第13話 作戦実行 前編

第13話


っはぁ…はぁ…はぁ…



息がひどく荒い。

喉が焼けるようだ。


私は道を走り抜けた。


…ねえ、どうして?


どうして、こんなに私は追いかけられなくちゃいけないの?


とにかく逃げなくちゃ。


大通りまで、逃げなきゃ…。


…そうじゃないと、夢喰いに捕まる。


そう思った瞬間、目の前に夢喰いが現れた。


その赫い眼が私を捉える。


「…ひっ」


喉から声が漏れる。


私は慌てて踵を返した。


苦しい胸を抑えて、もう一度走り出す。


「居タゾ!」


夢喰いが仲間を呼ぶ声が背後に聞こえた。


夢喰い達が集まる足音がバタバタと耳に入る。


「こ、来ないでください…っ!」


そんなこと言っても聞いてもらえるわけがないとは分かっている。


だけど、叫び出さなければ心臓が張り裂けそうだった。


地面に躓きそうになりながら、よろけながら、私は走る。


がむしゃらに角を曲がり続け_______足を止めた。


「あ……」


道の先には、ビルが建っていた。


どこかへ抜ける道など、ない。


…行き止まり。


「そ、んな…」


振り返ると、既に夢喰い達が走ってきていた。

一体だけじゃない。


ざっと八体。


私はジリジリと後ずさった。

逃げ場なんてないのだけれど。


一体の夢喰いが、私に向かって手を伸ばした。


背中がビルの壁面にあたる。


背中に無機質な冷たさを感じた。


思わず目を瞑った。


…ここまでが限界なの?


身を壁に委ねる。


夢喰いの赫い目が至近距離まで迫った時_____


「ふ…ふふ…っ」


_____私は微笑った。


突然の豹変に呆気に取られた夢喰いを、袈裟切りにする。


それは灰となって、溶けるように消えた。


“私”は、たった今核を砕いた“くない”を右手で弄んだ。


その手に浮かぶのは、“えんじる”の文字。


夢喰い達がどよめく。


そりゃあそうだ。


非力で気弱なはずの少女が、突然豹変し、一発で夢喰いを仕留めたのだから。


彼らは知らないだろうが、そもそも“神奈月玲衣”が使用する武器はくないではない。


そう、つまり…私はのだ。


精巧で完璧な____偽物。


私は数歩前に歩み出ると、上空を見上げた。


「ごめん、シオン。この数が限界」


私はシオンに声をかけた。


彼はビルの外階段の手すりに足をかけている。


「計算通りっす。

十分な数っすよ。さすが_____」


地上から5メートル以上あるであろうそこから、彼は全く迷いなく飛び立った。


“私”の役目は終わった。


これ以上、夢術を無駄遣いする必要はない。


光が自分の体を包んだ。


シオンが軽々と着地する。


そして、を振り向いて言った。


「____さすが相棒ユーキっす」


俺は、鎖鎌を構える。


嵌められたことにやっと気付いたのか、夢喰いが背中を向けて逃げ出そうとする。


すかさず、俺は鎖の先を放つ。


そこに取りつけられたくないが宙を舞い、夢喰いの体を巻き取った。

俺は鎖を引きながら言う。


「ただで帰れるとでも思ってんのか?

俺の仲間を傷つけといて」


鎖で捉えた夢喰いを、シオンが槍で突いた。


くるくると柄を回しながら、彼は吼える。


「さ、一気に行くっすよ!」


* * *


僕、桜坂風磨は、シオンに指定された道を走っていた。


…あの二人、大丈夫だよな。


僕は先ほど見た光景を思い出す。





______夢術:えんじる


優希が夢術を放ったあと、彼の姿が光にかき消された。


代わりに現れた人物を見て、僕は目を瞬く。


「え…あ、れ、玲衣さん…!?」


そこに居たのは、確かに玲衣さんだった。


姿形、雰囲気や微笑み方すら彼女そのものだ。


でも、玲衣さんは僕の目の前で地面に横たわっている。


僕はその玲衣さんと、立っている玲衣さんを交互に見比べた。


…ありえない。どちらも玲衣さんだ。


「玲衣さんが、ふ、増えた…」


僕が呟くと、耐えかねたのか、シオンが吹き出した。


見ると、立っている玲衣さんも必死に笑いを堪えている。


シオンが腹を抱えながら言う。


「いやぁ、流石っすよ風磨。

反応面白すぎて…」


やっと冷静を取り戻した僕は、おそるおそる玲衣さんに尋ねた。


「え…っと、もしかして…優希、なのか?」


すると、玲衣さん______の姿をした優希が手を広げた。


「ご名答です。

そうです、私は優希ですよ…そういえば、風磨さんに夢術をお見せするのって初めてでしたっけ」


やばい、喋り方も声も玲衣さんだ。


「ユーキの夢術は“えんじる”。

変身能力みたいなもんっすよ」


横からシオンが補足説明してくれる。


まだ笑いが収まっていないのか、息が苦しそうだ。


「…まあ、よく知ってる人物でしたら、こんな風に精神的な面での模倣もできますよ」


優希が笑いながら右手を見せてくれる。


確かにそこには“えんじる”の字が浮かんでいた。


シオン(やっと笑いが収まったみたいだ)が僕に言う。


「ユーキには、夢喰い達を集めてもらいたいっす。

そこをぼくらが」


彼は両手を叩いた。


「バーンっ!ってとこっす!」


「シオン、音が外に漏れたらどうするのですか」


優希に静かに諌められるが、シオンは気にせず続けた。


「それで、風磨には本物の玲衣さんを背負って行ってもらうっす。

戦闘にならないルートを探すっすけど、数体と出くわす可能性は否めないっすから。

もし、そうなったときは…」


「大丈夫、僕に任せて」


僕は頷いた。


最後まで守りきる覚悟はできている。


「じゃあ、先に私たちが夢喰いを引きつけておきますね」


優希が優しく微笑んだ。


思わずその笑顔に心臓が高鳴る。


…いやいやいや、あれは優希だから。


いくら似ているからって何ドキドキしてるんだ、僕は。


僕は自分の気持ちを落ち着けるために、大きく深呼吸した。




______というわけで、僕の背中には今、本物の玲衣さんが背負われている。


ビルの曲がり角から、そっと向こうを伺う。


今頃シオンと優希が夢喰い達を集めているのだろう。


「…」


女性に向かってこんなことを思うのは失礼かもしれないが、正直背負ったまま走るのはきつい。


というか、そもそも僕と玲衣さんだと身長差5センチくらいしかないし。


だけど今はそんなことを言っていられるほど悠長な場面でないことも分かっていた。


それに、守り切るって決めたのは僕自身だ。


足音を立てないように静かに走る。


幸い、先ほどから夢喰いに出くわさない。


シオンの作戦はうまく行っているようだ。


「大丈夫です、もう少しで通りに出られますからね…」


僕は静かに玲衣さんに向かって言った。


彼女自身の夢術のおかげで、既に傷は塞がりかけている。


今はただ小さな寝息を立てて僕の背中に乗っているだけだ。


僕は安堵の息をつき、再び前を向こうとして_________そこから飛び退った。


目の前に、夢喰いが一体立ち塞がっていたからだ。


「大人シクソノ少女ヲ渡セ」


面の下から言っているからなのだろう、聞き取りづらいくぐもった声が鈍く響く。


さらに、夢喰いは続ける。


「ナゼ匿ウ?

オ前ニ何モ得ハナイ筈ダ。我々ノ目的ハ其奴ダケ。大人シク渡セバオ前ニ危害ハ与エナイ」


僕は肩に掛かっている玲衣さんの手を握りながら答える。


「…玲衣さんは僕の仲間だ。渡してたまるかよ」


「其奴ハ、ヨザキ様ニトッテ邪魔ナ存在」


「…ヨザキ?」


初めて聞く名前に、思わず聞き返す。


「ヨザキ様ノ御命令ハ絶対。

サァ、ソノ少女ヲ渡セ」


“ヨザキ”とは何者なのか、相手は教える気がそもそもないようだ。


夢喰いが、黒いローブの下から大きな刀を取り出した。


僕も刀を握りなおし、正対する。


夢喰いは、嘲るように息を吐き出した。


「ハッ、我々ニ逆ラウノカ。愚カナ事ヨ。後悔スルゾ」


そう吐き捨てるように言うと、夢喰いは僕に躍りかかる。


僕も刀を振った。


高い音を立てて、刃同士がぶつかり合う。


幾度も幾度も。


相手の太刀筋はそこまで複雑じゃない。


だけども、考える間を与えてくれないくらいに速かった。


「っ…」


単純な力勝負だと、かなり僕は体型的に不利だ。


僕は一歩退いた。


今のところ斬撃は全てかわしきれているが、反対に、向こうにもかわしきられている。


それに、背中を守らないといけないため、回転を取り入れた戦法ができない。


人一人を背負いながら跳躍するのも中々重労働だ。


その時、夢喰いの刀が僕の頭部を狙った。慌てて退くが、頬に刃が擦れる。


熱く鋭い痛みが頬を走った。


痛みで一瞬動きが鈍る。


そこを夢喰いは見逃さなかった。


夢喰いの刀が目の前に振り下ろされる。


僕は咄嗟に腕を出してそれを防いだ。


「ぅ…っ」


鮮血と共に、鋭い痛みを感じる。


…強い。


弄ばされているのかとさえ思ってしまう。


それほどに、速さが、動きが今まで出会ってきた夢喰い達のそれとは違った。


一瞬の気の緩みで殺られる。


その事実が冷たく僕に沁みた。


でも、それでも。


「負けてたまるか…」


僕は小さく呟いた。


守りきろう、絶対に。


玲衣さんも僕自身も、守りきる。


だって、僕は玲衣さんに救われたから。


笑えなかった僕を、自分すらも救えなかった僕を救ってくれた。


…だから、僕は絶対に。


守り切ってみせる。

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