第13話 作戦実行 後編

夢喰いは、僕の小さな呟きを拾い、そして憫笑した。


「勝テル訳無イノニ、口ダケハ達者ダナ」


僕は刀を振るう。


その刃筋は、絶妙なタイミングで避けられる。


そして、僕が振り切った瞬間、夢喰いの刀が僕の左脚を抉った。


激痛と共に、左足から力が抜ける。


僕はその場に崩れ落ちた。


地面に身が投げ出される。


夢喰いは獲物を追い詰めた笑みを浮かべて、僕に迫った。


その刀が眼前に迫る。



________そう、今だ。



その瞬間を待っていた。



夢術:やいば____________



アスファルトに覆われた地面が盛り上がる。


凄まじい音を立てて、その一部が割れ、何かが地面から生え出た。


…幾本もの、黒光した鎖。


それは生きたようにうねり、夢喰いを絡めとる。

鎖と鎖が絡み合い、複雑に且つ正確に、夢喰いの動きを封じ込んだ。


それはあたかも、生きた植物の蔓のように。


僕は痛む脚を叱咤し、立ち上がった。


倒れ込むように、刀を夢喰いの核に叩き込む。


それは空気に溶けるように消え去り、辺りには地面から生えた鎖だけが残った。


僕はそのまま、地面に倒れ込んだ。


…苦しい。


地面越しに夢術を使用し、地中から鎖を発生させたのだ。


そんな無茶なことをしたら、かなりの負担になるとは分かっていた。


…正直に言うのなら、このまま寝たい。


それくらい満身創痍だ。


だけど、僕はゆっくりと身を起こした。


振り返ると、夢喰いにトドメを刺した時に振り落としてしまったのか、玲衣さんが地面に横たわってる。


…傷は、もう治っていた。


僕は一つ息を吐くと、彼女を抱き上げた。


「…よかった」


玲衣さんを守れた。


あとは、安全なところに出るだけ。


僕は足を引き摺りながら、大通りに向かって歩き出した。


* * *


深い海を漂う。



その中で、私___________神奈月玲衣の意識はゆっくりと浮き沈みを繰り返していた。


そんな感覚がする。


…きっと私は夢を見ているのだろう。


夢の中でも夢とわかった。


だって、私は風磨さんに膝枕をしてもらっていたのだから。


夢の中の彼は凄く優しく微笑んでいて、ついこの間まで全く笑わなかったという事実が信じられないほどだった。


そして、彼はおもむろに左手で、私の頭を撫でた。


…幸せだなぁ。


こんな夢をみるだなんて、知らず知らずのうちに、私はどれだけ彼のことを考えていたのだろう?


初めて彼を見た時に、以前会ったことがあるような錯覚を覚えた。


いつの間にか、彼に幸せになってほしいと考えるようになっていた。

だからあんなお節介もしてしまったんだし。


…いつか、こんな風に本当に笑ってくれたら。


私は笑みを漏らした。


まあ、夢なんだし。

そろそろ目覚めなくちゃ…。


私はゆっくりと瞼を上げて________


思考が停止する。


目の前に風磨さんの顔。

私は、どこかに寝転がって彼の顔を下から見上げていた。


ちょっとまって、この状況って…。


ひ、膝枕…!?


もしかして、夢が醒めてなかったりするの!?


「え、えっと…なんで私、ひ、膝枕されてるんですか…!?」


そう言った声も体も震える。


すると、風磨さんがこちらを向いた。


「玲衣さん…良かった!

目が覚めたんですね…」


そう言って、彼は笑う。


それはあたかも夢の中の彼の微笑みと酷似していた。


…うん、これは、私まだ寝ぼけているんですね!


私は一人で納得する。


そんなことを考えているうちに、やっと思考が正常性を取り戻してくる。


そうか…私は夢喰いに襲われて、気を失ったんだっけ。


私は、風磨さんに助けてもらいながら身を起こす。


街の広場のベンチ。

風が吹き抜けるそこで私は寝かされていた。


「おーい!包帯もらってきたっすよぉ!」


遠くからシオンさんの大声がした。


声の方を見ると、シオンさんと優希さんが歩いてくる。


二人の体のあちこちに、沢山の絆創膏が貼られていた。


「お、玲衣さん…目が覚めたんだな。

良かった」


優希さんが目元を緩ませて声をかけてくれる。


「あ、ありがとうございます…えっと、何があったんですか…?」


シオンが風磨さんの座っているベンチの前にしゃがみ込んだ。


ポケットティッシュにアルコールをつけながら、彼は私の問いに答えた。


「ぼくら頑張ったんすよ〜、あの後。

どうにか逃げおおせたっす。

ほら、風磨、沁みるけど我慢するっすよ〜」


「痛っ」


風磨さんが小さく悲鳴をあげる。


見ると、彼の脛に大きな切り傷ができていた。


「そ、その傷…」


もしかして、あの夢喰い達と戦って…。


「大丈夫ですよ。ちょっとへましただけなんで」


彼が苦笑する。


その様子がさらに痛々しく、私は思わず彼の傷に触れた。


赫い血と深く抉れた傷口が見るだけで痛い。


_____夢術:いやす


彼の傷が溶けるように消えていく。

その様子を、彼は呆然としたように見つめていた。


「すごい…」


風磨さんが感嘆の声を漏らした。


そういえば、風磨さんの目の前で彼自身に使うのって初めてでしたっけ…。


彼の傷が癒え切ったとき、彼がふと思い出したように尋ねた。


「そういえば…玲衣さん、“ヨザキ”って知りませんか?」


私は目を瞬いた。


彼の口からその言葉が出てくるのが予想できなかったからだ。


「…風磨、それどこで聞いた」


低くつぶやいたのは、優希さんだ。


その声に孕まれるのは懐疑。


風磨さんは、自分の言った名前が指すものを知らないのか、キョトンとする。


彼は首を傾げて言った。


「え?

…さっき戦った夢喰いからだけど…?

なんか、それが玲衣さんを狙ってるとかなんとか…」


「そ、そんなのありえないですよ!

だって“ヨザキ”って______」


私はすかさず反論する。


ありえない、だって、それは。


「_________夢喰いの始祖の名前ですよ!?」



ヨザキ。それは一番始めに生まれた“夢喰い”。


14話に続く。

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