンくんって今日シフトだったっけ?」


店内から通じるドアを開けて、ぼくに声をかけてきたのは、バイトの先輩だった。


「シフトはないんすけど、ほら、ぼく昨日散々やらかしちゃったじゃないっすか。

だからお詫びってことで入ってるんすよ。

先輩はアガリっすか?」


北条ほうじょう先輩。


彼女はよく中学生と間違われる童顔な少女だが、相当なしっかり者だ。


昨日、風磨の怪我の手当てのために包帯を“Cherry”に借りにきた時も、擦り傷だらけのぼくと優希を手当てしてくれたのは彼女だった。


「そう、アガリだよ。お先に失礼」


彼女は腰に巻いたエプロンを取りながら答えた。


「お疲れ様でした、北条先輩!」


僕は彼女に会釈すると、ドアを開いて店内に出る。


一気に喧騒が耳を襲う。


と、同時にレジの方からチャイム音がした。


レジに店員を呼ぶためのチャイムだ。


「お待たせしました〜」


ぼくは慌ててレジに入る。

会計を待っていたのは、二人組の少女だった。


…友達同士なのかな。


二人とも、東桜庭大学附属高校の制服を身にまとっていた。


東桜庭大学附属高校ってことは、優希と同じ学校なんだな。


「じゃあ、先に払っちゃうから。

後で代金ちょうだい」


「分かった!

んじゃ、心呂こころ、お願いしまーす」


一人がレジを離れ、外に出る。


心呂と呼ばれた少女はぼくに伝票を差し出しかけ…そのまま動きを止めた。


ぼくと彼女の大きな目が、合う。


…可愛い。


仕事中だと言うのに、そう思ってしまった。


それくらい彼女は端正な顔立ちをしていたのだ。


下ろされた長い髪の両サイドに結ばれたリボンが、ふわふわと揺れている。


それがまた彼女の可憐さを際立たせていた。


…って、そんなことを考えてる場合じゃない!


それよりお会計しなきゃ。


ぼくは慌てて営業スマイルを形作った。


「お客様、どうかされましたか?」


ぼくの声で我に帰ったのか、少女はあたふたと伝票を渡した。


「あ、い、いえ!

なんでもないです、すみません」


ぼくは柔らかな笑みを浮かべる。


もしかしたら、ぼくの背が高いから怖がられたのかもしれないな。


「はい、お会計は1500円です。

…現金でよろしいでしょうか?」


ぼくはなるべくその笑みを崩さないように言った。


「は、はい」


彼女は慌てて財布を取り出す。

その中から1000円札を2枚、トレーの上に置いた。


「2000円いただきましたので、500円のお返しとレシートになります。

ご来店ありがとうございました」


ぼくがおつりを手渡すと、彼女は会釈をして、そそくさと行ってしまった。


変わった反応だけど、本当に可愛かったな…。


正直言ってしまうと、タイプの女の子って感じだったし。


…そういえば、あの人、誰かに似てるような気が_________


「すみませーん、注文お願いしまーす!」


ぼくの思考は、お客さんからの注文にかき消された。


…まぁ、いいか。


たった一回会っただけのお客のことをそこまで考える必要はない。


きっと、一期一会なのだから。


「はい、少々お待ちください」


ぼくは声を張り上げた。


* * *


あっっぶなぁぁぁ…。



Cherryを出たところで、私は内心大汗をかいていた。


思わずガン見しちゃって、不審がられた。


だって、今日シフトだなんて聞いてなかったし。


流石に向こうにバレてないよね…?


「心呂?」

「ふひゃいっ」


突然話しかけられ、喉から変な声が出た。


振り返ると、撫子なでしこが小銭を握って立っていた。


「うちの分、750円で合ってる?」


「あ…あってるよ、大丈夫」


私は彼女から小銭を受け取り、財布の中にしまった。


枸橘撫子は、私の同級生だ。


彼女は奨学金で東桜庭大学附属高校に入学した秀才。


しかし、いい意味でも悪い意味でも、彼女の快活な立ち居振る舞いは、その頭の良さを見せつけなかった。


彼女は浮き足立って言う。


「にしても、店員さんカッコよかったねぇ」


無論、それはシオンのことを指しているのだろう。


私はわざと落ち着き払って尋ねた。


「撫子、まさか一目惚れしたの?」


「まさか!うちは非リア充同盟の一員ですから!あははははっ」


彼女が高笑いする。

それ、ドヤ顔で言うことなのか?


そもそも、なにそれ非リア充同盟って。


撫子は、ニヤニヤとした笑みを浮かべ、揶揄うように言う。


「そういう心呂こそ、じぃって見てたじゃんか。

もしかして、鉄壁美少女様がついに金髪ミステリアス少年に一目惚れ〜!?」


きゃああ、と彼女があげた黄色い声に被せるように、すかさず答える。


「んなことないから」

「即答かい」


キレのいい撫子のツッコミが入った。


だって惚れてもないし、一目でもないし。


私は美少女じゃないし、シオンはミステリアスじゃないし。


撫子は、残念そうに口を尖らせた。


「あ〜あ、心呂にも春が来たのかなぁなんて思ったのに…。

というかなんでさぁ、心呂は告白全部断っちゃうの?

うちだったら喜んで受けるのに」


「好きじゃないんだからしょうがないじゃない。

お遊びで付き合うだなんて、竹花の人間として相応しくないし」


そう、私は竹花家の人間だから。


本当は奨学金がなければ同じ学校に入学できなかったような人間と、こうやって放課後に楽しむことすら、家から許されていないのだ。


だけど、その言いつけを守るほど、私は良い子ではなかった。


私は足を止める。


振り返った撫子に、私は笑った。


「ごめん、私の家こっちだから」


「そっかぁ、じゃあまた明日ね!

楽しかったよ、心呂」


彼女は小さく手を振り、立ち去った。


私も小さく右手を振る。


そこには、何の字も浮かんでいなかった。


…当然だ。


だって、これが“事実”だし。


私は、人の波に逆らうように路地裏に入る。

人目のない、静かな路地。


ここなら大丈夫。


昨晩のうちに雨が降ったのか、水溜りが一つできていた。

そこに映るのは一人の少女。


私は右手で左側の髪を触る。


緑のリボンを指先で挟むと、一気にそれを解いた。


夢術:えんじる___________


路地裏に残った水溜りに、もう少女の姿は映っていなかった。


逆さまに映った“竹花優希”は静かに笑い、本部に向かって歩き出す。

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